悪役令嬢のお父様「お前の幸せが一番だ」
さっくり。リハビリ。
エドワード・エイリス。
レンロール王国に存在する4つの公爵家のうちの1つ、青の公爵家当主だ。
人とは思えぬ美しさと王族よりも高い魔力を持つ氷の公爵様と呼ばれる彼には娘がいた。
キャロリーナ。今は亡き妻、リエナの忘れ形見。
妻譲りの美しいハニーブロンドに、己と同じエメラルドグリーンの瞳の、娘。
エドワード自身、家庭環境がよくなかったためか、まともな家庭が築けるとは欠片も思っていなかった。だが、政略結婚でしかなかった妻の……リエナの底抜けな明るさと優しさに触れ、“愛する”ということを知れた。そうして心を通わせることがどれほど幸せなことか知った二人の間に子が生まれた。
それがキャロリーナだった。
キャロリーナが3歳になるころ、リエナは流行り病に倒れ、そのまま回復することなく逝ってしまった。失意の中、ただ失ってしまった最愛を思い泣いているエドワードを救ったのはリエナが産んだ娘、キャロリーナだった。“妻”を失った自分と“母”を失った娘。
その後のエドワードがリエナに代わり、娘の幸せを見守ろうと尽力するのは当然のことだった。
娘の幸せを願い、王家の歳の近い王子と婚約を結んだが、最初こそ喜んでいた王子も、次第に娘の優秀さに嫉妬したのか扱いがひどくなっていく。
キャロリーナが14歳を迎えるころ、堪忍袋の緒が切れそうになり婚約解消を申し出ようとしたが、ほかでもないキャロリーナ本人に止められた。
理由を聞けば「時が来るのを待っている」と。
そしてキャロリーナが18歳になり、王城で開催された卒業する学生を祝う王家主催の記念パーティーでついにあの王子がやらかした。
―――「キャロリーナ・エイリス!お前との婚約を破棄する!」
会場に一人でいるであろうキャロリーナを案じていると、聞こえてきた王子の宣言。
苦々しく思いながら足早にその現場に向かうと。
センスのかけらもなく派手なだけのドレスを着た女を侍らせた王子がキャロリーナを詰っているところが見えた。
「お前は嫉妬のあまり、我が愛しのアニーに嫌がらせをし、あまつさえ階段から突き落とそうとしたな!その横暴で粗野なふるまい、国母になるに値せぬ!よってお前はこの国から―――」
「殿下」
「なんだ!邪魔を……」
呼ばれた王子が振り返ると、その先にいた人物を見て体を固まらせた。
「……エイリス公爵っ」
「愉快なことを仰っていたようだが、青の公爵家の後継であるキャロリーナに何か?」
「キャロリーナがアニーに嫌がらせをしていたのだ!」
「アニー?ああ、その如何にも頭が空っぽそうな隣の女ですか」
「なっ、失礼だぞ!エイリス公爵!」
失礼はどっちだ。このような衆目の中で愛しい娘を辱めようとした王子に殺意が募る。
これまでの扱いは娘が言うから黙ってはいたが……。
「はて、失礼なのはどちらでしょうね?青の公爵家後継を貶めておいて」
「だが!」
「先ほど殿下が仰っていた嫌がらせの件ですが、何故娘だとお思いに?」
「それは、アニーがキャロリーナにやられた、と」
「ほぉ。面白い。たかだか男爵家の養女ごときの証言だけで殿下はこのような行為を行ったと?」
「何よりの証拠だろう!やられた本人が犯人はキャロリーナだと言っているのだから!」
「……―――だ、そうですよ。陛下」
振り返り、魔道具を使って姿を消していたこの国の王、愚かな王子の父親へそう声をかける。
「残念だ」
陛下は一言そう零すと、侍従と近衛に目配せをする。
意を察した周囲は、王子とアニーとやらを取り囲み、身柄を拘束した。
「何故ですか父上!!」
「何故、だと?お前を王子という地位に置き続けたのは余の間違いであった。幼少期からお前は王の器ではないと思い、けれど既に亡き王妃の唯一の子故に足りぬ部分は妃や臣下で補えるように、と環境を整えたのが間違いだった!」
王子はどこかショックを受けたように目を瞠った。
「王族であることに胡坐をかき、義務と権利の違いも判らぬ木偶に成り下がり……中身のない女に入れあげ、あまつさえ余が公爵に頭を下げて頼み込んだ婚約を反故にする始末!!王が定めた婚約を破棄できるほどお前は偉くなったのか?えぇ?しかもよく調べもせず、片方の証言しか聞かずによくもこんな事態を引き起こしたものだ。たかが男爵令嬢の証言が証拠だと?寝言は寝て言え!お前にも、婚約者だったキャロリーナ嬢にも、余が手配した護衛と隠密がいることを忘れたとは言うまいな?」
「お、隠密?そんな、」
「学園に入る前に言ったはずだ。羽休みなどではない、学園での生活はお前が今後王族として―――国王としての素質を見る期間だ、と」
思い当たる節があったのか、王子の顔は青ざめていく。
俯いたままの愛しい娘に寄り添い、事の顛末を見守っていると。
「キャロリーナ!私が悪かった!婚約破棄は撤回する!だから―――」
この屑野郎……!と怒りに染まりかけた瞬間。
娘の小さな手がそっと自身の手を包んだ。
「お父様、もう構いませんわ」
微笑みながらそう言った娘に、以前の会話を思い出す。
『時が来るのを待っている』
「……今なのか?」
「えぇ」
小さな声で問えば、肯首する。
「―――いいだろう、お前の好きにしなさい」
「ありがとうございます、お父様」
ゆっくりと拘束された王子に近づき、あと三歩といったところで立ち止まる娘。
王子のそばにはあの頭と尻も軽そうな女がキャロリーナをにらみつけていた。
「殿下、このようなことになってしまって残念ですわ」
「だろう!?キャロリーナもそう思うならこのまま婚約をっ」
「ですが、私ももうこりごりなのですよ」
幼少期に婚約者と定められてから、自由に使える時間もなく。周囲には完ぺきな令嬢になれと言われ、死にそうになりながら努力をして礼儀作法、知識を身につけたにも関わらず、殿下よりも優れた面を見せれば可愛げがない、知識をひけらかす傲慢な女だの、女が口を出すなと陰口をたたかれ、おとなしくしていれば殿下の仕事を手伝いもしない冷たい女だと言われ。
婚約者からはドレスの一着、装飾品の一つ、手紙や簡単なカード一枚ももらえず、パートナー同伴が必須の夜会も入場だけしたらあとはどの男にも股を開く女のところへまっしぐら。
ご存知でしたか?そちらのアニー様、とおっしゃいましたっけ?
