お客様は何者ですか?5
「……そこまでだ。ヴィオラから離れろ、ノア」
陛下がべりっと私を男性から離れさせ、自身のうしろに庇ってくれた。
えーっ!と不満気な男性は、どうやらノアさんというらしい。
「えーっ、ではありません。いくら子どもとはいえ、初対面の女性に馴れ馴れしくするものではありませんよ」
ため息をつくフィルさんがそう窘めると、ノアさんはぶーっと子どものように頬を膨らませた。
「はいはい、分かったよ。でもさぁ、君達だけでこんな美味しいものを独占するなんて、ズルいじゃないか。僕達の仲だろう?」
ねぇ?とノアさんは陛下のうしろにいる私を覗き込んで微笑んだ。
「どんな仲だと言うんだ。それに、そう容易に近寄るなと言われたばかりだろう。ヴィオラが怖がるから止めろ」
ため息をつくと陛下は、再度私を背中に隠した。
どうやら庇ってくれているらしい。
「なんだい、随分と大切にしているじゃないか。僕にそのかわいいお嬢さんを紹介してくれよ」
陛下の背中に隠れているから表情は見えないが、どうやらノアさんは私に興味を持ってしまったらしい。
パニーニだって食べちゃったし、もしかしたら回復効果のことに気付いているかもしれない。
陛下達も、そのことには気付いているはず。
それを警戒してのことかは分からないが、陛下は私を隠しながら紹介を始めた。
「……こいつはヴィオラ。森の中で偶然拾ったのだが、作る料理が思いのほか俺の口に合ったから、俺専属の料理人として雇っている」
ちょっと違う気はするけど、大体合ってる。
嘘はついていない。
ノアさんも、へえと言って納得している様子だ。
「そしてヴィオラ、こいつはノア・シンドラー。同盟国である隣国、シンドラー王国の第三王子だ。今はこの王城に滞在している」
「よろしくねーって。顔くらい見せてよシルヴェスター! 挨拶できないじゃん!」
「もう良いだろう。俺は忙しい、出て行け」
カレンさんの様子からももしかしてとは思っていたが、やはり彼は今日からしばらく滞在するという、隣国の第三王子だったらしい。
……なんかちょっとフレンドリーすぎる気はするが、お互い名前で呼んでいることからも、陛下とはそれなりに親しい間柄のようだ。
「ノア王子、申し訳ありませんがヴィオラは少し人見知りでして。ご挨拶もなく、大変不敬とは存じますが、ご容赦下さい」
どうやらフィルさんも私が王子とあまり接触しないように気を遣ってくれているみたい。
どうにかして部屋から追い出したい!という心の声が、陛下とフィルさんから聞こえる気がする。
「……ふぅん? まあ良いや、邪魔をしたのは悪かったからね。ああ、ヴィオラ、本当にとても美味しかったよ、ありがとう」
ちらりと陛下の背中越しに王子の姿を覗く。
一応人見知りっていう設定になったみたいだし、しゃべるんじゃなくて頷くぐらいにしておこう。
おずおずと見つめてこくんと頷けば、なんだろう、王子の顔が緩んだ気がした。
「なんか美味しいもの食べてかわいいお嬢さんを見たからかな、元気が出てきた気がするよ。さて、じゃあ僕も部屋に戻ってもうひと頑張りしようかな! またね!」
それは料理に付与された回復の効果ですとも言えず、そのまま王子を見送った。
扉が閉まってしばらく沈黙が落ちたのち、誰からともなく、はああああぁ……と深い安堵のため息が漏れた。
「どうにか誤魔化せたでしょうか」
「さあな。あいつは意外と鋭いからな、油断せず、慎重になるべきだろう。契約のことも、庭園の聖獣のこともあるから、ヴィオラはあまりここに来ない方が良いかもしれない」
フィルさんにそう答える陛下の表情は硬い。
いつもあまり表情を変えない人だけれど、私のことを心配してくれているのだと分かる。
その一見そっけないもの言いも、私のためを思ってのことだと知っている。
「ヴァル」
意を決した私は、小さく呟いて自分の契約獣の名前を呼ぶ。
契約獣は、契約者の呼びかけでどこからでも姿を現すのだと聞いたから。
「ここにいるよ、ヴィオラ」
なんと、予想に反してカーテンの陰からひょっこりとヴァルが姿を現した。
「え!? い、いつからそこにいたの!?」
「ごめん、美味しそうな匂いがしたから。でも知らない奴が来たから隠れてた」
なんとこの食いしん坊な契約獣は、そのままの声が届く位置に潜んでいたらしい。
……召喚するみたいに呼んだ私が恥ずかしいじゃないか。
とてとてと近付いてくるヴァルを複雑な気持ちで見つめ、心の中で恥ずかしさを爆発させる。
ま、まあ出鼻を挫かれた感はあるけれど、仕方がない。
「おい」
「きゃあっ!?」
今度こそ……と思っていたところにかけられた声にびっくりして振り向くと、なんとそこにはガイさんがいた。
「すまん、一応ノックはしたし陛下に入室の許可は得たんだが。それよりもヴィオラ、さっきそこの廊下でノアの奴が……」
「ああ、ヴィオラの料理を食べてしまってな。おまえも心配になって来たのか?」
どうやら廊下でパニーニを持った王子に会ったガイさんは、私のことがバレたのかとやって来てくれたらしい。
陛下もフィルさんもガイさんも、そしてカレンさんも。
まだ出会って間もない私のことを、こんなに心配してくれるなんて。
ぎゅっと抱き上げたヴァルを抱き締める。
もうこの世界でもひとりじゃないんだって、思えるようになった。
だから。
「……私、自分の能力のことを隠すの、止めようと思うんです」
え!?と驚きの表情を浮かべる四人の顔を見て、ぷっと笑みが零れる。
自分のためだけじゃない。
ここで出会った、大切な人のために頑張りたいって気持ちが、花開いたから。
* * *
「ふぅん。やっぱりこの料理、なにかあるっぽいね」
先程シルヴェスターの執務室でヴィオラからもらった食べかけのパニーニを眺めながら、ノアは眉を顰めた。
「ノア様。毒見もなくなんでもすぐに口にするのは……」
「大丈夫だよ、レナルド。シルヴェスターやフィルも食べていたからね」
そういう問題ではないと、ノアの護衛であるレナルドはため息をついた。
しかしそれ以上なにも言わなかったのは、己の主が言っても聞かない人物であることをよく知っているからだ。
「なにを隠そうとしているんだか。嫉妬しちゃうなぁ」
幼い頃からこの国に来るたびに一緒に遊んでいた友人達の姿を思い浮かべて、ノアは笑う。
そして先程シルヴェスターの背に庇われていた、可憐な容姿の少女のことも。
「ヴィオラ、ね」
シルヴェスター越しにノアを覗いてくる美しい紫紺の瞳を思い出して、ノアはまたふふっと目を細めたのだった。




