お客様は何者ですか?2
「……泣くな、ヴィオラ。俺が悪かった」
そう言うと、陛下が私の隣に腰を下ろした。
「ふ、ふえぇ……」
困った、幼児化して涙腺が緩くなってしまったのだろうか、当然涙が溢れてきた。
急に泣き出した私に、ヴァルやフィルさん、ガイさんも戸惑っている。
みんなを困らせてはいけない、それは分かっている。
それに、これが私の我儘だっていうことも。
チートな能力は隠したい、だけど気持ちを込めて料理を作らないなんて考えられない。
そんなの、できっこないって分かっている。
でも、怖い。
稀少だ、未知の力だと言われても、私に使いこなせるのか分からないから。
もしかして私の力が悪用されることもあるんじゃないかって、不安だから。
ほろほろと涙を流す私の背中に、陛下がぎこちなく手を添えた。
そして、恐る恐る撫でてくれた。
「騎士達に回復効果のことを隠すことは、もう難しいだろう。だが、騎士達が他に広めないようにすることはできるはずだ」
「そ、んなこと……」
優しい陛下の声は心に染みていくけれど、そんなことが可能なのだろうか?
「誰かが広めるんじゃねえかって心配か? 俺は大丈夫だと思うぞ」
ガイさんもそう言ってくれるが、みんながみんな黙ってくれるなんて保証は……。
「現に陛下が箝口令を敷いた時も、ヴィオラが困るなら誰にも言いません!と多くの……いえ、ほぼ全員じゃないでしょうか?騎士達が誓ってくれましたよ」
「ああ、料理長をはじめとする料理人もな」
「え……?」
食堂でのみんなの姿が頭に浮かぶ。
「僅かな月日であの騎士団専用食堂を掌握するとは、末恐ろしいな、おまえは」
陛下が隣で苦笑いする。
「それだけあなたが愛されているということですよ。その僅かな期間でも、十分あなたが良い子であることが皆に伝わっているということでもありますね」
フィルさんも、そう言って優しく微笑んでくれる。
「だなぁ。魔物討伐の後で疲労困憊な時も、ヴィオラの料理と笑顔で心身ともに癒されたって騎士も多いしな。俺達はおまえに感謝してるんだ」
からりとガイさんも笑う。
みんな、そんな風に思っていてくれてたんだ。
「私……。これからも、気持ちを込めて料理を作っても良いのでしょうか?」
「良いに決まってるじゃん! もし口外するような奴がいたら、僕が見つけてつるし上げてやるから!」
腕の中でヴァルも勢い良く頷いてくれる。
そんな息まく姿に、それは怖いわねと、思わず笑みが零れた。
「ヴィオラ、おまえはおまえの好きなようにやると良い。俺達はおまえの優しい味の料理に惚れ込んでいるからな。後のことは任せろ、俺達が守ってやる」
うんうんとフィルさん達もそれに頷いた。
優しすぎる陛下の言葉に、ぼっと頬に熱が集まる。
「もう、あまり甘やかさないで下さい……」
「子どもとはかわいがられて育つものなのだろう? ならば問題ないはずだ」
素っ気ない声だったけれど、その優しさがあまりに心地良くて、ついそのまま甘えることになってしまったのだった。
「結局、騎士と料理人のみんなにはカミングアウトしたけど、むやみに広めたりしないって言ってくれたし」
むしろ涙を流して俺達が守ってやるからな!と言われた。
「……みんな、優しいんだから」
いつか、そんなみんなのために、この力と向き合って、惜しみなく使いたいと思う日が来るのかもしれない。
この力を差し出せと強要されないことに、感謝しかない。
今はただ、自分ができる範囲でのやれることをこなすだけ。
「赤ちゃん聖獣達のご飯作りと騎士団のみんなのご飯作り、それと陛下達のご飯作り」
見事にご飯作りばかりねと苦笑する。
「少しずつ、自分の持つ力と向き合っていかなきゃね」
そのためにも一日一日を頑張ろうと、部屋の扉を開けたのだった。
「え? お客様?」
「ああ。隣国の第三王子だよ」
いつものように聖獣達のご飯を運ぶ道中、リックからそんなことを聞いた。
「同盟国の方なので、丁重にお迎えしておりまして。陛下やローマン秘書官殿はしばらくお忙しくなるかと」
カレンさんがそう付け加えてくれた。
そうか、だからしばらく陛下の料理は作らなくて良いと言われたのか。
実は昨日、陛下からの言付けだとガイさんからそんなことを聞いていた。
どうしてだろうと何気なく疑問を口にしたところ、リックがそれに答えてくれたのだ。
「ヴィオラの料理に特別な力が込められてるなんて、知られたくないだろ? だからだよ」
「聖獣様が奥の庭園で集っていることも、秘匿しておきたいとおっしゃっておりました」
そうか、私との約束を守ろうと気遣ってくれたのか。
その心遣いがたまらなく嬉しくて、胸が温かくなる。
「でも陛下、今までのようにちゃんと野菜を食べてくれるでしょうか?」
「そうですね……。正直言って、ヴィオラ様以外の料理で野菜に手を付けたところを見たことがありませんね」
悪魔王陛下ならぬ、偏食大魔王陛下の名前を思い出して苦笑いする。
「まあそう長い期間じゃないから大丈夫だろ。時々なんか差し入れでも作って差し上げたらどうだ?」
「それ、すごく良い考えだわ!」
だろぉ? とリックがどや顔をする。
そうだ、陛下のことだから夜遅くまで仕事してそうだし、夜食でも作ってカレンさんに託すくらいしても良いよね。
「なにが良いかしら?」
「肉だろ、肉」
「今の話の流れなら、野菜が採れるものの方が良いのでは? 執務しながらでも食べやすいものなど喜ばれるのでは?」
リックとカレンさんの意見は、どちらもまっとうだ。
陛下はお肉が好き。
でも野菜不足も心配だし、忙しいみたいだから書類を確認しながらちょっとつまめるくらいのものが良いだろう。
「……あ。あれにしようかしら」
「お、なにか思いついたか? 味見ならいくらでもしてやるから、俺の分も作ってくれよな!」
頭の中に浮かんだメニューを話してみると、ふたりともから賛同を得ることができたので、さっそくその日の夜に作ってみることにした。




