騎士と竜
勇猛な女騎士が竜にとどめを刺した。剣で首を貫かれた竜は苦しみ悶える。掛け声と共に人々は暴れる竜を押さえつけ、女騎士を守った。
「今日の狩りは終わりだ!帰るぞ!!」
轟々たる人の歓喜の声。竜の遺体は捨て置かれる。持ち帰ったら最後、臭いで街を見つけられかねないのだ。
『祈りの街 オラシオン』
騎士団の帰りを1人の女性が待っていた。駆け出すと、女騎士に抱きついた。
「ズコット、おかえり!」
「ロゼッタ、ただいま。」
「怪我は?」
「今日もみんなのおかげで無傷だよ。」
「そっかぁ!みなさん、ありがとう!!」
どういたしまして、と言いながら笑い声と共に団員はそれぞれ帰路に着いた。
「もうわざわざ迎えに来てくれるのはロゼッタだけになってしまったなぁ。」
竜狩りは昔こそ偉業とされていた。しかし竜の殺し方が確立したことで、少しずつただの仕事に変わってきた。
「安全になったって言っても、心配だもん。」
「うん、ありがとうな。」
女騎士ズコットは嬉しそうにロゼッタの頭を撫でた。
良い雰囲気にキスをせがむロゼッタを抑えてズコットは街を歩き始める。
「リオレはまた教会にいるのか?」
「うん。ずっとズコットたちのために祈ってたよ。」
「はー、アイツも早く仕事をすればいいのにな。今なら俺が竜の殺し方を教えてやるってのに。」
「まーまー、リオレはそういうの似合わないからね。教会でもちゃんとお手伝いしてるらしいから大丈夫。」
「あれは仕事なのかね……。」
ズコットとリオレは幼馴染である。ズコットは仕事にも就かず、教会に入り浸るリオレを心配していた。
石造りの教会。ここはかなり奇妙な造りである。一般的な身長のズコットが小さく見えるほどの大きな扉が沢山あるのだ。
「なんでこんな変なところに行きたがるかねぇ。」
「んもー、ズコットも小さい頃よく来てたじゃん。竜狩りの英雄が眠ってる場所だからって。」
「そりゃそうだけどね。こうも成長して自力で殺せるようになると、本当にあの英雄がすごかったのかわからなくなってくるもんさ。」
「それでも私のパパはすごかったでしょ?」
「うん。トリュフさんはとてもかっこよかった。俺にとっての最高の英雄さ。」
やはり身近なものほど輝いて見える。神様も伝説もあるものか。やはり一度竜狩りに連れて行けばリオレの目も覚めるかもしれないな。
身の丈に合わない大きな扉を開けた先に大きな部屋がある。ここが聖堂だ。最近はやたらステンドグラスが増えているらしい。
「おい、リオレ!今日もここに篭ってたのか?」
「あ、ズコット。おかえり。今日も無事で良かった。」
そう笑うリオレにズコットは呆れたような顔を見せた。
「俺の無事を祈る前にちゃんと働け!俺もお前ももう大人なんだぞ!!」
「こ、これが僕の仕事なんだよ。子供の頃から神様にお願いされてるんだから。」
「はー、まぁた神様神様……。そんなもん居やしねぇんだから、さっさと金になるような、人の為になるようなことをしろ!」
「神様は居るし、僕だってある程度の報酬は受けてるよ!ズコットが思ってるよりちゃんとしてるんだ!」
「それなら神様がどこに居るって聞かれたらどう証明するってんだ。俺以外に神様を見せろって言う奴は山ほどいるだろ?」
「そういう時は……」
リオレは虚空に向けて「お願いします」と笑いかける。すると祭壇の近くの部屋のドアがバタバタと開閉した。
「ほら、いるっしょ。」
「そいつぁ妖怪か幽霊って言うんだよ……。ほら、なんかさ、もっと奇跡っぽいことを起こしたりできないのか?」
ズコットの要望にリオレは少し焦った。
「神様、なんかできる?」
回答を待つ。
「奇跡っぽいことは神様の専門じゃないみたい。もっとちゃんとした神様が他にいるんだってさ。」
ズコットは肩を落とした。
「そうかいそうかい。ここは幽霊かなんかを神様って崇めてるってわけだ。なんの利益にもなんねぇな。」
ロゼッタがあわあわとしているがズコットにどう声をかけるべきか考えあぐねているらしい。
そんなところに神父のカセウスがやってきた。
「やぁ、ズコット。君の活躍はよく聞いているよ。食堂にお茶とお菓子を用意したからゆっくりしていきなさい。」
