チートを発揮するなら、今でしょ!2
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「ちょっと人遣い荒いんじゃない?」
「黙れ。ほら、そっちに行ったぞ」
その頃、襲撃に遭った町では、シルヴェスター達が魔物の掃討にあたっていた。
ノアはシルヴェスターが知る限りで、一番の攻撃魔法の使い手だ。
この討伐でも、その実力を余すことなく利用していた。
「はいはい。もうちょっとだからね、最後まで付き合いますよ、と。〝爆裂〟」
ノアがそう短く詠唱すると、広範囲魔法が発動し、浮かび上がった魔法陣内にいた魔物が咆哮を上げ燃え尽きた。
「! おいノア、建物を焼くなよ!?」
「やだなぁガイ、僕がそんなヘマするわけないじゃん」
街の被害を心配するガイに、ノアがけらけらと笑う。
「それにしてもさすが君の部下達だね。騎士達の動きがものすごく良い。前王の時代は目も当てられない者も多かったけど、誰かさんが王になってかなり入れ替えがあったみたいだね?」
ねえ?とノアがシルヴェスターを見る。
「無駄口を叩いてないで戦いに集中しろ」
剣で魔物を薙ぎ払い、ヘスティアと連携を取りながら次々と魔物を屠っていくシルヴェスターはそう短く答えた。
実際、前王の時代はひどいものだった。
当時騎士団の隊長だったシルヴェスターは、上層部の膿を疎ましく思っていた。
その時の団長・副団長は、共に愚かな前王に媚びへつらうだけの才能しかなかった。
同じく隊長職に就いていたガイと共に、シルヴェスターはいつも過酷な戦いの中に放り込まれていた。
(まあ、だからここまでの力をつけることができたといえば、そうなのだが)
当時を思い出して、シルヴェスターは小さく息をつく。
隣国・リンデマン王国との戦争で、実力も頭もない団長と副団長は命を落とした。
そして、その稚拙な作戦で犠牲となったものも少なくなかった。
(彼らのことを忘れることはない。だから俺は、王座に就いた時に癌となるものを一掃したんだ)
その時にシュナーベル王国に力を貸したのが、ノアの母国であるシンドラー王国。
他から見れば、残酷だと思われることも幾度となく行ってきた。
〝悪魔王陛下〟と揶揄されることも仕方のないことだと割り切って。
不安定な国を立て直すために、まずは騎士達の統制が不可欠だと、騎士団長に任命したガイと共に、騎士達には特別厳しくしてきた。
政に関しては、元々そちらの分野で活躍していたローマン家の力を借り、幼馴染でもあるその嫡男、フィルもシルヴェスターを支えた。
そうして王城に蔓延っていた膿を取り除き、少しずつ国として立て直されていくのを実感していた時に現れたのが、ヴィオラだ。
よく見れば整っているが強面で無表情、その上不愛想で口下手と三拍子揃ったシルヴェスターのことを、〝悪魔王陛下〟と恐れる者は王城内にも多かった。
そんなシルヴェスターのことを、ヴィオラは初対面から警戒こそしていたが、恐れることはなかった。
それどころか、その巧みな料理の技術と愛らしい容姿、穏やかな気性で、少しずつシルヴェスターの心と表情を和らげていった。
そしてシルヴェスターだけでなく、気難しいフィル、一見大らかだが警戒心の強いガイ、強面ぞろいの騎士団専属食堂の料理人達をも次々と陥落させていく。
そして最後には、聖獣達も。
それも無自覚、自然体で。
(異世界での前世の記憶があるからという理由だけではない。あいつのあの心根の素直さに、俺達は惹かれるのだろう)
大きな力に戸惑うのも無理はない。
だからシルヴェスターは無理して公にする必要はないと思ったし、平穏を望むのならばその心を守ってやりたいと思った。
為政者なら、ヴィオラを抱き込んで信用させ、その力を利用するのが正しかったのかもしれない。
けれど、シルヴェスターはそうはしたくなかった。
