第8話:閑話 健郎と明日香
昼休み、弁当を食べたら将尚はふらりといなくなった。
健郎と明日香のカップルはあまり気にしていなかった。
元々、将尚はそういうところがあった。中二病と言うか、時々一人になりたがる感じが。あまり口数が多い方ではないし、たくさんの友達に囲まれるという感じでもない。
いつからだろうか。二人は、それが加速したと感じていた。高校1年の頃だろうか。それだと藤倉花音と別れた頃……とも少し違う、そう考えていた。
「健郎、将尚くんのことどう思う?」
明日香が食後のデザートと称してチョコレートスナックを机の上に広げ始めた。今日はポッキーの気分らしい。何が楽しいのか、机の上にティッシュを引いてポッキーを1本1本並べていく。
目の前にあるからという理由で健郎が1本取ろうと手を出したら、明日香に手の甲を叩かれた。
「なんかあいつ最近益々他人を寄せ付けなくなったな」
健郎はお菓子をあまり食べないので、目の前に広げられても明日香のお菓子を奪ってまで食べることはない。
「そう!でも、話しかけたらちゃんと返すの。普通、何かに怒ってたり、不満があったら常に怒ってるじゃない?話しかけても返事しないとか」
「そうだな」
「将尚くんって常に平常心……っていうかテンションが低い」
「だな」
少し興奮気味に、健郎の方を見てポッキーを一本構える。
「でも、話しかけたら、受け答えはするじゃない?」
「うん。ただ、それ以上話題を広げないな」
健郎は目の前のポッキーから目が離せない。明日香が話に集中しているのにまるで気が入っていないようだった。
「そうなの。そして自分からも話題を提供しない」
「誰とも本当の意味では関わらない最高の、いや、最悪の方法よね」
「確かにな」
「むっとしていた方がみんなが構うよね」
「そうだな。最も構われない方法が『最低限の受け答え』ってことか……」
健郎と明日香は改めて考えていた。将尚の抱えた問題について。彼はクラスに於いて孤立しているのだ。しかも、謂れの無い罪のために。少なくとも健郎と明日香はそう思っていた。
武田将尚が藤倉花音を振った。ひどい振り方をしたというのがクラスの連中の信じていることだ。クラスの噂になっているけれど、藤倉花音は何も言わない。無言は肯定という事で、それが真実となっている。
「将尚がそんなことするかぁ?」
「だよねぇ」
そもそも、将尚が藤倉花音の悪口を言っているところを見たことがない。二人が本当に付き合っているのか疑問に思うくらいタンパクではあったけど、怒ったり、悪口を言ったり、況してや、暴力を振るったところなど見たことがない。
厭味なところも無い。あれだけの美少女でクールビューティーを振るか?二人は、将尚に聞きたいと常々思っていたけれど、教室では話しにくい話題だ。
放課後はそれぞれ部活があり、将尚は帰宅部なのですぐに帰ってしまう。話すタイミングに恵まれずここまで来てしまった。
そして、別れたことになっているあの二人は時折話をしている。二人ともあまり表情に出さないので分かりにくいけれど、お互いのことを下の名前で呼び合っている。
あの二人が他に下の名前で呼んでいる人を知らない(自分たちを除く)。あの二人だけに分かる世界がきっとあるのだろう。
二人はなんとなくそんなことを考えて、まだ事実確認すらできていないのだった。