リオレ相手だったから好き勝手話していたが、さすがに神父に聞かれていたとなると居心地が悪い。
「お菓子だって!行こ!」
断ろうかと思ったが、ロゼッタが嬉しそうに笑う。もしもの時はちゃんと謝ろうと腹を括って食堂に向かった。リオレはあとから食堂に向かうらしい。
「わぁ!ケーキだよ!私はチーズケーキがいいなぁ。」
ロゼッタの様子に神父は微笑む。
「ロゼッタお嬢様のスイーツ好きは変わらないね。トリュフさんがお土産に困ってたわけだ。」
「え!神父さんがいつもお土産を選んでくれてたの?ありがとう!」
ロゼッタはぺこりとお辞儀をした。
「こんなに元気に育って、良いパートナーにも恵まれて……空の上でも喜んでいることだろう。」
「うん。しわしわのおばあちゃんになってからパパに会いに行きたいなぁ。」
ねっ、とズコットの方を見て笑う。それにズコットは深く頷いた。
「そうだカセウスさん、さっき俺がリオレに言ってたのって、聞こえちゃってましたか……?聞こえてたなら謝りたくて……。」
「神様がいるわけないって話だったかな。謝ることはないよ。私だって未だに半信半疑さ。」
神父なのに?とキョトンとするズコットに神父は座るよう促した。
「竜狩りは大変な仕事だね。だからこそ祈りの加護が必要なんだよ。私も疑わしく思うこともあったけど、どうもこれは事実らしくてね……。事実なら仕事として頑張るしかない。神様と呼ばれる者がこの教会には確かにいるけど、リオレが話を聞く限り、御神体はその神様ではないそうだ。」
ズコットにはまるで理解ができない。
「要するに、さっきリオレが見せてくれた神様は本当の神様ではないってことで良いんですか?」
「うん。あの人は本当は生きた人間だ。原理は難しくて分からないけど、不老不死の果ての姿らしい。子供のような純粋な心を持ち続けることができる人間にしかその姿は見えない。だから私はもう神様を見ることはできないんだよ。」
「ふぅん。だからリオレは見えると。確かに純粋ですもんね。」
「そう。それに加えてリオレにはより特別な祈りの才能があった。どうやら神様はそこに目を付けてリオレに祈りの指導をしたらしい。」
遅れてリオレが席に着いた。何も気にせずチョコレートケーキを食べる。
「リオレ……ちゃんと働いてたんだな……。」
「だから言ったでしょ?僕は祈ることでカセウスさんを守ってくれって神様にお願いされたんだ。」
その言葉にカセウスは首を傾げる。
「それは初耳だね。」
「あれ、そうだっけ。神様と神様の大好きだった人との大切な子だからどうか守ってほしいって。」
あ、神様が照れてる。とリオレはヘラヘラしているが、少しずつカセウスの表情が変わっていく。
「神父さん、大丈夫ですか?」
「顔色悪いよ?」
ズコットとロゼッタの神父を他所にカセウスは俯いてしまった。
「うん、少しだけ考え事をさせてほしい。3人で、いや4人でゆっくりしていてくれないかな……。」
神父の笑顔は悲しみなのか喜びなのか、憎しみなのか分からないものだった。
「そりゃそうだよ。私もちゃんと人の子だ……。」
そんな声が聞こえた気がした。
そんな時に聖堂の方から声が聞こえた。カセウスを呼んでいるらしい。
「もしかしたらハクルが来たのかも。ちょっと出てくるよ。」
「僕も行く。」
出て行った2人をズコットたちも追いかけた。
「やぁ、ハクル。新作ができたんだね。」
ハクルが持ってきたものは煌びやかなステンドグラスだった。
「うーん、できたんだろうけど、これを作った記憶がすっぽり抜けててさ。なんか気持ち悪いからカセウスにあげるね。」
「嬉しいな。ハクルのステンドグラスは好評だよ。」
「本当に俺が作ったのかね……。でも次のネタはちゃんとあるからまた持ってくるね。」
「うん!楽しみにしてる!」
奇妙な会話だな。
「神父さん、ハクルさんってどうやってこれを作ってるんです?教会に飾ってあるステンドグラスもあの人の作品なんでしょう?」
「うん。この教会のステンドグラスは全部ハクルが作ったんだよ。我々に伝わる神話を元に作ってるんだけど、これは飴でできてるんだ。絶対にあげないけど食べたら美味しいよ。」
「飴!?暑い時に溶けたりしないの!?」
ロゼッタの食い付きがいい。やはり甘いものに目がない。
