聖獣様は契約獣!?1
王城で暮らすようになって、三日が経った。
「おはようございます、ヴィオラ様」
「今日もとっても良いお天気ですよ!」
与えられた私室に私を起こしに来てくれたのは、侍女のソフィアさんとミーナさん。
初めて王城に来た日に、カレンさんと一緒に私を磨いて着替えさせてくれた、あのおふたりだ。
まだ子どもだし、身の回りのお世話をする者が必要だろうとのことで、こうして毎朝来てくれている。
……本当はそんなの必要ないんだけど、中身は大人です!なんて言っても信じてもらえないだろうから、大人しくお世話されている。
「今日も朝食が終わったらお散歩に行かれますか?」
「あ、はい。いつもの時間に戻ってきます」
「あれ? ここにある布……随分汚れていますね。お洗濯しても良いですか?」
ミーナさんがベッドの脇にあるあのおくるみを見つけた。
「あ、すみません。ではお願いできますか?」
なんとなく取っておいたものだが、綺麗にしてくれるというのならばお願いしたい。
そうして着替えを手伝ってもらい髪を結ってもらって、朝食を済ませると私はある場所へと向かう。
「ヴァル! おはよう!」
「きゃうーん!」
昼食の準備までは時間に余裕があるので、こうして朝食後に中庭でヴァルと戯れるのが私の日課となっている。
このシュナーベル王国は一年を通して温暖な気候の国なため、朝の早い時間でも結構暖かいし、晴れている日も多い。
だから朝のお散歩がとても気持ち良いのだ。
「ふふ、ヴァル良い匂いがするわね。お風呂に入れてもらったの?」
「わうわう!」
そうだよ!と言っているかのように胸を張って尻尾を振っている。
自慢気にしているところもとてもかわいい。
「お母さんや兄弟達とも会えて、本当に良かったわね。……そういえば、お父さんっているのかしら?」
素朴な疑問だったのだが、ヴァルにも分からないのか、首を傾げられてしまった。
まあ人には……じゃなくて、狼にも色々と事情があるわよね。
あまり気にしないことにしようと気持ちを切り替えてヴァルとお散歩をしていると、曲がり角の先から話し声が聞こえてきた。
誰だろう?と思ってそうっと覗いてみると、なんとそこにいたのは陛下とヘスティアだった。
「! 誰だ!? ……っと、なんだおまえか」
「あ、ご、ごめんなさい。えと、おはようございます」
気配に鋭い陛下に秒で見つかってしまい、すごすごと出て行く。
ヴァルはといえば、お母さんがいて嬉しかったようで飛びついてじゃれている。かわいい。
かわいい、のだが。
「甘えん坊だな、おまえ。ふん、さすが親子、手触りが良く似ている。それに香りも同じだな、風呂に入れてもらったのか?」
陛下が無表情でヘスティアとヴァルをもふもふなでなでしている姿、ものすごく違和感が……。
頬擦りして匂いまで嗅いでるし。
……なんか、こんな姿もちょっとお父さんに似ている。
『コロ助、メシだぞ! おーよしよし、おまえはかわいいなぁ!』
野良犬にエサをやってかわいがる姿を思い出し、自然と笑みが零れる。
「……笑うな」
「えっ!? あ、すみません、つい」
こっそり思い出していたつもりだったのだが、顔に出てしまっていたようだ。
しまった、失礼だったわよね。
慌てて表情を引き締めると、陛下がはあっとため息をついた。
「おかしいか?」
「え? ええと、なにがですか?」
「……俺がヘスティアにこうしていることがだ」
うーん?
ちょっとなにを言っているのか、よく分からない。
「いえ、別におかしくありませんけど」
陛下がなにを聞きたくてそんなことを言ったのかよく分からないままそう答えると、怪訝な顔をされてしまった。
「似合わない、と。そうは思わないか?」
ますます意味が分からない。
「いえ、別に……。動物をかわいがるのに、似合うとか似合わないとか、関係あります?」
と、そこまで言って前世の常連さんの言葉が頭に浮かんだ。
『あんなナリして動物好きとか、似合わねぇんだけど』
あ、そっか。
「……そうですね、無表情でヘスティアとヴァルを撫でまわしているところは、ちょっと変かもです。もっと笑えば良いのにって思いました」
きっとヘスティアのことが本当にかわいいのだろう、そしてもふもふなでなですることで癒されているのだろう。
強面の陛下は、ひょっとしてそんな自分には似合わないからって思っているのかもしれない。
「似合わないなんて、そんなことないです。それにヘスティアはとっても強くて賢くて、かっこ良いです! 陛下にとても似合っていると思いますよ!」
並んでいるところを見ると、国王陛下を守る守護獣!って感じでかっこ良い。
キラキラした目でヘスティアを見つめていると、それはそうだろうと陛下が言った。
「ヘスティアはフェンリル、聖獣だからな。その辺の動物と一緒にされては困る」
「へ……? 聖、獣……?」
知らなかったのか?と陛下は呆れたような表情をする。
「聖獣、特別な力を持ち、契約したものに大きな力と加護を与える、極めて稀少な存在。フェンリルの他にも、フェニックスやスレイプニルなどがいるな」
そ、それって神話とかに出てくる伝説上の生き物じゃない!?
「大きな狼だと思っていました……」
「まあそう見えないこともないが。だが狼にしては大きすぎるだろう。このヘスティアの子どもを狼と勘違いするのは仕方ないが」
ひょいと陛下はヴァルを抱きかかえた。
常識で考えたらもちろんそうだが、まさかそんな空想の生き物がいるなんて思わないじゃないか。
……いやでもここは異世界。
魔法だってあるし魔物も存在している。
それならば空想の生き物がいたって不思議ではない、のかもしれない。
「私が無知なだけだったということですね……」
いつまでも前世の常識に囚われていてはいけなかったのだと反省だ。
「そっかぁ、ヴァルはフェンリル、すごい子だったのね。どうりで賢いと思ったわ」
「あうあうっ!」
ヴァルは陛下の腕の中で嬉しそうに声を上げた。
初めて会った時から私の言葉が分かるみたいだったし、私の気持ちを汲んで立ち回ってくれたことも多い。
そう考えると、ヴァルが聖獣だと聞いてしっくりくる気がした。
「ところで、ヴァルと名前をつけたのはおまえか?」
「え? あ、はい。すみません、ここの子だなんて知らずに勝手に名前をつけてしまって」
大きな力と加護を与える稀少な存在、だなんて言っていたし、私なんかが名前をつけてはいけなかったかもしれない。
どうしようと戸惑っていると、少し考えて陛下はヘスティアに向き直った。
そしてまるで会話をしているかのようにヘスティアになにかを囁いている。
「――――おい、ヘスティアからも許可が下りたぞ」
「はい?」




