オズの子
リオレと妖精が誰かを連れて戻ってきた。ズコットたちからするとその体はトルテよりも大きく、まるで巨人のように見えた。
「お前らか。お砂糖の提供、感謝する。」
「あ、いえいえ。俺達の知り合いからもらったものですから。」
「すごーい!大きな人!私ロゼッタ!よろしくね!」
「ふん、どれもこれも妖精みたいな人間だな。オレはタフィー。妖精らのリーダーだ。」
タフィーは大きな翼をヒラヒラとさせて自分が妖精であると示す。
「オレだって多少デカいが、ここにいるのはお前らにとってはほとんどが巨人みたいなもんだ。でも研究所の中は見せてやれん。それにそんなドラゴンじゃあ入ることも出来んな。」
「俺のことですか。」
「お前以外にいたら怖いだろ。」
タフィーはケラケラと笑ってズコットを軽く叩いた。
「いっったぁ!?」
「うぉっ。そんなに強く叩いてねぇだろ?」
「リーダー!今のズコットさんは妖精に触られるとかなり痛いらしいの!気をつけてあげて!!」
「妖精が触った物に触れた手でもダメなんですよ……。痛たた……。」
「難儀なもんだな。しかしこれなら研究所の奴らの研究は間違ってはいなかったということだな。」
タフィーは大きな溜め息を吐いた。
「あ、そうだ。僕たちオズにここの若い研究員の様子を見てきてくれって頼まれてたんだ。お願い、少しだけ見せて。」
リオレはタフィーに手を合わせてお願いの真似事をする。なんだかんだ優しそうなタフィーだ。きっと受け入れてくれるはず。
「お前今、オズって言ったか?」
「へ?」
リオレはゆっくりと軽く頷いた。おかしい。タフィーから凄まじい怒りを感じる。
「……帰れ。オズからの用は受け付けてやらねぇ。いや、むしろオレがオズの元へ向かってやる。」
「待って待って。なんでそんなに怒ってるの?」
「オズの前で全部ぶちまけてやる。知りたきゃ勝手に聞いてろ。」
リオレは妖精の方を見た。しかし彼女は首を横に振るだけだった。
タフィーは結局オズの研究所にやってきた。
「いらっしゃい!」
小さい子供たちの挨拶にタフィーは笑顔で応える。本当に悪いやつなわけがない。
「オズはどこだ?」
タフィーはリオレに問う。
「食事の用意をしてるって言ってたからキッチンとかかな?僕たちも今朝来たばかりで何もわからないんだ。」
「それならそう言えよ。」
タフィーは近くにいた子供に声をかけると、その子に案内をしてもらうことにした。
「おや、初めまして。また大きな妖精さんが来たね。」
オズはニコニコと笑顔でタフィーを迎え入れた。
「初めましてってことは初対面?」
「ん?そうだよ。」
ふふふと笑うオズの胸倉をタフィーは勢いよく掴んだ。
「おやおや、危ないじゃないか。」
「アンタがオズなんだな。」
「うん。」
「なんでオレが怒ってるか、心当たりあるか?」
「いいや、まったく。」
この状況に一切オズは怯まない。しかしその様子にタフィーは呆れているようだった。
「……アンタさ、ここにいる子供ら全員あの研究所に売り飛ばしてんだろ?」
「は?どういうこと!?」
途端に今までの余裕は無くなった。
「都合のいい人間の実験体を作ってんだろうって聞いてんだ。」
「そんなわけ無いだろ!?ここにいる子供たちは……。いや、場所を変えようか。お願いだ。落ち着いて話がしたい。私の部屋に来てほしい。」
それを聞いてタフィーはオズを解放した。オズはタフィーに手招きをして部屋へ向かう。先程リオレたちが来た部屋に行くようだ。リオレたちは顔を合わせると、2人についていくことにした。
部屋に着くと、今度はオズが少し苛立ちを見せていた。
「さて、話の続きだ。ここにいる子供たちはね、みんな親に捨てられた子なんだ。元々この山の麓の街では育てられない子供を山に捨てる風習があった。そんなところに私が来たわけだ。私は全ての子供を拾い、大事に育ててきた。でも、大人になると私のことは見えなくなる。だから働いてお金を手に入れて生きていくためにあちらの研究所に研究員として雇って貰ってたんだ。私は子供たちを心から愛している。これは自信を持って言えることだよ。」