「溶けないよ。レムリアングラスっていってね、飴でできたガラスみたいなものなんだよ。本当のガラスが溶けるほどの温度じゃないと溶けたりしない特別なもの。もちろんそういう魔法でできているからできることなんだよ。」
「魔法なんですね。いやぁ、すごく綺麗だ。」
「その前段階として、自分の記憶をお砂糖に変える魔法がある。」
ほら、こんなふうに。とカセウスは掌の上に角砂糖を出して見せた。
ということは
「神父さん!今何を忘れたんですか!?」
「内緒〜。って思ったけど、せっかくだから今日は教えてしまおう。私が人の子なんだってわかった記念日だからね。」
ステンドグラスを一度聖堂に置くと、カセウスはズコットたちを倉庫に招き入れた。そこには大量の瓶に入った角砂糖があった。ロゼッタはキラキラとした瞳でキョロキョロと見回す。
「変だな……かなり減ってる。」
「え、これで減ってるんですか!?」
「うん。……まぁ後で探してみるよ。」
その声は明らかに悲しげなものだった。
「そんなに大切な記憶をどうして?」
「これを恋心って言えばわかるかい?いくら消しても溢れかえって、苦しいからこうしてるんだ。」
「あ!わかる!私もズコットのこと考えるがすっごく苦しいことがあったよ!」
「わかってくれるんだね。ありがとう。」
「でも、それも恋の醍醐味でしょ?なんで消そうとするの?」
カセウスは照れくさそうに笑う。
「私は神の子だなんて言われてたから、人を好きになることが許されないと思ってたんだ。でも、姿が見えないだけの人間の子だとわかって、やっと許された気がしたんだ。」
「ふむふむ。それで、こんなふうになる程好きな人って誰のことかなぁ?」
「さっきのハクルだよ。幼馴染なんだけどね……嫌な話だけど、彼が今まで誰とも付き合ったりしなかったのは神話のおかげなんだ。神話だけが彼を捕らえ続けた。私がそれになり代われるだろうか……。」
「神父さんなら大丈夫!その時がきたら私たちも一緒にお花を選ばせて!」
「うん、もちろん。とびきり可愛い花を探そう。」
そうだ、俺たちもそろそろ花を探さなくてはならないな。ズコットはロゼッタのような花を想像する。だが、色々思いつきすぎてまとまりそうになかった。……大好きだなぁ。
「さ、私の長話に付き合ってもらって悪かったね。残りのケーキを食べきって、早く帰ってお休み。」
「はい!」
リオレは教会に残り、ズコットとロゼッタは2人の家に帰った。夕飯を済ませ、風呂に入ってこの日は早めにベッドに入った。
「ケーキ美味しかったね。」
「実はあれ、リオレが作ったケーキらしいぞ。」
「本当に!?私も教えてもらおうかなぁ。」
ロゼッタのくすくすと笑いながら話す声が止んだ頃、その寝顔を見てズコットも眠る。それがとても幸せなのだ。
それは自分がまだ新米の竜狩りだった頃のことだった。寝静まった荒野のキャンプ地。炎の揺らめきの先に歩く人影が見えた。トリュフ団長と副団長か。テントに入って2人で作戦会議でも始めるのだろう。そう思って目を閉じてしばらくして、叫び声で目が覚めた。突然竜が現れたのだと。慌てて武器を構えながら現場へ。
「団長……っ!」
竜が片手で団長を捕まえていた。
「攻撃はするな!総員退避せよ!こいつは……」
そう言っている間に団長は頭から喰われた。初めて人間の断面を見た。初めて砕ける骨の音を聞いた。初めて身体が勝手に動いていた。
……夢か。夢だよな。あの後竜を殺したけど、副団長もいなくなってたんだったか。上半身が無くなった団長の遺体はロゼッタたちには見せられなかった。
俺は何を考えてたんだろうか。あんなことが起こりえる戦場にリオレは連れて行きたくはない。明日謝ろう。ロゼッタにも謝らないと。
いつもより身体が重くて怠い。まだ深い夜。また眠ることにした。
ロゼッタに頬をぺちぺちと触られる感覚で目が覚めた。
「ズコット、なんかすごいことになってるけどどうしたの?」
え?と思って手を見てみると、まるで竜のようになっていた。
「え!?どうなってるんだこれ!!」
慌てるズコット。それを見てロゼッタはケラケラと笑う。
「やっぱりズコットだ!鏡見てよ!なんかかっこいいよ!」
ロゼッタが差し出す手鏡を見ると、そこには一頭の竜が映っていた。