お客様は何者ですか?4
全てのパニーニを作り終えた私は、カレンさんと一緒にパニーニの入った籠を持って陛下の執務室へと向かっていた。
手で持って食べる料理なので、お皿に乗せるのではなく、持ちやすいようにペーパーで包んでみた。
ちなみにミーナさんとソフィアさんの分は、後でカレンさんが持って行ってくれることになっている。
幼い私が夜更かしするのは良くないからって、陛下に渡したら自室に戻るようカレンさんに言われてしまったから。
私の身体のことまで考えてくれるカレンさんは、本当に優しい人だ。
執務室の扉の前まで来て、ふうっとひと息つく。
別に今まで何回も料理を食べてもらってきているわけだから、こんなに緊張しなくても良いんだけれども……。
「陛下、失礼します」
「カレンか。入れ」
ノックしてくれたカレンさんに、向こう側から陛下が応え、扉が開かれる。
すると予想通り、机にたくさんの書類を置いて忙しそうに仕事をする陛下とフィルさんの姿が現れた。
「ヴィオラ? どうしたんだ、夜遅くに」
「おや。子どもはもう寝る時間ですよ?」
陛下には驚かれ、カレンさんと同じくフィルさんには完全に子ども扱いされてしまった。
「あはは……。これを届けに来ただけですので」
「なんだ? これは、……潰れたパン?」
籠の中身をひとつ取り出して見せると、陛下は怪訝そうにパニーニを見つめた。
まあそうよね、ただの潰れたパン、ぱっと見そう思っちゃうよね。
「〝ぱにーに〟というそうです。中に色々な具を挟んで、潰しながら焼く料理らしいですよ」
なんだそれはという顔をする陛下とフィルさんに、くすくすと笑いながらカレンさんが説明してくれた。
「ひとつひとつ中身が違うので、お好きなものを選んで下さい」
「そうか。ならば俺はこれをもらおうか」
「では私はこれを。……うん、意外と中の具がしっかり詰まっていますね。とても美味しいです」
陛下は厚切りのベーコンとレタス、チーズのパニーニを、フィルさんはハムとスクランブルエッグのパニーニを選んで食べてくれた。
早くも回復効果がじんわり効いてきたのか、なんとなく顔色が良くなった気がする。
「はぁ……なんだか久しぶりにヴィオラ殿の料理を食べた気がしますね。美味しくて癒やされるという言葉がぴったりです」
「このところろくな食事をとっていなかったからな。国賓との会食は一見豪華だったが、やはり俺はこちらの方が好きだ」
どうしよう、ベタ褒めされすぎて恥ずかしい。
そんなことありませんよ……と小声で恐縮するのが精一杯だ。
「しかし今日の料理はいつもと雰囲気が違うな。別の国の料理のようだというか……」
わ、陛下ってば鋭い。
普段は定食屋でよくある料理を作ることが多いけれど、これはイタリアの料理。
お父さんはザ・定食屋な料理を提供していたけど、お兄ちゃんはそうじゃなかった。
『これからの時代、グローバル化だからな!定食屋だからって固定概念に囚われたメニューにはしたくない。俺が後を継いだら、洋食もイタリアンも中華も食える店にしたい!』
そんなことを言って、お父さんと喧嘩してたっけ。
その影響もあってかは分からないが、私もお兄ちゃんに教えてもらいながら、家では時々こんな料理を作っていた。
双子の弟達が、我先にと手を伸ばしてパクパク食べていたことを思い出す。
そんな光景が懐かしくて、目を細めて微笑んだ。
「はい。いつもとは少し違う料理ですが、気に入ってもらえたなら嬉しいです」
あの頃の、みんなみたいに。
もう悲しくて涙を流すことはないけれど、大切な私の思い出。
宝物のように胸にしまっておきたい、そう思う。
すると、そんな私の様子がおかしいと思ったのか、陛下が眉間に皺を寄せ、口を開いた。
「ヴィオラ、おまえ――――」
コンコン
「失礼するよ、シルヴェスター!」
そこへ、扉をノックする音がしたかと思うと、間髪入れずに元気な声が飛び込んできた。
その声の持ち主は、鮮やかな長い銀髪を緩くひとつに束ねた、紫の瞳の優し気な風貌の男性だった。
「……おや? すまない、お取り込み中だったかな?」
ぽりぽりと頬をかいて、男性は頬を傾げる。
その男性を見ると、なぜかカレンさんがさっと壁の方に向かって下がり、軽く頭を下げた。
その突然の出来事に、私が口をあんぐりと開いて呆然としていると、銀髪の男性と目が合った。
「おや、随分とかわいらしいお客様だね。それと……」
男性は私の持つ籠の中身と陛下とフィルさんが手に持つパニーニを見て、にっこりと笑った。
「なんだい、みんなで良いものを食べているじゃないか。僕にもひとつくれるかな、お嬢さん」
「え、あ、あの」
声をかけられたが、驚きすぎて上手く答えられない。
そうしているうちに私の目の前に来た男性は、籠からパニーニをひとつ掴むと、そのまますぐに口の中に入れてしまった。
「あ、」
「「「あああっ!?」」」
止める間もなく、とはこのことである。
私だけでなく、陛下やフィルさん、カレンさんまで声を上げてしまった。
「な、なんだい皆して。……うん、美味しい。これ、すごく美味しいじゃないか! 見たことのない食べ物だけれど、お嬢さん、まさか君が作ったのかい!?」
「え、あ、はいっ!」
ずいっと顔を寄せられ、反射的にそう答えてしまう。
近くで見るとすごく顔の造りが整った男性だ。
「! おい、ヴィオラ!」
「へぇ、君、ヴィオラちゃんっていうのかい? かわいい名前だね!」
陛下が私を呼んだのに反応し、男性がさらにぐいっと顔を近付けてきた。
近っ! 距離感! 距離感どうなってるんですか!?
綺麗な顔が視界いっぱいに入ってきて、あわあわと慌ててしまう。
なんて答えれば良いのか。
はい、は違うよね。
ありがとうございます?
それとも、そんなことありません?
頭の中でぐるぐる考えながらもなにも言えずに固まっていると、もうひとつちょうだいと言って男性が籠の中のパニーニをひょいと口に入れた。
「あ、中身が違うんだ? 本当に美味しいねぇ、これ。やみつきになりそうだよ」
もぐもぐと幸せそうに頬張る男性は、そういえば誰なんだろう。




