今の私にできること3
聖獣達のご飯を終えた私達は、元来た道をワゴンを押しながら歩いていた。
「くそ、あいつら……。俺のどこが不満だってんだよ」
「あはは……」
あの後も聖獣達に振られ続けたリックはご立腹の様子だ。
冗談で言ったこととはいえ、あそこまできっぱりと拒否されるとさすがにちょっと落ち込むよね。
そんなリックを励ましながら歩いていると、騎士団の棟に入ったところで昨日出会ったばかりの人の姿が見えた。
「おや。ヴィオラ嬢だっけ?」
「! おうじ、さま」
そう、向こう側から歩いてきたのは、シンドラー王国の第三王子だと紹介された、ノア王子だった。
驚いてつい答えてしまったが、人見知りの設定だということを思い出し、とりあえず端に寄って頭を下げる。
「ああ、そういうのはいらないよ。もう一度会いたいなぁと思っていたから、丁度良かった。君の料理、また食べさせてくれないかな? とっても美味しかったから」
どうしよう、美味しいと言ってくれたことは嬉しいのだが、なんと答えるべきだろう?
力を隠すことを止めようと決心はしたものの、いきなり国外の、それも王子にひけらかすのはどうかと思う。
ここは身内から少しずつ……というのが定石だろう。
だらだらと内心で冷や汗をかきながら返答に困っていると、王子は頭を下げたままの私の前に立った。
「ヴィオラ嬢? とりあえず顔を上げてくれないかい?」
その声に、返事がないことへの怒りは見られない。
むしろ気を楽にしてほしいという感じだ。
どうしたものかと思いながら、恐る恐る顔を上げていく。
「わ、私は、貴族ではないので、敬称をつける必要は、ないです」
この前はちゃん呼びだったのにと、とりあえずそこを否定しておく。
カレンさん達に様付けで呼ばれるのも違和感ありまくりなのに、〝ヴィオラ嬢〟だなんてむず痒くてたまらない。
「……ふぅん? では、ヴィオラと呼んでも良いのかな?」
いや、そういうわけでもないのだけれど。
今度は親し気に呼び捨てで呼ばれるようになってしまったと、拒否したことを後悔した。
「それでね? ヴィオラにぜひもう一度料理を作ってもらいたいんだけど?」
「ええと、その。私は、陛下の専属料理人なので、私の一存では……」
「ええ? 良いじゃないか別に。ほら、昨日みたいにシルの夜食を作った時のついででも構わないから、ね?」
し、しつこい!
この人、明るくて人懐っこい印象だけれど、自分の我や希望を押し通そうとするタイプ!?
陛下のことを愛称で呼んでいるし、親しくないわけではないのだろうけれど、だからって気を許して良い相手とも限らないよね。
まずい、私じゃ断り切れない。
ええと、その……を言い続け、話が通じない振りをしてなんとか諦めさせようとしていると、王子の護衛だろうか、ひとりの男性がため息をついて王子を止めに入った。
「殿下、困っておりますよ」
「知っているさ。けれどね、おまえも一度食べたら僕のこの気持ちが分かるはずだ。それくらい、彼女の作るものは美味いんだ」
そ、そんなにべた褒めされるほどの料理じゃなかったんですけど……。
心の中で王子を窘めてくれる男性の応援をしていると、隣のリックが肘でツンツンと私をつついてきた。
「な、おまえシンドラー王国の王子とも知り合いなのかよ!?」
「知り合いと言うか……。昨日、たまたまお会いして……」
小声でそんなやり取りをしていると、護衛の男性と目が合ってしまった。
グレーの髪にアイスブルーの瞳。
いかにも知性派という感じの護衛さんだ。
「……お仕事中、主人が失礼いたしました」
「あ、いえ。こちらこそ、ご希望に添えず申し訳ないです」
深々と頭を下げる護衛さんに、私もぺこりと頭を下げる。
良かった、この人常識人だ。
天真爛漫な王子様のお目付け役って感じ?
「ちょっとレナルド! 僕がわがまま言ってるみたいな言い方止めてくれるかい!?」
いや、わがままなんじゃないかな。
そう内心で思いながらも、レナルドと呼ばれた護衛さんが窘めてくれているうちにさっさと退散してしまった方が良いだろう。
そう思いワゴンを押した、その時。
「やっと見つけたぜ! くそ、ノアてめぇ、なんでこんなとこにいるんだよ!」
「ガイ? どうしたんだい、そんなに慌てて」
突然のガイさんの緊迫した叫び声で、一瞬で空気が変わる。
「緊急招集がかかった。悪ぃが力を貸してほしい」
ガイさんの言葉に、ノア王子の表情も鋭いものに変わる。
「魔物でも出没したかい?」
「さすが、察しが良いな。ああ、しかも街中にだ。尋常じゃねえ被害が出る可能性がある」
街中に、魔物。
ドクンと胸が大きく音を立てた。
思い出すのは、森に置き去りにされた時にフォレストウルフに襲われた時のこと。
生き延びるために、使ったことのない攻撃魔法を遣おうとしたその時、ヘスティアに助けられた。
ものすごく怖かった。
強がっていたけれど、足が震えてすくんでしまっていた。
「なるほどね。同盟国であり、多大な恩のある君達からの要請だ。もちろん助力させてもらうよ。レナルド、用意を」
「はっ」
「あ。ごめんねヴィオラ。料理を作ってほしいって話は、また今度」
去り際にそんなことを言ってノア王子はレナルドさんを率いて足早に去って行った。
「悪い、ヴィオラ。片付け、頼んだ」
リックもそう言って騎士の派遣準備へと急いで行ってしまった。




