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第32話:俺の家庭の事情

 旅行2日目は、町中を観光して回った。温泉地には「地獄」と呼ばれる自然湧出の源泉があった。

 一定時間ごとに温泉が吹き上がる間欠泉(かんけつせん)の「龍巻地獄」とか、粘土質の水面にボコボコと大きな泡が次々発生しては破裂する「坊主地獄」、真っ赤な温泉「血の池地獄」などがあった。



「『地獄』面白いね」


「ついに、カツくんと地獄に落ちたよ」



 恭子さんが楽しそうに笑っている。



「俺は恭子さんがいたら地獄でもいいけど?」


「もうね、そうやってアラサーのお姉さんにストレートなやつをぶつけてくるのは反則だから!」



 自虐的にアラサーとか言ってるけど、まだまだ20代だし。子供っぽい同級生よりもエロいし、綺麗だし、俺は年上好きなのかもしれない。



「あ、ねえ、『温泉たまご』だって」



 温泉の中にたまごを沈めてゆで卵にしたその名も『温泉たまご』。普通の温泉たまごって白身が柔らかいけど、ここのは普通のゆで卵の固さだった。

 ただ、硫黄のにおいがすごい!こんな風な地元ならではの物はなんとなく面白くて良い。言ってみれば、ただのゆで卵なのに、良い物のように感じてしまう。



「こっちは、『地獄蒸しプリン』だって!」



 こっちは、温泉の蒸気で蒸したプリンらしい。名前が……おみやげには良さそうだ。恭子さんと食べてみたけど、甘すぎないし、普通に美味しいプリンだった。



「カツくん!これおみやげに買って帰ろうか」


「ん?うん、そうだね」



 誰へのおみやげだろうか。自分たちのかな、とあまり深くは考えなかった。



「『地獄蒸しプリン・ストラップ』発見!」



 もう、みやげ物屋!どんだけ「地獄蒸しプリン」を推してんだよ!?



「ほらほら、見てみて♪お姉さんこれスマホに付けよう~。カツくんは?ペアにする?」



 そう言われたら急に価値が上がる。ペアにしたい。でも、今時、鈴が付いているストラップって……昭和か!色々ツッコめて面白いと言えば、面白い。



 ■



 昼過ぎまで「地獄めぐり」をして、地元で有名だという「地獄蒸し料理」を食べた。これはせいろに野菜や魚介、牛肉などを入れて、温泉の蒸気で蒸した料理らしい。

 温泉のにおいがして美味しく感じる。雰囲気だとは分かっていても、目の前に恭子さんがいて、料理がおいしくて、それだけあれば最高に楽しいに決まっている。


 その後は、またドライブしながら、寄り道しながら帰った。今日も天気が良くて、見晴らしもいい。外は暑いのだけど、少し窓を開けて風を楽しみたい気分だ。



「カツくん、以前少し聞いたけど、お家でなにがあったの?」


「……」



 帰りの途中、車中で恭子さんがふいに聞いた。

 多分、これがこのドライブの本題だろう。俺の家庭事情について聞いてきた。



「話しにくい内容?」


「そういう訳じゃないけど、恥ずかしい話…なんだ」



 別に恭子さんに隠す必要はないので、俺は全部話そうと思った。むしろ、恭子さんに話せない内容の話はない。色々な問題の根本ともいえる「家族仲問題」の原因を。


 それは、高校に入った後のことだった。俺は、珍しく夜中にトイレに起きた。変な時間に寝落ちしたことが原因だろう。

 夜も遅いので寝ている家族を起こさないように、俺は音をさせずに廊下を歩いた。リビングのドアは少し開いていた。


 以前猫を飼っていたのでその時の名残でうちの家族はリビングのドアを少しだけ開けておくのが常だった。


 夜遅くに父親と母親が晩酌していたのかもしれない。その時に聞こえてしまったのだ。


 俺が父親の本当の子供ではないという事を。



 何度も聞き違いだと思った。聞き違いだと思おうと思った。しかし、リビングから聞こえる話の内容から、間違いないと感じた。


 俺はそれまで当然あの家の子供だと思っていたし、琴音の兄だと思っていた。盆、正月には両親それぞれの実家にも行っていた。祖父母にも普通に可愛がられていたと思っていた。それが実は違っていたのだ。


