お客様は何者ですか?3
夕食後。
「あれ? ヴィオラ、まだ帰らないのか?」
「あ、ちょっとやりたいことがありまして。カレンさんもいますし、料理長に許可は得ていますので」
「そうか、じゃあ気を付けてな」
最後の料理人さんを見送り、私とカレンさんは厨房で陛下とフィルさんへの夜食作りを始めた。
「ええと、〝ぱにーに〟? でしたっけ?」
「はい。まあ正しくは、〝なんちゃってパニーニ〟って感じですけど」
私が作ろうと考えたのは、簡単に言うとイタリア風ホットサンド、パニーニだ。
サンドイッチでも良いかなと思ったんだけど、仕事をしながら食べるかもと考えると、プレスして焼くこちらの方が、片手で持ちやすいのではないかと思ったのだ。
「使うのは、コッペパン。あと、好きな具材です」
「まあ、お肉に野菜に、色々ありますね」
サンドイッチと同じく、パニーニはだいたいなにを挟んでも美味しくできる。
食べる人の好みに合わせて色々組み合わせを変えられるもの良いよね。
陛下の好きなお肉類は、ハム、ベーコン、ソーセージ、それに牛肉を焼いて甘辛く味付けしたもの。
野菜類は、サニーレタスやスライスした玉ねぎ、プチトマトにベビーリーフ。
あとはスクランブルエッグやチーズなど、他の具材との相性抜群のものも用意した。
これを切れ込みを入れたコッペパンに挟んで焼くだけ。
塩コショウやマヨネーズも具材に合わせて入れていく。
「カレンさんも、こんな風にパンの切れ込みに具を入れて頂けますか?」
「はい。どれもこのままでも十分美味しそうですね」
今回はカレンさんもお手伝いして下さるとの申し出があったので、具を詰めるところだけお願いすることにした。
基本は栄養のことを考えての夜食だが、忙しくてお疲れだろうから、料理に回復効果もつけたかったので。
私が作らないと魔法は付与されないもんね。
美味しく出来上がりますように。
陛下やフィルさんの疲れが、少しでも取れますように……。
そんな思いを込めて、具を挟んでいく。
「終わりましたね! ではこれをフライパンに並べて、潰しながら焼きます」
本当はパニーニプレスっていう機械を使うんだけど、そんなものがあるわけがないので、今回はフライパンで。
耐熱のお皿をパンの上に乗せて焼くだけで完成だ。
「まあ、ぺっしゃんこ!」
「こうやってふたつに切れば、中身も見えるし見た目も色鮮やかですよ」
つぶれたパンの中央に包丁を入れれば、中のサニーレタスやトマト、とろりととろけたチーズが顔を出す。
「潰れている分、たしかにサンドイッチよりも持ちやすそうですね。とても美味しそうです」
「美味しいと思いますよ。おひとつ、いかがですか?」
カレンさんは遠慮したのだが、味見は作り手の特権ですから!と言って半ば強引に手渡す。
カレンさん達侍女さんは騎士団専用食堂で食べることはないので、私が作ったものを実際に食べたことはまだない。
一緒に作ったこんな時くらい、食べてもらいたいなと思ったから。
「で、では……。んっ! お、美味しいです……!」
恐る恐る口にパニーニを入れたカレンさんは、目を見開いて美味しいと言ってくれた。
頬も表情も緩んで、本心で言ってくれているのだと思うと、すごく嬉しい。
「そうでしょう? よかったら、少し持って行って下さいね。 あ、そうだ。もし可能なら、ミーナさんとソフィアさんにもあげたいです。いつもお世話になっているので……」
ふたりにも日頃のお礼に渡せたらなと思ったのだが、カレンさんは少し眉を寄せた。
「そのお気持ちは嬉しいのですが……。その、今作ったものはよろしくないかと」
え?と首を傾げると、カレンさんが困ったように微笑んだ。
「おそらく意識して回復効果を付与されたことと思います。ならばその効果も強いでしょう。もしもふたりがそれに気付いたら……」
「あっ……! そ、そうですね」
なんてことだ、すっかり失念していた。
『疲れが少しでもとれますように』って、気持ちを込めてしまっているじゃない!
平穏に暮らしたい、チートな能力を隠したいと思うのなら、そう気軽に料理を振る舞ってはいけない。
でも。
そこで少し胸の奥がモヤモヤする。
この能力を隠したいから、限られた人にしか料理を出さないの?
