転生したら、虐げられ幼女!?2
「ヴィオラ!早く持っておいで!全く、トロいんだから……」
「ご、ごめんなさいお母さん……」
自分の体と同じくらいの大きさの水瓶を運びながら、私は謝った。
ふらつきながらなんとか目的の川まで歩く。
まだ水が入っていないためそれほど重くはないが、大きくて前がよく見えない。
落とさないように慎重に歩いていたら、叱られてしまった。
転生して六年の月日が経った。
今の私の名前は、ヴィオラ。
たぶん七歳。
たぶんというのは、拾われた時が一歳くらいだろうということで、その日を勝手に一歳の誕生日ということにしたからだ。
「私はあんたの母親じゃない!ったく、お義母さんがこんなガキを拾ってきたから……」
グチグチ言っているのは、あの日私を拾ってくれたおばあちゃんの息子さんのお嫁さん。
『あら、お母さんと呼べば良いのよ。私のことはおばあちゃんと呼んでね』と言ってくれたおばあちゃんは、三年前に流行り病にかかって亡くなってしまった。
優しかったおばあちゃんは私をかわいがってくれたけれど、他の家族は違う。
お母さんはあんな感じだし、おばあちゃんの息子さん、お父さんも私には厳しい。
その子ども達、一応私の兄弟ね、彼らも私のことをよくいじめに来る。
悪口を言ったり足をかけてわざと転ばせようとしたり。
泣いたり怒ったりすると増長させるだけなので、それくらいかわいいものかとあまり相手にしていないのだけれど。
まあとにかく、この家族達はいつだって私のことを厄介者だって目で見てくるのだ。
前世のラノベのタイトルなんかでよく見た、虐げられ幼女ってやつ?
私は中身が大人だからどうということはないけれど、普通の子どもだったら人生に絶望しているかもしれない。
だけどお母さん達の気持ちも少しだけ分かる。
だってここでの暮らしはとても貧しいんだもの。
数年前まで行われていた隣国との戦争、この村は国境近くにあるため、まともにその余波を受けていた。
自給自足が中心の生活で、水は川に汲みに行けば良いのでまだ良いのだが、食べるものは畑でなかなか植物が育たないため、森に山菜やキノコを採りに行ったり川で魚を捕まえたりが精々だ。
小麦だけはなんとか育つので、パンは作ることができる。
あとは村に乳牛が何頭かいるため、村の人達で牛乳を分け合っている。
そんな自分達の生活で手いっぱいの状況で、どこの馬の骨だか知れない私をかわいがれっていうのはなかなか無理な話だろう。
お母さんが自分の子を優先させたいと私を疎むのも仕方のないことだろうと割り切り、まだ幼い今だけ、できるだけ迷惑をかけないようにしてお世話になっている状態だ。
大きくなったら、そのうち……。
「ほら、さっさと水を汲みなさい!トロいんだからボケっとしないで真っ直ぐ戻っておいでよ!」
……色々あるだろうが、それにしても七歳の幼女相手にちょっとばかし強制労働させすぎじゃ?と思わなくはない。
まあでも最低限の衣食住は提供してもらっているのだ、わがままは言うまい。
でも、未だに前世のお父さんの料理は恋しい。
もう二度と食べられないって分かっているから、なおのこと。
そっと水瓶を川の中に入れて水を汲む。
あれから六年経ち、前世のことで泣くことはなくなった。
転生したばかりの頃は、家族のことを思い出してよく泣いたものだが、赤ちゃんだった私をおばあちゃんがいつも抱っこして優しくあやしてくれた。
少しずつ死んだことを受け入れられるようになって、やっと歩くことができるようになったから、これから恩返ししなきゃ!って時におばあちゃんは亡くなってしまった。
食材は限られているけれど、私の手料理、食べてもらいたかったな。
お父さんやお兄ちゃん程ではないにしろ、私だって定食屋の娘だ。
それなりに料理は作れる。
まあこんなちびっこじゃあ、貴重な食材を無駄にする気か!って料理なんてさせてもらえないけれどね。
「さ、早く戻らないと。お母さんに叱られちゃうわ」
まあどうせなんやかんやと文句は言われるのだろうけれど。
そう思いながらも重くなった水瓶をなんとかして持ち上げる。
零さないように気を付けないと。
よろよろとふらつきながらも、足に力を入れてなんとか家まで歩く。
台所まで運び、やっとことで水瓶を置くと、キュウッ!と動物の声が響いた。
