転生したら、虐げられ幼女!?3
数日後、私はいつものようにお母さんに水汲みを手伝うように言われて水瓶を運んでいた。
ふらふらしながら歩いていると、突然私はなにかに躓いた。
「きゃ……!」
「わうっ!」
転ぶ、そう思った時に一緒について来てくれたヴァルが私の服の裾を引っ張ってくれて、なんとか踏ん張ることができた。
水瓶も無事だ、良かった。
はーっと息を吐くと、背後からちぇっ!と舌打ちした音が聞こえた。
「なんだよ、転べば良かったのに」
「おにーちゃん、しっぱいだね」
お兄ちゃんと弟だ。
足下を見ると、木からロープが張られている。
やれやれ、また嫌がらせに来たみたいね。
はあっと深いため息をつき、よいしょと水瓶を持ち直す。
「なんだよ、相変わらず生意気だな」
放って置こうという私の様子が気に障ったのか、お兄ちゃんは険しい顔をした。
「そーだそーだ!なまいき!」
年下の弟にそう言われても、呆れた笑いしか浮かばない。
しかし今回の嫌がらせは少し目に余る。
「――――あのね、私が気に入らないのは分かるけれど、もし水瓶が割れたらどうするの?」
珍しく私が言い返してきたことに、ふたりは驚いてびくりと肩を跳ねさせた。
「水が汲めなかったら、あなた達も、お父さんとお母さんも、困るでしょう?家には水を汲みためておけるようなもの、他にはないんだから」
幼い意地悪くらいなら別に構わない。
けれど、生活に支障が出るようなことに関しては、きちんと注意しておかないと。
「気に入らないからって理由で、考えなしになんでもやるのは良くないわよ」
できるだけ冷静に言ったつもりだったが、自分でもまずいと思ったのか、お兄ちゃんはぶるぶると震えた。
「な、ななっ、生意気だぞ!」
うん、それはもう分かったから。
やれやれと呆れている私がちっとも怯んでいないことに我慢がならなかったのだろう、お兄ちゃんは大声で叫び始めた。
「おまえなんか!ヤッカイ者のくせに!」
「ぎゃうん!!」
「「うわぁっ!?」」
お兄ちゃんの暴言に、ヴァルが吠えた。
それに驚いたふたりは、飛び上がって尻餅をついた。
はいはい、そうですね。
もう少し大きくなったらその内出て行きますから、我慢してね。
心の中でそう答えふたりを見下ろすと、私は無言で踵を返す。
「行きましょう、ヴァル」
「わうっ!」
「お、お、おまえなんてどうせ…………!!」
うしろからなにか言っているが、これ以上は無視だ。
最初は少しくらい仲良くなれないかなぁと思っていたのだが、無理だった。
まあ仕方ないわね、血の繋がりはないし、生活は貧しいのだから。
でも邪魔はしないでもらいたいわねとため息をつきながら川へと水を汲みに行くのだった。
魔法で水瓶に水を溜めることもできるけれど、不審に思われても嫌なので普通に汲みに行っているが……。
またこんなことがあれば、考えないといけないかもしれない。
もし水瓶を割ってしまったら、魔法で元に戻せるかしら?
私の魔法は、完全に自己流だ。
もしかして使えるかも〜と気楽な考えでやってみたら意外とできてしまった、というところから始まっているから……。
長々とした呪文を唱えなければいけないのかと思いきや、頭の中でイメージしてそれっぽい言葉を発するだけで、今のところは使えている。
とはいえ、教わる人なんて誰もいないから、よく分からないことも多いのよね。
家に着きよいしょと水瓶を置くと、顔を顰めたお父さんが珍しく話しかけてきた。
「おい。今から森へ山菜とキノコを採りに行く。おまえもついて来い」
……強制労働だった。
それにしてももう夕方近いのに、こんな時間から行くの?
そう思いはしたが、少しとはいえ私の口の中にも入るものなのだから、断わってはいけないわねと思い直す。
「はい、分かりました」
素直にそう答えると、フン!と鼻を鳴らすお父さんについて扉を開く。
「あうっ!」
「ヴァルもついて来てくれるの?ありがとう」
ヴァルを伴って外に出ると、お兄ちゃんと弟がくすくすとこちらを見て笑っているのが見えた。
?なんだろう。
嫌な予感がしつつも、私は足早に森へと向かうお父さんの後を慌てて追うのだった。
森に入って何時間経っただろうか、今日は随分と奥まで来た気がする。
あまり村人が来ないからだろう、たしかに山菜やキノコは豊富にあった。
ヴァルもたくさん生えている場所を教えてくれて、今日は大収穫だ。
それを袋一杯に詰め、ほっとひと息つく。
「……疲れただろう、そろそろ休もう」
「え?」
びっくりした、お父さんが私に“疲れただろう”なんて気遣う言葉をかけてくれるなんて。
「あまりに大収穫で夢中になっていたら、随分と日が落ちてしまった。暗い中の移動は危険だ、今日はここで休んで、朝方に帰ろう」
たしかに今からもっと暗くなる中で、森の中を長時間移動するのは危険だ。
尤もなことだと、控えめながらも頷く。
「魔物除けの薬草袋は持っている。火も焚いていないし、そうそう魔物には見つからないはずだ」
魔物除けの薬草袋。
これはこの世界で広く知れ渡っているものらしく、稀少な材料が必要なわけでもないので、村の人達も普通に自分達で作って身につけている。
村の周りにも置いているし、森に入る時にも持ち歩いている。
「あうあうっ!」
「なぁに?ヴァルが守ってくれるから大丈夫って?ふふ、ありがとう」
勇ましく鳴くヴァルは、どうやらなにかあっても僕が守る!と意気込んでいるようだ。
頼もしい姿にほっこりしてお礼を言うと、お父さんがぼそりと呟いた。
「……よく懐いているな」
「え?あ、はい。……私の、唯一の友達ですから」
珍しくよくしゃべるお父さんに戸惑いながらも、私はそう答えた。
すると、そうかと短い返事が返ってくる。
どうしたんだろう、いつもと様子が違う。
そう思いながらも、疲れた体は休息を必要としており、木の下に座るとどっと眠気が襲って来た。
「……寝ろ。そこのちっこい犬を抱えていれば温かいだろう」
うつらうつらとする私に、お父さんはなにか柔らかい布をかけてくれた。
温かくて、どこか懐かしい感触。
ありがとうとなんとか声を出せば、ふんとそっぽを向くお父さんが見える。
限界が来ていた私は、その光景を最後に目を閉じて眠ってしまった。
朧気な意識の中で、お父さんが「……すまんな」と呟いた気がした。