色んな人に食べてもらって、美味しいって笑顔になってほしい。
大切な人達に、感謝の気持ちを込めて料理を振る舞いたい。
そう、思っていたんじゃないの?
それに、治癒や回復の力、聖獣すら救うようなこの力は、苦しんでいる誰かを助けることになるんじゃないの?
陛下や騎士さん達の助けにはなっているかもしれないが、もっと他にも苦しんでいる人はきっとたくさんいる。
そういう人を助けられるかもしれないのに、自分の平穏のために見ないふりをする。
それで、私は良いのだろうか?
「ヴィオラ様?」
カレンさんの声に、はっと我に返る。
「その、回復を込めるのではなく、感謝の気持ちの方を強く込めて作れば、多少は誤魔化しやすくなるかと」
「え……?」
「ヴィオラ様の、私達の分もというお気持ちはとても嬉しいので。少しだけでも効果を弱めてくれたら、私がなんとかして誤魔化しますから」
カレンさんの予想外の提案に、私は目を見開く。
「……カレンさんは、私にこの能力を隠さず、もっと国のために使ってほしいとか、そのようには考えないのですか?」
ぐっと拳を握って、思い切ってそう聞いてみる。
急に話が変わったことに首を傾げながらも、カレンさんはすぐにそれに答えてくれた。
「そうですね。もちろんヴィオラ様のお力を存分に発揮して頂けたら、それはもう国の助けになると思います」
そう思うのが普通よねと少しだけ俯くと、ですが、とカレンさんは続けた。
「ヴィオラ様にも事情があり、考えがある。私の物差しで考えを押し付けるのは、違うと思います。きっと優しいヴィオラ様は、そのお力のことで色々と悩んでいらっしゃるのであろうことは、私でも容易に想像がつきます」
その言葉に、弾かれたように顔を上げる。
「自分の力をどう使うか。それは、あなた自身が決めることであって、外野が口を出すことではありません。あなたは、そうやって自分でその力に向き合って、きちんと考えることができる。ですから、急がなくても良い。時間をかけて答えを出せば良いのだと、私は思います」
優しく微笑むカレンさんの表情が、もう朧げな前世のお母さんの笑顔と重なった。
あれは高校受験を控え、進路に悩んだ時。
お兄ちゃんが調理師の道に進むと決めて専門学校に入ることになり、近所の人や常連さんから、「お父さんやお兄さんみたいに、すみれちゃんも料理の道に進むんだろう? 定食屋そうまも安泰だな!」なんて言われるのが日常茶飯事だった頃。
どうしてそれが当たり前みたいに言うの?って思いながら、笑顔を作っていた。
とりあえず普通科のある高校に行って、いっそのこと全然違う道に進もうか。
そう思ったこともあった。
だけど、いつだって私の心の中にあるのは料理のことで。
ただ美味しいって、それだけじゃない。
健康のことも考えて、栄養バランスの取れた美味しい料理で人を笑顔にしたい。
お父さんが定食屋をやっていて、お兄ちゃんが調理師を目指していて。
だから私も、じゃない。
『自分で決めたことなんだから、胸を張って、私が決めたのよ!って言えば良いのよ。家族がそういう仕事をしているから、能力があるから栄養士になりたいって、そういうわけじゃないんだって』
俯く私の頭を、そっと撫でてくれた、優しい手。
『たくさん考えて、栄養士を目指そうって考えたんでしょう? それで良いのよ、外野の声に振り回されなくても、あなたはちゃんと自分で考えられるし、決められる』
周りのみんなが言うからじゃない。
私が、決めたから。
『すごいわね、すみれ。お母さん、ずっと応援してるからね』
それから一年後、お母さんはこの世を去った。
あの頃はたくさん泣いたし、たくさん辛かったけど。
でも、お母さんがくれた、宝物みたいな言葉たちが、私を支えてくれた。
「……ありがとうございます、カレンさん」
私、大切なことを忘れていた。
「やっぱり、ミーナさんとソフィアさんにも作って差し上げたいです。いつもありがとうの気持ちを込めて。カレンさん、付き合ってくれますか?」
勿論ですよと微笑んでくれるカレンさんは、やっぱり少しだけお母さんに似ていた。
もちろんカレンさんはお母さんよりも断然若い、前世の私と同じくらいの年のお姉さんだけどね。