「あら、ヴァル。お散歩はもう良いの?」
「あうっ!」
ぱたぱたと尻尾を振ってこちらに来たのは、ヴァル。
銀色を帯びた白いふわふわの毛がきれいな子犬で、一年くらい前に森の中で怪我をしているところを私が見つけたのだ。
お母さんには顔を顰められたけれど、餌は私が用意するからと言って連れて帰ることを許してもらった。
薄暗い森の中にひとり残しておくことなんて、私にはどうしてもできなかったから。
きっとおばあちゃんもこんな気持ちで私を連れて帰ってくれたのだろう。
「それに、なんとなくコロ助に似てる気がするのよね。さすがに名前は変えたけれど」
というか、コロ助?とつい口に出してしまった時に、とても嫌そうな顔をされた気がしたのだ。
気に入らなかったのねと一生懸命考えて付けたのが、ヴァルという名前。
「どうせお腹が空いたんでしょう?こっちにおいで。いつものやつ、作ってあげる」
「きゅう〜ん!」
甘えた声を出し、ヴァルはふわふわの小さな体で喜びを表した。
ヴァルはとても賢く、こちらの言葉が分かっているかのように、こうして返事をしてくれる。
きょろきょろと周りを見回し、家族がいないかを確認して手のひらに魔力を集中させる。
「“炎”」
火が点くと竈にフライパンを置き、取っておいた朝食の牛乳を注ぐ。
そう、この異世界には魔法が存在している。
魔法を使えるのは一握りの人間らしく、村でもごく僅かの人しか使えない。
なんの恩恵か私には魔力があったらしく、こうして時々こっそりと使っているのだ。
それを知ったのはおばあちゃんが亡くなってからなので、家族には内緒にしている。
さて、牛乳がふつふつとしてきたら、森で採った山菜を千切って入れ、同じく残しておいたパンもひと口サイズに千切って投入する。
「少しだけ塩と砂糖下さい、ごめんなさい!」
この場にいないお母さんに謝り、調味料棚から塩と砂糖を少しだけ拝借してフライパンに入れた。
砂糖と塩は高価なものではないらしく、こうした貧しい村の人間にも国から配給されている。
塩分と糖分、生きるために必要な栄養だもんね。
でも栄養素的に不十分だよねとは思っている。
子どもの頃にしっかり栄養を摂ることって大切なんだけど、正直、不安しかないわ。
喜んで食べてはくれるけど、ヴァルにとっても良いものなのかも分からないし。
ちょっとでも体に良いものをと考えて、大きくなれますようにと祈ってはいる。
そうしているうちにパンが少しずつ柔らかくなっていく。
「よし、完成。ヴァル、山菜入りミルクパン粥の出来上がりだよ」
「わぅん!」
尻尾を振って喜ぶヴァルの分と私の分とにパン粥を取り分ける。
そして魔法でフライパンを綺麗にして元の場所へ戻し、火も消しておく。
家族に見つかるとちょっと面倒なので、ヴァルと共に外へと出る。
家の裏の木の影にふたりで座り、手を合わせていただきますをする。
「ヴァル、美味しい?」
「わうわう!」
少しぬるくなったパン粥はヴァルに丁度良かったらしく、はぐはぐと嬉しそうに食べてくれた。
今世こうやって私の料理を食べてくれるのは、ヴァルだけ。
さすがにお店では出せなかったけれど、家族の分の食事を作ることの多かった私は、みんなが料理食べて喜んでくれるのが好きだった。
新メニューの開発も手伝ってたしね。
仕事にできるほどの腕前ではないが、普通に料理は好きなのだ。
「おばあちゃんが生きていたら、美味しいって言ってくれてたかな……」
ぽつりと零した呟きに、返事はなかった。
「わう?」
その代わりにヴァルが首を傾げて反応してくれた。
「ごめんごめん、ヴァルが美味しそうに食べてくれるのが嬉しいの。大好きな人に料理を食べてもらえるのって良いよね」
「きゃうん!きゃうん!」
ヴァルの頭を撫でると、気持ちよさそうな顔をして鳴いた。
今はヴァルだけで良い、けれど。
「誰かのために料理を作って、笑顔になってもらって、美味しいねって言ってもらえる日が来ると良いな」
もう少し大きくなったらこの村を出て、違うどこかで暮らしたい。
そのために自分の身を守れるように隠れて魔法の練習をしているのだから。
だから、いつか――――。
そんな淡い願いを抱きながら、私は今日もこの異世界を生きている。