言うしかない──これまでと、これからをどうするのか──
三家登場、の回。
少しこの三家とのやり取りが続きます。
自分は、『何』なのか。
問われれば、今の自分という存在はルナリア・イル・フォン・ソルフェージュ。
だが、中身の魂というか人物は違う。私は『私』だ。
名前などどうでも良くなり、気にしなくなった。思い出すことも無い以前の私は、死んでいるのだから。
代わりに『ルナリア』の中に入った。
どういう理屈なのかは、未だに分からない。
そして、彼らにどこまで説明をして良いのか。
信じられるだろうか。
自分たちの世界がゲームの世界であり、ゲームの中の登場人物なのだと。
だがしかし、きちんと説明しないとミトスの雰囲気からすれば納得などしないだろう。
ルナリアの現状・結末もしっかり知らせないといけない。
彼らを待つ間、どうしようかと考えて考えて、考え抜いたけど行き着く先はいつも同じ。
全てを、話そう。
──────────
指定された日、指定された時間。
ルナリアは客間で彼らの到着を静かに待っていた。
アストリア家からはミトスが。
そして、残りの二家。
クルトス家とミッツェガルド家。
クルトスは城で文官を務めており、ミッツェガルドは国の外交のほとんどを仕切っている。
言うなれば行政に秀でた一族と、貿易始めありとあらゆる外交に優れた一族。
クルトス家の当主は、ファリトゥス・ヴィ・フォン・クルトス。
優男にしか見えない見た目、とてつもない柔らかな物腰、穏やかな口調と声。
だが、そんな彼は国のありとあらゆる行政に携わっている。
なおかつ、とんでもない腹黒である。並大抵の神経では務まらない役割を、日々、淡々とこなしている。
国王が信頼し、任せる懐刀と言わんばかりの存在。
そしてミッツェガルド家。
こちらは四家の中でも別の意味で一番の曲者が当主として君臨している。
アリシア・トゥス・フォン・ミッツェガルド。
弱冠13歳にして既に高等学院の勉強内容を全て履修した才女。
己の父母を後見人にしてしまい、ミッツェガルド家のありとあらゆる業務を取り仕切る少女。
ふわふわだが、癖のある艶やかな赤髪を腰まで伸ばし、普段は一つに纏めたり、ツインテールにしたりと色々遊んでいるが、そんな彼女が現公爵家当主。
足りない経験は遠慮なく父母の知識と助言で補い、当主となった今も様々な国の様子を学びながら業務を取り仕切る姿は国王も一目置いている程だ。
そんな人たちを相手にするのであれば、全てを話すしかない。
外から聞こえてくる馬車の車輪の音、次いで邸内を進んでくる複数の足音。
来たのか、と深呼吸をしてソファから立ち上がる。
扉が数回ノックされ、入るよう促すと執事に案内された三人が室内に入ってくる。
アリシアはぱっと表情が明るくなったが、すぐに何かを察知して強ばったものに。
ファリトゥスは読めない。柔らかな笑みをたたえ、室内を進むようアリシアの背中を押した。
「ようこそ、御三方。どうぞこちらに」
挨拶をしてカーテシーをすると、三人は無言のまま歩いてきて、促されるままソファに腰を下ろす。
メイド長がお茶とお茶菓子を用意してから、ルナリアは控えてくれている側近たちに手を挙げ、全員退出するよう促した。
「ですが…」
「命令よ。それに、彼らとわたくしは、これから大切なお話があるの。邪魔はしないでちょうだいな」
「…かしこまりました」
柔らかな口調で告げると、納得していない様子ではあったものの、側近達は深深と頭を下げて退出した。
そうして、対峙した三人。
アリシアは強ばった表情で。ミトスは無表情で。そしてファリトゥスはなんとも言えない笑顔でこちらを見つめている。
「…全て、お話しします」
ルナリアはそれだけ告げて、話し始めた。
『ルナリア』に起こってしまった悲劇、そしてその代わりに何の因果か己が入ってしまったこと。
変わり果ててしまった家族に対してのルナリアの行動。
そして、王太子と聖女が起こしてしまうこれからの悲劇、婚約破棄劇場から続く何もしていないルナリアへの断罪と、続く更なる魔力暴走。
最後には聖女に殺されてしまうという結末。
もう一つの大切なこととして、この世界がゲームの中の世界であること。
全ての行動は決められたプログラムによるものであり、作られたものであることも。
ルナリアに起こってしまった悲劇を話し終えたところで、アリシアは必死に泣くのを堪えていたが、王太子と聖女がやらかしてしまう内容については、怒りを隠すことなく聞いていた。
なお、彼女が持っていたハンカチはギチギチと引き絞られ、そのまま引き裂かれてしまった事を付け加えておく。
でも自分は、ただ変えたかった。
ルナリアという少女に、笑っていてほしかった。
貴族としての生き方を選んだとしても、王族に嫁いだとしても、ルナリア自身の意見を全て否定されてしまうような世界では生きてほしくなかった。
そして、ルナリアを大切にしなかった奴らに対して、後悔させるよりも何よりも、同じ目にあってほしかった。
結果として、それは彼らの断罪に繋がっている。
父も、兄も、義母も、義妹も。
普通にルナリアと接していたら。
普通に『家族』として過ごしていたら、ゲームのような未来にも、今回のような結末にもならなかっただろうに、と。話しながら、自嘲めいた笑みが零れてしまう。
あとは、どこまでシナリオの強制力が働くか、だ。
「ゲーム、…つまりは、遊戯の世界」
ファリトゥスの呟きに、ミトスも、アリシアも、はっとした表情になる。
