人を見た目で判断してはいけません!3
* * *
ヴィオラと別れた後、リックを先に行かせたガイはフィルと並んで廊下を歩いていた。
「……なんつーか、健気だよなぁ」
「ええ。あの年でそれだけの苦労があったのかと察すると、柄にもなく胸が痛みますね」
先程のヴィオラの話を思い出しながら、自然とふたりは俯いた。
このふたり、特にフィルはさすがに初めからヴィオラのことを信用していたわけではない。
子どもとはいえ、シルヴェスターに危害を及ぼす者である可能性も考えないといけないと思っていたからだ。
ヴィオラが王城に住むようになって、しばらくその様子を窺っていたが特に不審な点は見られない。
それどころか、珍しくまた非常に美味な料理を振る舞ってくれ、偏食なシルヴェスターをはじめとする皆の健康すら気遣ってくれる。
完全に信用したわけではないが、それなりに警戒を解いて良い相手だと判断した。
それに、食事の時間が楽しみだということが、こんなにも生活を豊かにしてくれるのだと知り、ヴィオラの料理なしではいられなくなりつつあった。
そんなヴィオラが垣間見せた、影の部分。
「与えられた仕事は料理を作ることだけだっつーのに。他にもやれることを探して率先してやるって、大人でもなかなかやれねぇことだぞ」
「騎士達に喜んでもらえるのが嬉しいからでしょうか。笑顔を向けてもらいたいと、必要とされたいと無意識に思っているのかもしれません」
ふたりはシルヴェスターから、リンデマン王国の僻地の村でヴィオラが育ったことを聞いていた。
ヘスティアに聞いたのだという、そこでのヴィオラの暮らしぶりについても。
「それに、『見た目だけで人を判断してはいけない』か。それって、裏を返せば見た目で判断して痛い目にあったことがあるって風にも聞こえるよな」
「『優しい顔をしていて内心で良からぬことを考えている人もいる』とも言っていましたね。そんな人を実際に知っているかのような口ぶりでしたね」
ふたりの頭の中で、今までのヴィオラの生活がどんなに辛い環境にあったか、想像が膨らんでいた。
「……ここで、幸せになってほしいですね」
「ああ。あんな良い子に拾われて、ヘスティアの子どもは僥倖だったな」
中庭で仲良くじゃれ合うヴィオラとヴァルの姿を度々見かけていたガイは、優しく微笑んだ。
そしてそれに応えるように、フィルもまた、食堂の方を振り返って目を細めたのだった。
その、丁度同じ頃。
「ではすみません、ヴァルのところに行って来ますね」
片付けをあらかた終え、ヴァルにトンテキを持って行くヴィオラを見送った料理人の面々は、その姿が完全に見えなくなったことを確認して、厨房の中央に集まった。
「さっきの、聞こえたか?」
「ああ。ヴィオラの奴、今までにきっと色々あったんだな……」
「『見た目で判断してはいけない』ってさ。だから俺達や陛下にも、最初からあんなに普通に振る舞ってくれたのか」
第二騎士団専用食堂の料理人達は、ゴツイいし厳しい。
それが王城内での周知だった。
シルヴェスターと同じく、初対面から怯えられることの多い彼らもまた、初めてヴィオラがここにやって来た時の自分達に対する態度が予想外だったことに驚いていた。
『お仕事中にすみません。場所、お借りいたします』
『ありがとうございました。おかげで楽しく料理が作れました!』
恐がるどころか自然体。
しかしちゃんと敬意を持って接してくれるし、謙虚さもある。
「素直だし、働き者だし、かわいいし。あんなに良い子なのに、どんな苦労をしてきたんだ」
「下手に話を聞くのは過去の嫌なことを思い出して傷付けるだけだろ。今のまま、知らない振りをして接すれば良いって」
彼らの中でもまた、ヴィオラがかわいそうな経験をしてきたのだと、想像が膨らんでいた。
「……おい、おめぇら」
そこで今までずっと黙っていた料理長が口を開いた。
料理人達は皆、息を呑んでその言葉を待つ。
「ヴィオラには、ここに来て良かったと思ってもらえるように振る舞え。あの子を悲しませるようなことをしたら、俺が許さん」
「「「「「もちろんです、料理長!!」」」」」
その時、厨房内で料理人達の心がひとつになった。
そして食堂に最後まで残っていた騎士達数名もまた、ヴィオラ達の話を聞いて俯いていた。
「……俺、恥ずかしくなった。見た目で判断するなって、あんな小さい子に教えられたわ」
「俺も。ヴィオラちゃんが、陛下のことあんな風に言うなんてな。俺達なんかより、よっぽど人を見る目があるってことだよな」
強面で無愛想、気安い話もできないシルヴェスターを敬遠していた騎士達は、恥ずかしそうにため息をついた。
「……俺、今度陛下が訓練に参加する時、指導して下さいって頼みに行こうかな」
「あ、なら俺も! あの人、聖獣様の力で強いって思われがちだけど、剣技もすげえもんな。色々教えてもらえるかもな」
そこからわいわいと話が盛り上がり、そろそろ午後の訓練が始まるなと席を立った。
「ヴィオラちゃんもあんなに小さいのに新しい場所で頑張ってるんだもんな。俺達も変な固定観念に囚われずに、成長していかないとな」
ほんとそれな!と笑い飛ばしながら、騎士達は訓練場へ向かって廊下を進んで行った。
どうしてこうなったのか、真実は少しだけ違うのだが、それに気付くことはなく、各々がヴィオラへの好感度が高くなったことを自覚して午後からの仕事へと向かったのだった――――。