私、彼女とは初対面なんです。そのうちこうなるだろうと思って、敢えて何もせず、何も言わず、殿下と彼女の好きにさせておいたんです。
入学の時に護衛として、そして監視として王家から影がつくのは知っておりましたから私が何もしていない、彼女とは会ったこともないということは影の方々が証明してくれますわ。殿下と違い、王家の魔道具によって記録された映像を使って。
陛下が仰っていたように、殿下の素質を見る期間というのもございましたが……。
同時に私が王妃足り得るかを見る期間でもあったんですよ。
殿下のような方と添い遂げるのは死んでも嫌だったのでこの瞬間を待っておりましたの。
だって、王妃になるための教育も受けられて、愚かな殿下の有責で婚約破棄、そして賠償金もいただけて、その上、お父様が婚約を結ぶ際に条件として書面に記載してくださったおかげで、私はこの国に縛られることなく本当に愛した方と生涯を共にできることになりましたの。ですから殿下、私はこの婚約破棄に感謝しているのですよ。
「殿下と彼女がいてくれたお陰で――自由になれたのですもの」
可憐な笑顔で娘は一気に捲し立てた。
あぁ、そんなところも今は亡き妻リエナにそっくりで、不意に懐かしさが込み上げた。
「あぁ、スッキリした。王妃なんて面倒でやりたくもなかったけど、こちらからじゃ一度承諾した婚約に異を唱えたら契約を反故にしてしまうし、何より私もお父様も悪くないのに悪者にされるのってものすごく不愉快だったのよね」
淑女の仮面を捨て去ったキャロリーナはこれまでのお淑やかな笑みとは打って変わって快活な笑顔で髪をほどいた。……王子と男爵令嬢は近衛に連れられ、どこかへ姿を消したようだ。
「キャロリーナ」
「お父様、今まで心配かけてしまってごめんなさい」
「構わない。すまなかったな、私の短慮でこんなバk……クz……殿下と婚約することになってしまって。お前の幸せが一番だ、リエナもあちらで喜んでいるだろう」
「まだ赤ん坊にも等しい頃に将来どんな風に育つかなんて誰にも分かりませんわ。それに幼子は環境に毒されるもの。私もお父様の元でなかったらどうなっていたことか」
遠まわしではあるが、王へ殿下がこうなってしまった原因を聞かせておく。
公爵家の情報部によれば、殿下の教育係と側妃の侍女辺りが絡んでいそうだったからだ。
「陛下、申し訳ございませんが、我々は御前失礼いたします」
「……うむ。公爵、キャロリーナ嬢、此度の愚息の愚行、申し訳なかった」
「いえ、これで娘をどこぞの馬の骨にやらずに済みますので。それでは」
言葉少なにその場を後にする公爵とその愛娘を見遣り、国王はため息を吐いた。
これもすべて、幼少期から度々公爵から苦情と共に報告が上がっていたにも関わらず、子供がすることだから、と放置した己のせいである。
あそこで矯正しておけば……と後悔せずにはいられない国王であった。
「お父様、よろしいのですか?」
言外に陛下をぞんざいに扱うようなことをして、と言われ、鼻で笑った。
「構うものか。昔から散々王子の態度を報告していたにも関わらず注意するでもなく、照れ隠しだなんだのとのらりくらりと。だが、これで心置きなくこの国から距離を置ける。……キャロリーナ、お前も彼のところへ行くのか」
「えぇ、待ってくれておりますから」
「残念だ。あんなクズに嫁がせずに済むと思った矢先に」
「まぁ、お父様ったら。婿養子の予定ですのに」
「仕方ないだろう。父親というものはいつまでも娘をそばに置きたがる生き物だ」
鈴を転がすように笑うキャロリーナ。そのハニーブロンドをそっと撫でながら、拗ねたように口にする。
「まぁ、いい。キャロリーナ。お前の幸せが一番なのだから」
愛情をこめてそっとキスを贈る。
どこかで愛しの妻が「よくやった!」と親指を立てているような気がした。
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