 では、俺は誰の子供なんだ!?会話の中で「今頃なにしてるんだろうな」と父親が言っていた。要するに、父親と俺の本当の父親は面識がある可能性が高い。


 この会話の内容から母親も本当の親でない可能性が出てきた。俺の父親が別にいるのだから、別の男性の子供を父親と共に育てるというのはおかしな話だ。再婚の可能性はあるけれど、それなら隠す必要はないはず。何かがおかしい。


 自分の出自(しゅつじ)が分からなくなると、俺は自分自身を維持できなくなった。何かを隠し続けて何食わぬ顔で生活する両親が信用できなくなり、人間誰でもそうなのかと全てが信じられなくなった。

 それと同時に、何も手につかなくなり勉強の方も成績を落としていった。


 家族とも友達ともあまり話せなくなった。完全に無口になると、逆に構われるので、話しかけられた時だけ、最低限答える癖がついた。

 こうすることで会話にはトラブルが起きない。トラブルが起きないので、そのまま時間は流れていく。関わりなく、何も変わらないままに。


 言ってみればただそれだけ。俺が両親の子供でない事実は変わらない。出自が分からない自分を恥じているだけで、誰が悪い訳ではない。

 俺は迷惑をかけないように高校卒業と共に家を出て一人で暮らそうと思っていただけだ。


 こんな問題は、恭子さんでも花音でもどうしようもないのだ。タイムスリップでもして、俺が両親に引き取られる前に本当の両親の何かしらのトラブルを解決するしかない。


 そんなファンタジーは現実世界では絶対に起き得ない。突然足元に魔法陣が光り輝いたりしないし、目が覚めたら30年前だったとかはあり得ないのだ。


 俺は一通り、俺の恥ずかしい話をした。そんな出自が分からない男がカレシで恭子さんには申し訳ない気もした。



「なるほどねぇ。そんなことがあったんだ」



 恭子さんはハンドルを握ったまま、視線も前を向いたままだった。恥ずかしい自分を見られるのは嫌だったので、恭子さんの気遣いだったのかもしれない。すぐ横にいてくれるし、車は密室だし、顔を合わせて話さなくてもおかしくない場所。


 たしかに、ドライブは……車の中は最適だった。

 しかも、身体を合わせた恭子さんになら俺も話せる。お互い恥ずかしいところなら既に見せあった仲だ。


 恭子さんの一言は「受け止め」ではあったけど、「同情」ではない。そのちょうどいい距離感も俺には救いだった。

 彼女に同情されてしまったら、出自を変えられない俺は彼女と対等に付き合っていくことは出来なくなってしまう。



「実は、カツくんの問題の解決はそんなに難しくないと思ってるよ?」



 俺にとっては信じられない言葉だった。



「今のお父様とお母様のこと好き?嫌い?」



 そんな答えが出せるのならば、こんなに(こじ)らせていない。デジタルのように0か1では答えられない問題も人間にはある。



「ちょっと意地悪だったかな?カツくん自身の悩みは、ご両親は好きだけど、信用できないところがある。尊敬できるところもあるけど、それをどこか認められない…ってとこじゃないかな?」



 恭子さんも花音のように俺の心を読む人か!?ただ、俺が言葉にできない、答えを出せないようなモヤモヤしたものを整理した言葉にも思えた。

 俺の心では白と黒の絵の具がある場所で混ざり合い、灰色の部分や黒が強い部分など複雑な混ざり方をして、あるところでは全然混ざっていない黒や白が存在して、一様でない複雑な色を成していた。


