人を見た目で判断してはいけません!1
「あー腹減った! なあヴィオラ、今日の昼食はなんだ?」
「お疲れ様、リック。今日は食べ応え抜群のトンテキ定食だよ」
働き始めて早十日が経った。
食堂での仕事にもずいぶん慣れ、リックをはじめとする騎士さん達とも少しずつ気安く話せるようになった。
「ヴィオラが給仕やるようになって、騎士共のテンションが上がったよな……」
「ヴィオラが手ぇ離せなくて俺らが行くと、分かりやすく残念な顔されるのムカつくよな」
「あはは……」
訓練を終え食堂にやって来た騎士さん達を胡乱な目で見る料理人達に、どう返して良いものかと苦笑いをする。
そう、二日前から私は、時間が空いた時に給仕の仕事も行うことにしたのだ。
しばらく昼食は定食モノを出すようにしているのだが、みそ汁や漬物などの作り方を皆が覚えてくれたため、基本的に私はメインの料理にしか手を出さないようにしている。
その分空いた時間に、お客様でもある騎士さん達の声を聞きたいと思ったのだ。
とはいえ、何百人といる騎士さん達ひとりひとりに配膳することは不可能なので、そこは今まで通り、自分でカウンターに取りに来るシステムだ。
私がやっているのは、汁物や飲み水のお代わりを持って行くこと。
騎士さん達と話もできるし、箸の進み具合も見ることができるからという理由で、料理長さんに申し出た。
ちなみに先生呼びは止めてもらった。
いやだって、厳つい料理人さん達から先生呼びされる幼女なんて、どう考えてもおかしいもの。
というわけで、渋る調理長さんをなんとか説得して普通に名前で呼んでもらうことになった。
「いや〜ヴィオラちゃんが来てからメシが美味い! 俺、生野菜なんて仕方なく食べるモンだと思ってたけど、ドレッシングだっけ? あれのおかげでモリモリ食えるようになったぜ」
「分かる! これ美味いよな。それにカウンターで好きな種類のやつを選んでかけられるのも良い!」
騎士さん達が盛り上がっているのは、添え付けのキャベツやレタス、サラダにかけるドレッシングについて。
初日に作ったマヨネーズと胡麻ドレッシング、それにフレンチドレッシングにオニオンドレッシングと、割と簡単に作れるものも加えてカウンターに置くようにしたのだ。
料理を取りに来た時に好きなものをかけてテーブルまで運んで食べる、という感じ。
これが結構騎士さん達にも好評で、残されがちだった生野菜の完食率が上がっている。
栄養学を学んでいた私から言わせてもらえば、生の野菜をしっかり摂ることはとても大切なことなのだ。
まあドレッシングのかけすぎには注意なのだが、そのあたりは今までそのまま食していたこともあってか、少量で十分美味しいと皆さん言ってくれている。
「さあ皆さん、せっかく熱々焼きたてなんですから、おしゃべりばっかりしていないでどうぞ」
「「「はーい! いただきまーす!」」」
早く食べて下さいと促す私に、騎士さん達はご機嫌で返事をしてくれた。
こういうところも前世で定食屋を手伝っていた頃のことを思い出して懐かしい。
作るのも好きだけれど、こうやって食べてくれる人と会話して給仕をするのも楽しいのよね。
「うっま! にんにくの香りが立ってて匂いだけでご飯三杯はいける!」
リックがトンテキを頬張ってそう叫んだ。
するとリックの向かい側に座っていた騎士さんもそれに同調する。
「スタミナつきそうだな。サラダを間に挟めばおかわり無限にできそうだぜ!」
そうそう、体力勝負の騎士さんにはビタミンB1の豊富な豚肉パワーが相性抜群だもの。
ちなみにさっき味見がてらにってヴァルにもあげたんだけど、最初は熱くて飛び上がってたけど、ハフハフしながら食べて『美味しー! もっとちょーだい!』っておかわりをおねだりされた。
