料理と人間関係って、意外と似てるよね6
「……おまえ達、少し落ち着け」
フィルさんとふたり盛り上がっていると、はあっと陛下のため息が落ちた。
「あ、も、申し訳ありません……」
「こほん。……失礼致しました」
はしゃぎすぎてしまったことに気付き、再び縮こまる。
「まあ構わん。フィルがそこまで言うのだ、美味いのには違わないのだろう」
さすがにそろそろ叱られるのではと思ったのだが、陛下は気にした様子もなく、マヨネーズと胡麻ドレッシングの容器を手に取った。
そしてそのままキャベツにかける。
少々量は控えめであるが、試してみようと思ってくれたことが嬉しい。
どきどきしながらキャベツが陛下の口に入っていくのを見守る。
口に入れる瞬間に少しだけ躊躇う素振りはあったものの、陛下は思い切ってキャベツを口に入れた。
「!」
そうしてシャキシャキと噛みながら驚いた表情は見せたものの、ひと言も発しない。
ごくりと飲み込まれたのを見届け、どうだったのだろうと感想を待つ。
「……ふっ。そんなにじろじろと見てくれるな」
「はっ! あ、申し訳ありません」
「先程からそんなに謝らなくても良い。別に俺は怒っているわけではない」
ふっと陛下の表情が緩んだ。
あ、今の、なんだかお父さんが笑ったところに似てる。
もちろんお父さんは陛下みたいな美形ではなかったけど……。
重なって見えるなんて、変なの。
ぱっと視線を移すと、フィルさんが陛下を見て驚いた表情をしていた。
「そ、そういえばキャベツはいかがですか、陛下」
フィルさんがそう尋ねると、陛下はもう元の仏頂面に戻ってしまった。
「ああ、これなら食べられる。カラアゲと交互に食すと美味いな」
キャベツもいけると分かった陛下はそのままパクパクと食べ進め、フィルさんとともにあっという間に完食してしまった。
「美味かった」
「ええ、とても」
「嬉しいです! ありがとうございました!」
やっぱりこんな風に美味しかったと言ってもらえると、すごく嬉しい。
もちろんお父さんやお兄ちゃんの方が腕は上だったけれど、私だって料理が大好きだったから。
「ガイに怒られそうだな、俺達だけズルいと」
「そうですね。ヴィオラ殿、今日は私の分まで作って下さってありがとうございました」
あ、フィルさんが名前で呼んでくれた。
「いえ、ヴィオラ様が作ったのは、おふたりの分だけではありません」
そこへ声を上げたのは、カレンさんだ。
「? どういうことだ、カレン」
「はい、ヴィオラ様は料理長をはじめとする料理人達と早くも打ち解けたご様子。初日の今日から作業を分担して騎士達の分もお作りになったとのことです」
カレンさんの説明に、陛下は少し目を見開いたけれど、すぐにそうかと納得した様子だ。
「おそらく今頃エルネスト卿も食堂でこのカラアゲテイショクを召し上がっておられるのではないかと思われます」
「はは。奴のことだ、食堂で美味いと絶叫していそうだな」
フィルさんの言う通り、私もから揚げを頬張って「美味い!」と言ってくれているガイさんの姿が想像できた。
リックも食べてくれているかしら。
騎士の皆さんも気に入ってくれていると良いのだけれど。
「それにしても、あのクセのある騎士団専用食堂の料理人達と昨日の今日で上手くやれるとは思ってもみなかった。おまえ、なかなかやるな」
ぽんぽんと陛下が私の頭を撫でた。
うわ、なんか恥ずかしい。
「……そんな、皆さんとても良い方達でした。クセは……その、たしかに多少あるかもしれませんが」
「はっ、正直だな。だが上手くやれそうで良かった、夜も頼む」
そう言うと陛下は机に戻って仕事を再開した。
フィルさんも腰を上げ、食器を下げる手伝いをしてくれた。
キャベツも綺麗に食べて空っぽになったお皿を見ると、自然と笑顔になる。
「お粗末様でした。また夕食の時間になりましたら、お持ちしますね」
ああと短く返してくれた陛下にお辞儀をして、カレンさんと共に退室し、ワゴンを持って食堂へと戻る。
その道中。
「あ、そういえば、ヴァルのご飯のことを忘れていました」
しまった、お腹を空かせて泣いてはいないだろうか。
「ヴァル……。ああ、ヴィオラ様と一緒にいたヘスティア様のお子様のことですね」
カレンさんに頷きを返すと、それならば大丈夫ですよと言われた。
