第二話 う○こなう
今回は1話に比べて少しばかり長めになりました!
目が覚める。
体が重い。何かが載っている感触がする。
冷たく硬い地面に仰向けになったまま周囲を見渡す。
そこは飛行機が墜落した海の上や病院のベッドなどではなく、どこかの歴史的な建造物の中のようだった。
ステンドグラスに彩られた天井から色とりどりの光が差し込み、広大な室内の石柱や彫刻を照らし出している。雰囲気は西洋の教会風だが、石柱や彫刻に施された意匠は、美術史に関してそこまで明るくない一華から見ても特異なものだった。
視線を落とすと、先程まで空の旅を共にしていた面々が地面に転がっていた。
牛田や山田や市原などのクラスメイトだけでなく、その他の観光客や会社員、さらには乗務員と思しき者の姿もあった。
見える範囲でも人員の3,4割程度は目覚めつつあるようで、誰にも特に目立った外傷は認められない。
「んん…うぅ…」
ふと、自分の胸元から呻き声が聞こえ、一華は墜落直前の自分が何をしていたか即座に思い出した。体を起こし彼女を降ろそうとしたが、少し遅かった。
「うわぁっ‼︎」
「ぶッッふ」
衝撃から守ろうと抱き締めていた少女による重めの掌底が、体を起こしかけていた一華のみぞおちへ叩き込まれる。咄嗟の一撃で、寝転んだままの体勢、顎やこめかみなどの頭部への打撃でもなかったがやはり彼女はプロ。その威力で体が少し浮いて後ろへ数十cm飛ぶ。
肋骨が変形する衝撃に口から空気が、目からは涙が出てくる。
「あっ…ごめんなさい大丈夫?守ろうとしてくれたのに反射的につい…」
紫苑は気遣うがこれでは気休めにもならない。
「いや…ゲホッゲホッ…構わないよ…うぇ」
えずきながらも呼吸と思考を整える。この滅茶苦茶な鈍痛と苦しみからして今見ているのは夢ではないだろう。そもそも基本的に、夢の中では「これが夢なのかどうか」という思考にすら至らないか。
そんな事を考えながら立ち上がっていると、老人の声がした。
「よくぞお越しくださいました勇者の皆様。まずは皆様がここまでお越しくださったことに、感謝の意を表します。あなた方をお呼びしたのは私達でございます。」
声の方を見ると、神官なのか神父なのか、聖職者らしい白い装いに身を包んだ老人がおり、さらに見回せば一華達の周囲に十人弱、似たような装いに身を包んだ者が等間隔に配置されている。
だが、彼らの衣装や人数などは一華達にとっては些末なことだった。
ツッコミどころ満載の言葉に対し、当然の疑問がざわめきとして広がる。勇者とはどういうことか?呼んだとは何か?そもそもここはどこなのか?
それらを代弁するように、乗務員の一人が声を上げた。
「ちょっと待ってください。訳分からない事ばっかりなんですが。ここはどこなんですか?呼んだって貴方達がですか?勇者って…」
「心中お察し致します。まず、足元をご覧になってください。これは古の秘術である魔術のうちのひとつ、『召喚の魔術』を行使するための魔術陣でございます。我々で起動し、異世界よりあなた方を召喚したのです。従ってここは、元々あなた方が住んでいた世界とは異なる世界でございます。」
先ほどまで転がっていた床を見ると、確かに床に刻み込むように大きな図形と見たこともない文字を組み合わせた魔法陣のような文様が描かれている。
いきなり魔術や異世界などと言われても信じ難いが、この状況はそのような超常の力でもなければ説明がつかないだろう。
「我々の世界は悪辣なる絶望の象徴、魔王タージェスの率いる魔王軍によって半分を支配されており、その奪還と魔王軍の討伐をしていただく勇者として、皆様には動いていただきたいのです。」
その主張に、市原が異議を唱えた。
「は?勇者だか何だか知らねえがなんで俺らがお前らの言うとおりにする義理があんだ?そもそも帰れんのか?」
「そちらの世界に大きな影響を与えないよう、我々の召喚魔術は大きな事故や事件に巻き込まれた方を対象にしております。恐れながら皆様はそのような事故や事件に巻き込まれているはず。ならばこの世界で我々によって新たな生を受けたものとして働いていただく義理はあるのではないでしょうか。」
「けどメリットはーー」
「それに加え、無事に魔王討伐を達成されたあかつきには、魔王城にある魔術陣を利用することで皆様の元の世界へと帰還することが可能でございます。帰還の魔術など召喚魔術の類は召喚時に対象を魔術で防護しますから、重大事故であっても怪我程度で済むはずです。無論、こちらの世界で亡くなられた場合は生きて帰ることは不可能ですが…」
「…」
あの事故で死ぬはずだったのが魔王討伐と引き換えにあちらの世界でも生き残れるということは交換条件として筋が通っているだろう。
今の言葉で機長含めた乗務員達もやる気になっているように見える。乗客をこの状況に巻き込んだことに責任を感じているためだろう。
だが、忘れてはならないことがまだある。代弁するように紫苑が言う。
「でも魔王の討伐って言われても、私達にはそんな相手と戦う力なんてありませんよ…」
「それはご安心ください。こちらの世界へ来ていただく際に、異能の力『スキル』に目覚めておられるはずです。念じれば皆様で互いにどのようなスキルか確認できるはずですので、ご確認ください」
『スキル』ーー魔術に続いてまた新たな用語が出てきたが、この場の人間はあまり疑っていなかった。神官の言葉の通りに皆確認を試みる。すると、ゲームのステータス画面のようなパネルが空間に投影されるように表示された。そこにはそれぞれの『スキル』とやらの名前と、派生図のようなものが表示されていた。どうやら、対面している相手のものも確認できるようだ。
