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祈りとサンドイッチ

作者: 最終兵器

 結局、僕はいつもタイミングが悪い。

 例を挙げるなら、新しい服を着た日に車が泥をはねた時。

 落としたら大変なことになる講義を寝過ごした時。

 年に一度しか会えない人と会う日にお腹が痛くなった時。

 友人が悲しんでいる時にそうとは知らず下品な話題をもちかけた時。


 悠長に近所で買ってきた安いサンドイッチを一切れ、駅のゴミ箱の中にそっと捨てた。一口だけ齧られたもう一切れは僕の手の中にある。


 永遠に会えないかもしれない、数少ない友人の最後の見送り。

 僕はまたしてもタイミング悪く立ち会えなかった。原因は簡単。彼からの連絡を見るのをすっかり忘れていた。ただそれだけ。連絡が来ていたことに気づいたのは電車が発車してすぐだった。

 彼が乗っているであろう電車はもう見えないし音も聞こえない。最後の証拠である踏切の音すらもつい先程途絶えたようで、彼が残した軌跡の欠片のひとつも僕は知らないまま終えてしまった。


 彼が僕のことを綺麗さっぱり忘れていることを望もう。

 覚えていたとしても、ああ、あんな馬鹿な男に見送られなくて俺は幸せ者だ、さっさと出発して正解だったぜ、と清々しく新しい生活を始めて欲しい。彼が僕の最後の見送りを求めていたとして、それが叶わなくて、結果悲しんでいるだろうなんて、そんな驕り高ぶった愚かな想像は、僕の罪の意識をさらに高めるだけだ。もうやめた方がいい。


 一口だけ食べたサンドイッチに挟まれたトマトの味が口の中に残っていて、どうしようもなく罪悪感を感じた。スライスされた可哀想なトマトが、どうしてお前の腹の中に。私は別の人間の腹に入るはずだったのに。なんてタイミング悪く私を買ってくれたんだ。と憤っているんじゃないかと馬鹿なことを延々と考えた。それはパンくず、キャベツ、薄ぺらいハムと順番に同じような考えを巡り、豚が肉切り包丁を持って私を殺す妄想をした所で全部諦めた。僕は底から馬鹿な人間だ。


 地平線の、そのまた先の地平線にあるような遠い遠い街へ、彼は電車に乗っていってしまった。

 それはとても、とても悲しいことだ。


 彼のいたであろう駅のホームに目をやると、そこにはいつもと何の変化のないおかしな群衆がひしめいて、ぶつかって、各々の目的地へ足早に進んでいた。


 都会の雰囲気はどうにも僕に合わない。

 人と人に揉みくちゃにされて、誰かが誰かを殴ったり蹴ったり。それを知ってか知らずか、周囲の者は笑い、指を指し、あるいは電子機器に頭を垂れている。


 まるで世界には自分と神しかいないかのように一心不乱に光る画面へ祈るその群衆は、明らかな不自然さと狂気を纏っている。電波で満たされたコンクリートジャングルの中で生きるという、人間らしい人間とは呼べないものたち。


 そんな宗教じみた空間の中にも、僕は信じてしまう部分がある。他でもない友人との繋がりである。

 この電波が数少ない友人の元に届くのであれば、もちろん私は狂ったように祈りを捧げよう。


 ただし、祈りとは届かないものである。

 神など信じても報われずいつかは息を引き取ることが約束されているのに、僕達はこれが救済の手段であると信じてやまないのである。


 僕はゴミ箱の前でずっと立ち止まったまま、大きなため息をついた。ひとつ祈ろう。大馬鹿者にできることといったらこれくらいなものだ。彼に届くか分からないし、無視される前提だ。


 長々と謝罪の言葉を連ね、普段使いもしない難しい敬語を織り交ぜ、重ね重ね詫びた挙句この金で許してくれなどと書いてしまったので少し文字を消した。消した先にも下らない謝罪が延々と書かれているので、分かりやすいように少し消した。それでもあくびの出るような前置きが続くので、少し消した。気づいたら、祈りを入力する欄には何も書かれていなかった。


 行けなくてごめん。また会おう。


 三秒で入力したこの文章が一番マシなような気がした。

 目を瞑って送信ボタンに親指をかざし、渾身の祈りを込めようとした。もう片方の手はサンドイッチを捨てようと、もうゴミ箱の上に用意されていた。

 しかし、突如震えたそれの画面には彼からの「メール」が届いた。

 僕は送信ボタンを押す寸前で踏みとどまれた。

 心でも読まれたかと思って、内心ドキドキしながらメールを開いた。それを見て、崩れ落ちるような思いだった。


 ごめんごめん、さっきの電車乗り遅れた。

 次の電車に乗ることにしたんだけど、まだいる?


 全く、僕はいつもタイミングが悪い。

 時計を確認した後、彼のいるホームに向かって僕は歩き出した。


 サンドイッチを半分、大口で頬張った。

 ハムが意外と大きく、大変美味だった。

 彼にもう半分を食わせてやろう。

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