どうやらヘスティアや兄弟達と一緒にちゃんとご飯をもらっているみたい。
って、まあそりゃそうよね。
村にいた時よりも豪華で十分な量のご飯をもらっているだろうし、心配することなんてなかったわね。
でも今日は全然触れ合えていないし、後で会いに行ってみよう。
「それよりヴィオラ様、食堂に戻ったらきっと、ヴィオラ様の作った料理のことで騎士達が盛り上がっていると思いますよ」
「ええ? そうでしょうか」
カレンさんの少し悪戯な顔に、苦笑いする。
まあから揚げなんていかにも体育会系男子の好むメニューだから、それなりに喜ばれているとは思うけれど……。
「奪い合いなど起きていないか、心配ですわね」
そんなまさか。
カレンさんも冗談なんて言うのねと思いながら、廊下を進んで行くのだった。
「……まさかだった」
「あらあら、予想通りですわね」
食堂の扉を開けた瞬間、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
「あああ~っ‼ ズルいですよ団長! それ、俺の分!」
「はっ、油断している奴が悪いんだ愚か者め! このカラアゲはもう俺のものだ!」
「おいリック、おまえだけなんでカラアゲが一個多いんだよ!?」
「そんなの知りませんよ! 俺の皿に乗ってたんだから、これは俺のです!」
ガイさんやリックをはじめとする騎士の皆さんが、から揚げを奪い合ったり奪おうと狙ったりしてぎゃーぎゃー騒いでいる。
これが王国の騎士団……。
まるで大学の体育会系部活の合宿みたいじゃない?
この国、大丈夫かしら……?
そんな不安を感じながらちらりと隣を見上げれば、カレンさんが呆れたような表情をしている。
そうよね、とりあえずこの場をなんとか収めないと。
定食屋で部活帰りの学生達の相手をしていたお父さんの姿を思い出す。
息をすうっと目いっぱい吸い込み、口を開く。
「はい! そこまでですよ!」
すると、突然響いた私の声に、ぴたりと食堂内の人の動きが止まる。
「ガイさん! もういい大人なのですから、ちゃんとから揚げは返してあげて下さい。そんなことをする人には、もう作りませんよ」
「なっ……!? たのむヴィオラ、それだけは……!!」
じーっと見つめると、ガイさんは気まずそうにから揚げを元の皿の上に戻した。
「それに、お皿に乗せられた分がひとり分です。多少数に違いはあるかもしれませんが、お肉の大きさもありますので、いちゃもんをつけるのはご遠慮下さい」
リックに絡んでいた先輩らしき騎士もまた、気まずそうにリックから手を放した。
あちらこちらで諍いを止めて大人しく座る姿を見て、私はにっこりと笑った。
「から揚げをそんなに気に入って下さったことは、とても嬉しいです。皆さんありがとうございます。ですが、ここは食事を楽しむ場。争いはご容赦下さいませ」
は、は~い……とガイさんが小さく返事をしたのが聞こえる。
「では、午後からの訓練もありますので、たくさん食べて下さいね。国のために頑張って下さっている皆さんのために、夕食も腕によりをかけて作りますから。そうだ、から揚げも特別にひとつずつ行き渡るように作っておきますね!」
「「「「「お、お願いします!!!」」」」」
うおおおおおお! と喜びの声が上がる。
よし、上手くいった。
この手のタイプには、この作戦が効果的だとお父さんが言っていた。
ようやく食堂内が落ち着いたのを見て、ほっと息をつく。
すると、隣でカレンさんがくすくすと笑っていた。
「素晴らしいです、ヴィオラ様」
「いえ……。さっさと洗い物を終わらせて、夕食の下ごしらえに入らないといけませんね」
啖呵を切ってしまったのだ、夕食も手を抜けない。
「でも、陛下もフィルさんも、ガイさんや騎士さん達も。みんなに喜んでもらえて、良かったです」
わいわいと賑やかなこの光景が、常連さん達が集っていた定食屋に似ていて、なんだか懐かしい。
「私達も、ヴィオラ様にここに来て頂けて、とても嬉しいです。改めまして、これからよろしくお願いしますわ、ヴィオラ様」
柔らかい表情のカレンさんに私も笑みを返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
これから私の生きる場所は、ここなんだ。
そう実感することのできた、お仕事一日目だった――――。