あ、ちなみに聖獣様は人間の食べ物はなんでも食べて大丈夫らしい。
狼だと思ってた時はお腹壊さないかなと少し心配していたのだが、全くの杞憂だったようだ。
そんなヴァルは私の仕事中は基本的に中庭でヘスティアや兄弟達と一緒にいる。
聖獣様とはいえ、厨房に動物……じゃないけど、毛のある生き物は入っちゃ駄目よね。
「ヴィオラちゃーん! ミソシル、おかわり!」
「あ、俺も俺も!」
「ご飯もお願いしまーす!」
そんなヴァルにも負けず、騎士さん達は今日も良く食べる。
この国を守るお仕事をしてくれているんだもんね、たくさん食べて頑張ってほしい。
「はぁい! ちょっと待ってて下さいね!」
こうしておかわりの声がかかると私の出番だ。
「手際良く配っていてすごいですね……!」と料理長さんにも褒めて頂いたのだが、慣れてますからねとはさすがに言えず、あははと笑って誤魔化した。
そうしてわいわいと楽しい雰囲気が広がっているところに、カツンとひとつの足音が響いた。
「なんだ、随分と賑わっているな」
「陛下!」
「あ、兄貴。と、団長も」
陛下がフィルさんとガイさんを伴ってやって来た。
今日は陛下も訓練に参加するからと、こちらで昼食をとると聞いていたのだ。
「おう、ヴィオラ。今日も美味そうな匂いしてるな」
毎日の食事が楽しみだと言ってくれているガイさんは、いつもたくさん食べて下さっている。
「皆さんお疲れ様です。こちらにどうぞ。今お食事、お持ちしますね」
「いや、自分で取りに行くから大丈夫だ」
空いている席を勧めたのだが、どうやら陛下は他の騎士さん達と同じようにカウンターまで料理を取りに行くつもりらしい。
この国で一番偉い人なのに……と思わなくもないが、それも陛下の良いところかもねと苦笑する。
しかし三人の登場で周りの空気が一変した。
さすがに国王陛下を前に、和やかな雰囲気で昼食を共に~という感じではないらしい。
ピリッとした空気が漂っている。
「? これはなんだ?」
その空気を特に気にする様子もない陛下が、カウンターに並べられているドレッシングを見て首を傾げた。
「あ、サラダやキャベツなどの添え物にかけるドレッシングです。好きなものを選んで自由にかけられるようにしたんです。陛下もお好きなものをどうぞ」
「へえ……面白いことを考えますね。では私はこちらを試してみましょう」
フィルさんの眼鏡がきらりと輝いた気がした。
どうやら新しいドレッシングに興味を持ってくれたようだ。
「ふん、なるほどな。今日のメインも初めて見る料理だな」
「トンテキといいます。にんにくが利いていて美味しいですよ!」
「美味そうだな! 匂いで分かるぞ、絶対美味い」
早くも目を輝かせるガイさんに笑みを零し、ゆっくり召し上がって下さいねと伝えて給仕の仕事に戻る。
陛下達が来たことですこし大人しくはなったが、騎士さん達は変わらずおかわりをしてくれた。
たくさん食べてもらえるのは、作り手としてはとても嬉しいことだ。
それからも騎士さん達と話をしつつ仕事をこなし、食事を終えた人が食堂を出て随分席が空いてきた頃。
「ヴィオラ様、お疲れ様です」
「今日も美味かったぜ。とんてき、最高だな!」
「あ、全部召し上がって下さったんですね。お粗末様でした」
フィルさんとガイさんに声をかけられ席に行くと、綺麗に食べられた空っぽのお皿が目に入った。
うんうん、陛下もちゃんと野菜、全部食べてくれてるわね。
ガイさんに偏食大魔王なんて言われていたけれど、汚名返上かしら?
にこにこと微笑んでいると、陛下が眉を顰めているのに気付いた。
「……ところでヴィオラ、おまえはなにをしている?」




