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第2話 今日からヨシダ・ハナコちゃん!

 …………んがッ!?


「ふぇッ! 何? 何々!? 何かあったのかッ!」


 寝ていた俺は、ガバッと起き上がって辺りを見た。

 え、待って待って、何か女の声した気がしたんだけど……? あれ? あれェ~?


 だが、慌てて周りを見ても、そこには特段目立つものは何もない。

 見上げれば、青空に太陽、少々の雲。

 視線を下げれば、短い草花が生い茂る野原と、アクセント程度に生えてる木。


 それ以外となると、遠くに山が見えるくらいだ。

 何だよ、別に何もないじゃないか。驚かせやがって……。


 安心した俺は、二度寝をキメるべく起こした上体をまた横たわらせる。

 注ぐ陽射しは温かく、流れる風が心地よい。

 のどかな風景と、春を感じさせるポカポカ陽気。ああ、これはよく寝れそうだ。


 …………。

 …………。

 …………。


「いや、ここどこォォォォォォォォォォォォ――――ッ!?」


 どこォォォォ――――、

 どこォォ――――、

 どこォ――――、


 春(多分)の草原に響き渡る女の声。……女の声? え、俺の声でなく!?


 クソ、何だこれ!

 ここがどこで、何でここに俺がいるのかとか、今の女の声とか、謎頻出しすぎィ!


 早押しクイズ番組でも問題は一問ずつだろうがよォ!

 クッソ~、何もかもわからん状態で、やはり頼れるのは《《あいつ》》しかいない!


「ナビコ、ナビコ~!」


 俺が叫ぶも、やっぱりそれは女の声で、ちょっと高めの十代っぽい声だ。

 それについては何となく察しがついてきた。依然、理由は不明なままではあるが。


 とにかく、状況の把握に努めるべきだ。

 そう考えていると、目の前に四角いスクリーンが現れて――、


『ハイハ~イ、超次元全環境対応型万能サポートAIのナビコさんですよ~!』


 と、陽気な声と共にスクリーンの向こうに、銀色の挑発をツインテにした赤い瞳の幼女が現れる。これがナビコ。中山博士が造り上げた俺のサポートAIだ。


 ちなみにナビコは体にぴっちり吸い付くような白いボディスーツを着ている。

 もちろんそれはそういうデザインで、そのデザインも中山博士のモノだ。


 博士曰く『幼子とは守るべき日常の象徴。それを補佐役とすることでタロウに正義の味方たる自覚を促す。それがナビコのデザインのコンセプトじゃよ』とのこと。


 しかし、俺は知っている。

 あいつはロリコンだ。ナビコのデザインは完全にあの野郎の趣味だ。


 赤ちゃんプレイ専門店のお得意さんにして、ロリペド人体改造マニアの七十代。

 やはり中山博士は死んで正解だった。ダイジャーク帝国の百倍邪悪だろ、あいつ。


 ――で、そんなロリペドのクソカスが作った超有能AIが俺を見るなり一言。


『タロウさん、何で女の子になってるんですかァ~?』

「やっぱりかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァいッッ!?」


 かァァァァい――――、

 かァァい――――、

 かァい――――、


 草原に、二度目の絶叫が轟き、響いて、消えていく。もちろんそれも、女の声。


『はい、どうぞォ~!』


 ナビコが、スクリーンを自撮り用の画面にしてくれた。

 そこには十代半ば~後半くらいの、大きなおめめがパッチリしてる美少女がいる。


 黒髪は背中まで伸びていて、来ている服は無地のワイシャツ。

 下には素っ気ない黒のズボンをはいて、どっちも見るからにブカブカだ。


 ただ、しっかりと胸の部分は膨らんでいる。

 そして俺はデブではない。こんな可憐な美少女がデブなワケねぇだろ。


 画面の向こうで、俺を見る少女は口をポカンと開けて呆けている。

 そして俺は、そんな少女を、同じく口をポカンと開けて呆けながら見ている。


「…………これ、俺?」


 俺が少女を指さすと、画面が切り替わってナビコ登場。コクコクうなずく。


『ですねぇ~。随分可愛くなっちゃいましたね~、タロウさん!』

「何でだよッ!? 何で女の子になっちゃってんだよ、俺はよォ~!」


 地面をガツガツ蹴りつけつつ、噛み砕ききれない理不尽に怒りを露わにする。


『理由は不明です~』

「ナビコが不明って言っちゃったら、マジでもう原因わからんじゃん!?」


 ナビコは頭がいいんだよ。色んなこと知ってるんだ。

 そのナビコに『わからんです』って言われたら、もうダメだ。ガチ原因不明!


「ってかさァ~、俺死んだんじゃないの!? 日本諸共玉砕したじゃん!」


 あ~、叫ぶ声が高い、声が高いよ~。十代女子の声だよ~。

 ヨシダ・タロウは二十五歳の元サラリーマンだったんですよ~。十代ちゃうわ!