 恭子さんの言葉は、その色の部位ごとに名前を付けてその色の存在を許すような、存在を認めるような、そんな言葉だった。

 俺の気持ちを何一つ変えずに、認めてくれたみたいな。俺にはできない作業だったと言える。

 なにせ、俺はこの複雑な色を白か黒か、はたまたグレーか、1色にしようとしていた様なものなのだから。



「お姉さんとしては、カツくんをお宅に返すか、返さないかだと思うの」


「……」



 俺はもしかしたら、家に返されてしまうかもしれないという漠然として不安が心に浮かんだ。



「カツくんはまだ高校生だし、一旦お宅に戻るのが現実的かなと思っていて、悪いお姉さんとしては、何とか今の生活を維持できないかな、と思っているってわけ」


「俺もそっちの方がいいな!」



 前を見ながら運転したまま、恭子さんが口元だけで笑顔を作った。



「夏休み中に、一度カツくんのお宅に行って、ちゃんとご挨拶して、お話を伺わないとと思っているのよ」


「恭子さんが家に?」


「あら?不満かしら?」


「いやいや、そんなことないけど。なんか意外で」


「『当たって砕けろ』じゃないけど、この問題は一度ちゃんと向き合う必要があると思うの。最悪の時は……お姉さんと一緒に駆け落ちしましょう」



 恭子さんは冗談っぽく言った。俺はこのまますぐに駆け落ちでもいいと思ったほどだ。



「だから、まずは、今日はファーストコンタクトだけね」



 恭子さんはそう言うとルームのミラーで後部座席を見た。後部座席には、さっき買ったおみやげの地獄蒸しプリンの紙袋が置かれていた。



 ■



 比較的暗くなってきた。一日中運転していた恭子さんも疲れただろう。レンタカーを返したらマンションに戻る前に外食しようかなどと考えていた。



「カツくん、カツくんの家ってどこらへん?」


「ん?うち?」


「そう、案内(ナビ)して」



 言われるがままに案内して、恭子さんは俺の自宅の前に自動車を止めた。



「じゃあ、これを玄関先で渡して」



 そう言って、地獄蒸しプリンの袋を手渡してくれた。一瞬、家に帰れと言われるのかと思ったけれど、そうではなかったらしい。

 どんな意図があるか分からないけれど、恭子さんの考えることだから、間違いはないのだろう。


 俺は家の鍵を持っているけれど、玄関チャイムを押した。



『はい』



 インターホンから聞こえた声は母親のものだった。



「あ、俺。ちょっとドアを開けてほしいんだけど」


『ええ!?』



 これでは完全にオレオレ詐欺だ。インターホンが切れてからしばらく間が開いたのだが、警察に通報とかしてないよな……



 数秒してガチャ、と玄関扉が開けられた。そこには不安げな顔の母親と琴音の姿があった。母親は少し痩せただろうか。頬がやつれていた。



将尚(かつひさ)!」



 俺は無言だったし、表情も作れないでいた。



「これ……おみやげ」



 地獄蒸しプリンの紙袋の取っ手を持ち上げて袋を見せた。呆気にとられる母親と琴音。足音から父親もリビングから玄関に歩いてきているのが分かった。



「おみやげって……」



 紙袋を受け取りながら、母親が言った時、俺は無意識に外で待っている恭子さんの方に視線を送った。

 その視線に気づいたのか、母親、琴音が玄関まで出てきた。気圧される形で俺も玄関前まで下がった。家の外にはレンタカーが停まっていて、恭子さんは自動車の運転席側に立っていて、無言でお辞儀をした。


 母親もそれに合わせ深々とお辞儀をした。父親も玄関前まで出てきて恭子さんの方を見ていた。俺は、「じゃあ、これで」と言って、門扉を出てレンタカーの助手席に乗り込んだ。

 恭子さんはもう一度深くお辞儀をした後、運転席に乗り込んだ。


 車は発進して、振り返って見える家は小さくなっていった。家の前には、俺たちの車が見えなくなるまで玄関前に立っている3人がいた。



「恭子さん、なんだったのこれ?」



 俺は訳が分からず聞いた。



「たまには顔が見たいじゃない?」



 笑顔でそれだけ言ってそれ以上は教えてくれなかった。

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