スキルの内容についての説明はパネルに表示されたスキル名を指でタッチすれば確認できるようで、実行してみている者がいる。
なんと都合の良い機能であろうか。
ある者はそれに興奮し、ある者はピンとこないといった様子である。
ことここにおいて一華は、自分のスキルを確認するのを躊躇っていた。〝ここでも″己の実力を思い知らされるのかと、後ろ髪を引かれる思いである。
と、一華の近くにいた集団から、声が上がる
「うわなにマジこのスキルw受けるんですけどw」
発言者は阿保の山田であり、相手は―― 一華の隣、十六夜紫苑である。
「なんだ…『最期の晩餐』?説明は…作る飯がマズくなるとか戦力にもならねーしマジ無価値だろ。」
「え?なら俺ら余裕で勝てるじゃんwマジでラッキーじゃねwいっちーの『黒龍』なら瞬殺っしょ」
「ぶッ…うっうるせぇ!つかもしそれで跡が残ったりしちまうとあっちに帰った時に面倒なことになるだろ。追い出すくらいにしとくべきじゃねーか?」
「え、そんな!」
やはり聞いていて不快感しかない連中だ。紫苑本人も不満と不安をあらわにする。
先ほどの機内でのやり取り含め、これまで彼女に対して不満感を抱いていた彼らからすればこの状況は喜ばしいものだろう。彼ら以外のクラスメイトは彼らに反抗できないでいるので、このまま委員長の紫苑を追い出せば、彼らに逆らうものはいなくなるわけだ。
だが、一華はそれに黙っていることはできなかった。今度こそは、と自分のスキルも確認する前に彼らへ精一杯反論する。
「ちょっと待てよ…!お前たちは…そんなこと言ってて恥ずかしいとも思わないのか…!?力を手に入れた途端いい気になって…!!」
「え?は?何お前」
「えーと…ぎゃはは!いっちー、こいつのスキルもマジでおもしれーww『う〇こなう』だってよww」
(う〇こなう?なんだそれは。どうせ山田のことだから、『Unknown』が読めなかったんじゃないのか?)
信じがたいスキル名について一華は推測を立てる。
だが市原もそれをほとんど疑わずに山田に同調する。
「う〇こ野郎に用はねぇだろ!!二人まとめて戦力にならねぇんだから出てけよ!」
分かってはいたが、なかなか難しい状況。助けを求めるように神官のほうを見る。
「勇者様間の問題は、私共では介入しかねます…」
芳しくない答えである。自分以外に共に反論してくれる者もいない。
「つーわけだから、出てけよお前ら。それとも、俺らと戦うか?」
「そ、それはおやめください」
不干渉でいた神官もここで戦闘になることは避けてほしいようだ。他の人も巻き込むことになるので当然の反応ではあるだろう。
反論しても何も変わらない。一華にとっては業腹だが、結局は出て行く人間が一人増えただけということだ。
「し、白花君…あなたまで追い出されることないじゃない」
「…さっきみたいに迷ってるのよりはマシだよ」
「申し訳ございませんが…魔王が討伐された時にはお呼びしますので、この場は…」
神官もこの場を収めるのに必死だ。
この場を収めるならば、追放を受け入れるしかないだろう。
ならばせめて、捨て台詞だ。
「ちなみに君のスキル名も相当なダサさだぞ、市原!!」
「このッ…あいつぶっ○してやる!!」
「おやめください!!」
荒ぶる市原の「黒龍」が、覚醒寸前であった。
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かくして、二人は教会のような施設を出ることと相成った。一応出る際に教会の人間から当分の宿泊代や食費として、ある程度の金銭支援を受け取ることができた。やはり硬貨も、金貨や銀貨や銅貨など、歴史の本などでしか見ないようなものである。
教会を出ると西洋風の街並みが広がっており、赤や白のレンガなどで築き上げられている。タイルやレンガ等で敷き詰められた道には、馬車が走ったりなどもしているし、道行く人々の格好が一華達とは全く異なり、布や皮で出来た質素な服であることは、元の地球とは異なる異世界へ来たことを改めて実感させる。
「でも見かけによらずあなたって意外と度胸あるのね」
「見かけによらず、か…」
一華は初対面の相手にはまず女と間違われる。仮に女装でもすれば、見分ける方法などもはや男性器の有無を確認する他ない。なので見かけに言及されるのも無理はないだろう。
「でも本当によかったの?」
「まぁ、機内じゃ何を言おうか迷ってて先越されちゃったわけだし、ちょっとは変わろうと思ったんだ。あの場で反論せずに後悔してるよりはマシだったと思うよ。」
「そっか…」
一華のその言葉に嘘偽りは無い。
「あ、そういえば白花君のスキルがなんなのか見てなかったわね。私のスキルは…さっきも言ってたとおり…『最期の晩餐』、たいそうな名前だけど、作る料理が度を越した不味さになるなんてふざけたスキルだわ」
そう言われて、自分の目でスキルを確認していないことを思い出した。
頭の中で念じてパネルを出し、確認してみる。そこにはこのような文言があった。
『|The Unkonow」
悪かった山田、お前は間違ってない。
一華は心の中でそのように謝罪した。
う○こなうで貫き通したかったんですが…○を使うとルビ機能がうまく働かなくなるようで苦渋の決断です…
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