「…あたくしたちの行動も…何もかも、作られた、もの?」
「けど、俺らは俺らの意思を持ってるぞ?」
「だが…ルナリアさんのご家族は恐らく、聞いた限りではストーリー通り…?になってしまわれた。そうですね?」
「限りなく似ている、とだけ。私が変えましたので」
「ほう?」
「本来であれば、父も、義母も死んでおります。私が魔力暴走を引き起こし、別宅を全壊させ、その崩壊に巻き込まれて…彼らは死んでいるはずなのですが…」
「魔力の暴走は起きていない、起こらなかったんだな」
「おっしゃる通りです」
三人はじっと考える。
ゲームの世界と言えど、ルナリアは正確にはもうルナリアではなく、シナリオ外の行動を取っている。
この話し合いも、そうだ。
ゲームでこんなことをしている四家は見たことがない。
「そして、この話し合いも、です」
「……ルナリアお姉様」
「…はい。アリシア様」
「信じます」
「え?」
「確かに、見た瞬間の違和感はありました。ですが、貴方の空気感や存在感、振る舞いは、あたくしが憧れ、尊敬している紛れもなくルナリアお姉様そのもの。その…ルナリアお姉様と貴女の魂が、見事に混ざり合い、定着しているのではなくって?」
「魂の、定着」
「それに関してはわたしも同意いたしましょう」
「ファリトゥス様」
「本来のルナリア嬢は、心が砕けて自死を選んだ。けれど、その『志』は失われていなかった。今こうして入ってしまった『貴女』の魂が彼女の志とがあまりに見事に同調して起こりえた現象なのでは、と」
心当たりがある。ありすぎる。
口を裂かれようとも言えない。
志とかそんな立派なものではないけれど、己がどれだけルナリア推しなのか。
好きすぎるが故に事細かに行動までも、ゲームをプレイしていた時は全ての選択肢を選び、ルナリアがどのような言動を取り、行動をとるのかしっかりメモしたほどのオタク。そりゃまぁ分かりますよね、としみじみ考える。
「え、えぇと…」
「まぁ、そうなんだよなぁ…。俺がルナリアがルナリアじゃないって分かったの、呼び方のせいだしよ」
「え?」
「さすがに知らねぇだろ、ルナリアが俺のこと『ミーくん』って呼んでたのは」
アリシアもファリトゥスまでも、目をまん丸にしている。
あの完璧令嬢が、『ミーくん』。
「お、お、お姉様はそんな、呼び方を…?」
「小さい頃から一緒だしな。ミトス、って普通に呼ばれたことねぇんだわ」
「ミトスくん、言葉遣い。もうすぐ家を継ぐというのに何ですか、それは」
「いたたたたたたたたた!!!!!ファリトゥスさん!!!なんで指の力強いんだよ?!」
幼なじみの前だからか、貴族とはいえ気を許しすぎるのは如何なものかとは思う。ミトスは遠慮なくファリトゥスから頬を抓られている。
笑ってはいけないのかもしれないけれど、つい笑みが零れる。
「…決めた」
その場に響く幼い声。
「あたくしは、この方をルナリアお姉様だと認めた上で、力になりますわ。何より王太子が死ぬほど嫌いですもの!勿論聖女も嫌い!」
「わたしも力になりましょう。経緯はどうであれ、今のルナリア嬢は『貴女』だ。ソルフェージュ家からの報告書は当家にも来ておりますが…貴族としての対応も問題ないでしょう。やり過ぎ感は否めませんが…今までのルナリア嬢が『善』だとすれば『悪』の部分もあって当然。怒りの許容量をオーバーしたと思えばまぁ…えぇ」
「親父さんの変わりようはびっくりしたけど、されて当然のことやらかしてるからな。事情が分かればまぁ、うん。俺も力になるわ」
「え」
あまりにあっさりした対応に面食らってしまう。
公爵家令嬢たるもの、表情に出してはならないと思っているが、あっさりと三家の協力が得られてしまい気が抜けてしまったのだ。
「そんなに、簡単に信じますか?」
「裏切ったら処分するだけですよ。それに貴方は我らの事もよくご存知のはずだ」
にぃ、と口端をつり上げるファリトゥスに寒気が走る。
「嘘をつく理由がないですからね、貴女には。王太子の件や聖女の事を考えれば、我らの協力なくしては事はなし得ない。違いますか?」
「…えぇ、まぁ…」
「これ以上の探り合いは不要でしょう。遊戯の世界といえど、我らには意思があり、生きているんですよ」
「あ、…」
「ルナリア嬢、君がシナリオとやらから外れた行動をとった以上、もはやルート通りの出来事ばかりではないでしょうからね」
言われて納得する。
自分が見ていたのはゲームの中の世界。だが、ここはこの世界の『現実』なのだ。
だから彼らも『生きている』。
「…ご協力、感謝致します」
深深と頭を下げるルナリアを、三人は少しだけ柔らかな表情で見つめていた。
都合の良すぎる展開だと、きっと彼女は思っているだろう。
でも、力になりたかったのは本当だ。
あのルナリアが、心を壊し、最悪の結末を選んでしまったことを、どれだけ悔やんだか。
意識が戻ったと聞いて、どれだけ嬉しかったのか。
ついに、アリシアの涙腺は崩壊してしまい、向かいのソファに座り、頭を下げ続けていたルナリアに飛びついた。
年相応に、思い切り泣きじゃくる彼女に驚きながらも、『ルナリア』として、優しく背中を撫で続けてやる。
心強すぎる仲間が、こんな近くに居たんだよ、と。
天に届くように心の中で呟いて、幼い体をぎゅうっと抱き締めた。
ご都合主義と言われても、彼らにとって今のルナリアも『ルナリア』だと認識しています。
イメージ的には双子の片割れ的な感じなのかもしれません。
本来のルナリアに対して思っている大切な気持ちも勿論あります。