料理と人間関係って、意外と似てるよね2
「おい! 来たぞ!」
案内してくれたリックと私が厨房に足を踏み入れた瞬間、料理人さん達からざわりとどよめきが起きた。
な、なんだろう。
ひょっとして無視されるパターンもあるかしらと思っていたのだけれど。
リックとふたり何事かと戸惑っていると、料理人さん達がこちらにやって来て整列した。
「「「「「お待ちしておりました! よろしくお願い致します!!」」」」」
まるで洗練された騎士の上官に対する挨拶のように、頭を下げる角度まで揃っている。
よく見れば、筋肉隆々の男性ばかり。
ぽかんと呆気にとられる私達に、料理長さんが一歩前に出た。
ちなみに料理長さんは、推定五十歳代の恰幅の良い強面おじさま。
いかにも頑固そうな雰囲気の、プライドを持って仕事をしてます!という感じの方だ。
昨日私がだし巻き玉子定食を作る時もこちらにお邪魔させてもらったのだが、始終すごい目をして見ていた。
黙って場所を貸して下さったけれど、きっと内心では怒っていたのではないかと思っていたのだが……。
料理長さんは私の前までゆっくりと歩いて来ると、コック帽を取って頭を下げた。
「お待ちしておりました」
その大きな体躯を折り曲げる姿に、リックも私も未だ固まったままだ。
「昨日、あなたの料理を作るところを側で拝見しておりましたが、実に見事でした。短時間で四品作る手際の良さ、片手で玉子を割りそしてあのように焼いた玉子を美しく巻く技術、様々な調味料や具材を組み合わせ未知なる味を作り上げる創造性! 私達は衝撃を受けたのです」
……まるで世紀の大発見をしたかのような大袈裟具合だわ。
「私は……今までの自分に誇りを持って料理長を名乗っていたことが恥ずかしい! あなたの知識と技術に比べたら! 私など赤子のようなものです!」
そ、そんなに泣きながら熱弁しなくても……。
「お願いします! 本日より私の代わりに料理長を名乗って下さい! そしてあなた様の持つ料理のいろはを私共にお教え下さい!」
「「「「お願いします!」」」」
料理長さんに合わせてうしろに並ぶ料理人さん達も再度頭を下げた。
「……とりあえず危惧していたようなことにはならなさそうだぞ? けどヴィオラ、おまえ昨日なにやったんだ?」
「……普通にご飯作っただけですけど……」
料理長さん達の熱すぎる、そして極端すぎる考えに、リックと私はドン引きした。
「あっ、俺訓練に行く時間だ! じゃあなヴィオラ、上手くやれよ! 昼メシ、楽しみにしてるからな!」
「あっ、ひどいですリック! この状況で私だけ置いて行きます!?」
なんとリックは私を置いて逃げてしまった。
「新料理長、本日のメニューはいかがなさいましょうか?」
料理長、いや元料理長?さんの声にそろりと振り返る。
するとたくましい料理人さん達が揃って私を見ていた。
りょ、料理人というより体育会系の部活の集まりじゃないの!?と声に出したくなるのを堪えて、私はこれからよろしくお願いしますととりあえず頭を下げたのだった。
「ええと、それでは今日はから揚げ定食を作ろうと思います」
「「「「「カラアゲテイショク」」」」」
前のめりな料理人の皆さんに、びくりと肩を震わせる。
「こらおまえ達! ヴィオラ先生が怯えているだろう、やめんか!」
そこへ料理長さんが窘めてくれた。
ちなみに、料理長さんは料理長のままでお願いします!と懇願してそのままの地位となっている。
では私の地位はどのように……?と聞かれたので、料理長以外ならなんでも良いですと適当に言ったら、先生呼びされることになってしまった。
そして私は陛下の分を作るので皆さんはいつも通りにお仕事を……と伝えたのに、ぜひご一緒させて下さい!と譲らなかった。
もうなんでも良いか……ともはや諦めの境地となり、今に至っている。
「こほん、それで先生、カラアゲテイショクとはどのようなものでしょうか……?」
「えっと、まず定食とは昨日のようなご飯物に主菜、汁物がついたセットのことです。副菜や香の物がついているとより豪華に見えますね。から揚げ定食はから揚げが主菜のセットのことになります。定食は栄養バランスが優れていることが多く、男性・女性共に好まれるメニューとなっています」
簡単な説明に、ほうほうと皆さんが頷く。
中にはメモを取っている方もいて、厳つい外見なのになんて生真面目なんだろう……と感心してしまった。
「から揚げとはひと口大に切った鶏肉を揚げた料理です。あと、汁物は昨日と同じみそ汁を具を変えてお出ししようかと。副菜は冷奴でさっぱりと。から揚げに添えるのはやはり千切りキャベツとレモンでしょうか」
メニューについて伝えていくと、何人かの料理人さんが顔を顰めた。
「あ、あの……。陛下は野菜嫌いなので、生のキャベツはどうかと……」
言いにくそうにひとりの料理人さんがおずおずと手を上げた。
おお、さすが陛下の好みをちゃんと分かっていらっしゃる。
「ええ、存じております。ですが、揚げ物にこのキャベツは欠かせないんですよ!」
から揚げやトンカツには千切りキャベツ。
なんならキャベツ増し増しを頼む常連さんだって多かった。
「でもたしかに野菜嫌いの方になにもかけずに食べてもらうのはハードルが高いかもしれませんね……。あ、そうだ、マヨネーズを添えましょうか。それか胡麻ドレッシングでも良いかもしれません」
これだけ材料や調味料が豊富なのだから、当然あるでしょうと軽く考えていた私は、馬鹿だった。
「ま、まよ……?」
「胡麻……ドレッシー?」
料理人さん達のこの反応。
「え? ……ま、まさか……!?」
たらりと汗が流れ落ちる。
「申し訳ありません、ヴィオラ先生。我々、そのマヨ……なんとかと、胡麻ドレッシー?とやら、見たことも口にしたこともございません……! くっ!」
ものすごく悔しそうに料理長さんも項垂れた。
そ、そんなに落ち込まなくても……。
「ええと、それなら作ってみましょうか。ちょっと大変ですが、作れないことはありませんし」
そうよね、ないのならば作れば良い。
マヨネーズといえば、順番に材料を入れながらひたすら混ぜて作るもの。
ちょっとばかり力を使うし混ぜる手を止めないようにしないといけないから大変だけれど……。
そこまで考えてはたと思い至る。
目の前にはまるで騎士かと見間違うかのようなたくましい体躯の料理人さん達。
「……いえ、やっぱりそんなに大変じゃないかもしれません」
ボウルから飛び散らないように気を付ければ大丈夫そう。
皆さん剛腕そうだし人数も揃ってるから、交代でやればそんなに難しくないだろう。