自分の契約獣であるヘスティアの子どもの恩人だからという理由もある。
けれどそれ以前に、彼女はたかだか七歳の少女。
それも、親も兄弟もいない、貧しい村で虐げられるように生きてきた。
年齢の割にしっかりして見えても、まだこの世の中の道理も分からない子どもで、天涯孤独の身。
そんなヴィオラを利用しようとは、どうしても思えなかった。
だから、この世界を知って、人々を知って、自分のことを知って、少しずつヴィオラが自身で決めれば良いと思っていた。
「案外その時が早すぎて驚いてしまったがな」
「は? おい、なにか言ったか?」
なんでもないとガイに答え、シルヴェスターは剣をふるった。
「ここもそろそろ終わりだな。数は多かったが、一個体で見ればそう大した強さではない」
「まあそうだな」
「もうちょっと強い奴がいるかなと思ったけど、そうでもなかったよね」
そりゃあんた達にすればなと、周囲の騎士達は心の中で呟いた。
国一番の剣士とも言われてきた聖獣の契約者に、死と隣り合わせの戦場を幾度も生き抜いてきた騎士団長、そして魔法の先進国であるシンドラー王国指折りの魔術師。
三人の登場でみるみる魔物の討伐は進み、一番被害の大きかったこの場を残すのみとなった。
「ガウッ!」
「ヘスティア、助かった。おまえのおかげだな」
最後の一体を屠ったヘスティアを、シルヴェスターは首元を撫でて労った。
闇魔法に特化したヘスティアのおかげで、シルヴェスターは影を利用して移動魔法を使うことができる。
短時間でシルヴェスターや物資を被害地に移動できたのは、ヘスティアのおかげだった。
「大方の魔物は討伐できたはずだが、潜んでいる個体がいないか見回るぞ。向かってくる奴は倒し、逃げる奴は放っておけ。被害の状況も確認し、市民にはまだ外に出ないよう声をかけながら行え」
シルヴェスターはすぐに騎士達に指示を出す。
それに、はっ!と敬礼して応える騎士達の眼差しからは、以前のような〝悪魔王陛下〟に対する恐れは見られない。
畏怖めいたものは見えるが、恐怖ではない。
そこに敬意が見えるから。
その、似て非なるものへと騎士達の意識が変化したのは、間違いなくヴィオラの影響が強い。
『陛下って、本当に優しいですよね』
『見た目だけで人を判断してはいけないと知っていますから』
食堂でのヴィオラの言葉を聞いた騎士が、訓練中にシルヴェスターに指導を願い出たことから、騎士達とシルヴェスターの距離が近付いた。
たしかに内容は厳しいが、誰にでもしっかりと指導してくれるシルヴェスターが実は面倒見が良いことに気付いたのだ。
ヴィオラとのやり取りで見せる、少しだけ穏やかな表情。
気遣いの言葉。
少しずつ、シルヴェスターの印象が変わっていった。
(今回の討伐が早く終わったのは、騎士達との関係改善の影響もあるだろう。俺の言葉に耳を傾け、懸命に戦ってくれていたからな)
一見関係のないようなことも存外繋がっているものだと、薄紫の髪の少女の姿を思い出して笑みが零れた。
すると、はぁぁとノアが座り込んだ。
「やっと終わったぁ。悪いけど僕は少し休憩させてもらうよ。魔力を回復させたいからさ」
「ああ、そこの避難所になっている宿屋で少し休ませてもらえ。急に呼び出して悪かったな。だが助かった。ガイ、俺達は行くぞ」
礼を言うシルヴェスターに、ノアはひらひらと手を振ってその背を見送る。
そしてひとつ、ふうっと息を吐き、胸に手を当てた。
そんなノアに、護衛であるレナルドはそっと近付き、その尋常でない量の汗を拭ってやった。
「ノア様。大丈夫ですか?」
「うん、と言いたいところだけど。……さすがに、無理したかも」
どくどくと異常な速さで音を立てる己の鼓動に、ノアはもう一度深く息をつくのだった。
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