聖獣様は契約獣!?4
ちらりと陛下の様子を窺ってみたが、無表情でなにを考えているのか良く分からない。
ま、まあ馬鹿にはしていない、かな? たぶん。
さてどう出るかしらとどきどきしながら陛下の言葉を待つ。
すると陛下が徐に口を開いた。
「……正直、信じがたい話ではあるが」
そりゃそうですよね。
逆の立場だったら、そうかそうか!と納得できる気がしない。
「だが、おまえが悪い人間ではないということと、とても美味い料理が作れるということは、事実だ。おまえ自身にも分からないというのであれば、もう仕方がないな」
はあっと陛下がため息をつく。
これは、一応納得してくれたと思っても良いのかしら?
「俺も、ここ数日でおまえが本当に料理が好きなのだということと、俺達のことを考えて美味いものを作ってくれているのだということは分かったからな」
それって……。
先程、私が陛下に言ったことと一緒だ。
「中にはおまえを不審に思う者もいるかもしれんが、気にするな。おまえの作る料理を食べて、おまえとこうして言葉を交わせば、ほとんどの人間は態度を軟化させるだろう」
フィルや料理長達もそうだったしなと陛下が言う。
ああ、こんなところが陛下は本当に優しいなって思う。
思わぬところで優しい言葉をもらえて胸を温かくしていると、陛下がこほんと咳払いをした。
「話を戻すが、そこのチビと契約するということで良いか?」
「え? あ、でも……」
そうだった、ヴァルとの契約の話をしていたんだった。
正直言って、そんなに大きな力を持つことは怖い。
今ようやく平穏になりつつある生活が変わってしまうんじゃないだろうか。
特別な力を持つことで、私自身が変わってしまうんじゃないかっていう怖さもある。
それに、ヴァルとの絆が強くなるのは良い。
でも、ヴァルと主従関係になるっていうのは、なんだか違和感がある。
ヴァルはそれで良いのかな?
「そのチビに遠慮しているのならば、それは余計な気遣いというものだぞ。聖獣というものは契約者を求める生き物だからな」
戸惑いを隠せずにいると、そんな私の胸中を知ったかのように陛下が言った。
「昔は聖獣も、その契約者も多かったという。しかし段々その数が減ってきている。契約に足りうる人間が少なくなっているからだ」
陛下の話によると、聖獣は人間と契約することで自身の力も強まり、また心を通じ合う主人を持つことで大きな幸福感を得るのだという。
けれど、契約者は誰でも良いというわけではない。
心から相手を認め、一蓮托生の関係となれる人間。
「善悪にも敏感な生き物だからな。契約者には人格者が多い」
そ、そう言われると悪い気はしないけれど。
「……先程おまえは言ったな、〝ひょっとして成長したらとんでもない悪女になるかもしれない〟と。自分でそんなことを言う奴は、大抵そんなことにはならんものだ。ヘスティアとそのチビの見る目を疑ってやるな」
そう言って陛下は隣にいたヘスティアの鼻先を撫でた。
そしてヘスティアもそれに甘えるように陛下の手に擦り寄る。
ああ、お互いに心から相手を認め、信頼しているんだなって思った。
「……私なんかで、良いんでしょうか」
「おまえが良いとそのチビが言っている。まだ幼獣だからな、成獣に比べれば受ける加護や力はそこまで大きくないはずだが、特別な力とやらが恐いのならば、俺がおまえの平穏を守ってやろう。対価は毎日の食事で良いぞ」
冗談めいて言ってくれたけれど、陛下には全部お見通しなのねと苦笑する。
でも大国の国王陛下のお言葉だ、とても心強い。
「だが、そうだな。もし国が窮地に陥った時、おまえが良しと判断した時は、その力を国のために貸してほしい。力ずくでおまえを意のままに操ろうとはしない。約束しよう」
その真摯な言葉に、私の心が軽くなった。
この人なら大丈夫、ちゃんと約束を守ってくれる。
〝私〟の意思を尊重して、ヴァルと一緒にこの国で生きることを認めてくれる。
「……分かりました。私、ヴァルと契約します」
「わうっ!」
喜びの声を上げたヴァルが、私に飛びついてきた。
ふわふわのまだ小さな体、大きくなってからも、ずっと一緒にいようね。
「では儀式を行おう。悪いが人差し指の腹を少しだけ切らせてくれ」
「あ、はい」
血判ってこと?
なんだかいかにも儀式!って感じね。
「おいチビ、じゃないか。ヴァル、おまえも前脚を出してくれ」
陛下はまず私の人差し指を、そして続けてヴァルの前脚の肉球を切った。
「互いの血を混ぜるように、指と前脚を合わせろ。それから今から俺の言った言葉を覚えて唱えるんだ」
そう言うと、陛下は誓いの言葉を口にした。
「じゃあヴァル、いくよ? ……〝汝の身は我の元に、我の命運は汝の力に〟」
ヴァルと指を合わせたところが、なんだか熱い。
「〝我の意に従え。契約者、ヴィオラが命名する。誇り高き聖獣、ヴァル!〟」
最後の言葉を言い切ると、血液が混ざり合って体の中に巡っていくような感覚がした。
これが契約の儀式。