「本当にそうなのか、疑ってるからオレはここに来たんだ。アンタ、妖精がどうして生まれたか、何で生み出されてるか知ってるか?」
「妖精は竜への対抗策の一案として生み出された。その材料は砂糖。」
「そうだ。そして研究は進んで、記憶のお砂糖を使った方がより良い妖精が作れると判明した。様々な記憶から妖精を作った結果、高純度の憎悪の記憶が最も強い妖精を作る材料に適しているとわかった。そしてオレがその最も強い妖精だ。」
「つまり君は憎しみの記憶から生まれたと。」
「そうだ。」
そこまで聞くとオズは黙って考え事を始めた。タフィーがどうして私が実験体を作っていると思ったのか。憎しみの記憶。効率。
「とりあえず、考えたくもないことが起こってる可能性についてはわかった。」
「残念ながら可能性じゃない。」
「いや。だとしても。だとしてもだ。……。」
オズは俯いて震えだした。
「アンタが親なら、尚更伝えてやりたい。アンタの子供たちはほとんど殺された。その結果オレが生まれた。」
「オレには、自分で考える力がある。だからアンタが悪いやつじゃないってことは理解した。でもな、アンタの子供たちの憎悪の矛先はアンタなんだ。どうしてそうなったか、聞きたいか?」
「君の悪いところは、なんでも隠さず話してくれることだろうね。」
「……そうだな。簡単に人を憎ませる方法は理不尽な暴行、理不尽な裏切りだ。それを組み合わせると、まず死なない程度に暴行を加える。理由を問われたらお前はオズに売られたと告げる。そして死ぬまで暴行を適度に加え続ける。真実は伝えない。答えを与えない。これで、どんどん憎しみは勝手に膨れ上がる。」
「……嫌だなぁ。なんでさ、なんでいつも僕から子供たちが奪われていくんだろうね。」
オズはもっとタフィーに近づくと頭を撫でた。タフィーは抵抗しない。
「大切な話を教えてくれてありがとう。君も今までとっても怖かったろう?昔の僕ならさ、泣き叫んで君を殺そうとしたかもしれない。あの研究所だってすぐに破壊してただろう。でもね、何度も失うから報復は無駄だって知ってるんだ。何をしても子供たちは帰ってこない。そもそも僕は不老不死だ。子供たちの死をいつかは見なくちゃいけない立場だ。それでも、あの子、トネリコのように自分の役目を全うして、やり切ったような表情で眠ってほしかった。」
まだまだ撫でる。
「改めて教えておくれ。君は何を目的に生まれたんだい?そして君は何をしたい?」
「オレは、この国の王都に住む巨大な竜を殺すために生み出された。そして竜を殺した暁には、あの研究所をオレの手で潰したい。」
「そうかそうか。それなら私が君の手助けをしようじゃないか。そうだな。トネリコの遺品の1つがここにあるんだ。異星の神々の一柱であるヘラクレスにアイディアを貰って作り上げた代物。人の祈りが集合して産まれた金属だったオリハルコンが使われている。ね、強そうだろう?」
「本当に良いのか?」
「いいよ。でもその代わり、確実に竜を殺しておいで。そして砂粒ひとつ残さないくらい完膚なきまでに研究所を潰しなさい。」
オズはニコニコと笑いながらタフィーの頬をもちもちと触った。
「さぁ、食事の時間だよ。タフィーくんも食べるだろう?」
手を離してオズはさっさと歩いていく。タフィーはこっそり見ていたリオレたちに目を向けた。
「人間ってのは、あんなにサッパリしてるのか?」
「いや、僕ならもっと落ち込むよ。切り替え慣れてるのか、なんなのか……。」
「タフィーのことを我が子の一人として受け取ったんだろ。俺は顔が見えないから何とも言えないけどな。」
「……とりあえず、行ってやろう。なんだか可哀想になってきた。」
タフィーは本当に優しい妖精らしい。すぐに歩き始めたその背をリオレたちは追って進む。