『はい、ですねぇ~。タロウさんは玉砕しました』


 ナビコもそれは認める。

 そうだ、俺は日本を道連れにして、宇宙要塞と共に消滅したはず。


「なのに何でこんなトコにいるんだ? ここどこ? 何県?」


 辺りを見るけど、こんな原っぱ、見覚えなし。

 日本が消滅したなら、大陸か? チャイナか? それともコリアンか?


『現在地はですね~』

「おう」


『異世界です』

「へ?」


『異世界です』

「は?」


『異世界です』

「へぇ~」


『異世界です』

「…………」


 黙り込む俺。

 ニッコリと微笑むナビコ。


『タロウさんがどれだけ現実から逃げても、現実は目の前にありますよ?』

「うるせェェェェェェェェェェェ! ちょっとくらい俺の心に安らぎを与えてくれたって、いいじゃないかよォォォォォォォォォォォ――――ッ!」


 嘆く俺の前で、スクリーンが辺り一帯の地図に切り替わる。

 そこにはしっかりと『現在地:異世界・地名不明』と描かれているのである。


「何で? 何でなの? 俺はどうして今、ここにいるの……?」

『可能性としては、宇宙要塞『ダイジャーク・テラワロッサ』のワープ装置の暴走が一番ありそうかなぁ~って。確率的には0.000000000013%程度で』


 一番ありそうな可能性で、発生確率一兆分の一とか……。

 もしガチャだったら、俺が引き当てたこれはS何個つくRなんだ……?


『基本的な物理法則は地球に準じてるみたいですね~。同一宇宙内の別の銀河にある別の星系のどこかっぽいかな~。さすがに詳細な位置まではわかりませんが』

「まぁ、異世界っつっても働く法則が同じならそうなるか……。空気もあるしな~」


 さっきから普通に呼吸している自分に気づき、俺は腕を組んで「ううむ」と唸る。


『ですです。あ、すごぉ~い、大気組成もほとんど地球と一緒ですね~!』

「ふぅむ、ほとんど、か……」


 人体が呼吸する上で影響がない程度の差異はあるってコトかな?


「で、俺が女体化した理由は?」

『不明でぇ~す!』


 元気よく挙手付きで言われてしまった。じゃあもう、そこは考えるのや~めた。

 わからんことを考えてもわからんモノはわからんのだ。


 だったら、まずわかることから考えていくのがいい。

 で、今わかることは、ここが異世界であること。俺が十代女子になったこと。


「つまり――」

『つまり~~?』


 俺は、両手を天に突き上げて、みたびの絶叫。


「俺は自由だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」


 日本も消滅したし、俺も異世界に来た。全てのしがらみは消えてなくなった。

 さらに加えていえば、女になったことでヨシダ・タロウの頸木も消えた。


 いいかげん、嫌気が差していた。

 吉田太郎は死んだのに、どうしてヨシダ・タロウは戦わされてるんだ。


 だが俺を懊悩させ続けた疑問も不満も、たった今なくなった。

 ヨシダ・タロウは消えた。つまり、ここにいる俺は、ヨシダ・タロウではない。


「俺は今日から、ヨシダ・ハナコだァ~~~~!」

『わぁ、ネーミングセンス~!』


 キャッキャしながらナビコが笑うが、こういうのはわかりやすい方がいい。

 元が太郎なんだから、それに対応するのは花子だろ。と、その程度。


 ま、我ながら安直だとは思うけど。

 でも、グラン・ダイジャークよりはマシ。アレよりは、絶対にマシ。断言できる。


「ククク、十代女子ってのがいいな。世の中、イキッてるヤロウより媚びてるアマの方が何かとチヤホヤされるし、社会的に優位に立ちやすいぜ! 即ち、我強者也!」

『考え方が生々しいくらいに現代社会に適応した悲しき成人男性ですねぇ~!』


 いいんだよ!

 男も女も、結局はチヤホヤされたいのが人間なんだよ!


「ま、チヤホヤっつっても、この異世界に知的生命体がいて文明社会を構築してればの話だけどな。ナビコ、ちょっとその辺も調査しといてくれ」

『ナビコにお任せ~!』


 ナビコに任せておけば、程なくその辺の情報も不足なく集まるだろう。

 超次元全環境対応型万能サポートAIの肩書きは伊達ではない。


 え、どんな理屈でそんなコトができるのかって?

 知らんけど? 知るワケないじゃん? 俺は別に中山博士じゃないんだし?


 ワケわからんけど便利だから普通に使う。

 なんてのは、どこの時代、どこの文明でもあった話だろ。


『あ』

「ん?」


 急に声を出したナビコが西の方を指さす。


『タロウさ――、じゃなかった、ハナコさん! ここから西に1.2kmいったところで三人の『冒険者』が『モンスター』に襲われてるみたいです。どうしましょ?』

「……どうしよっか?」


 取得したばっかの現地用語をいきなり会話の中にちりばめないでくれんか。

 ナビコの話を聞きつつ、俺はそんなことを思った。

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