身の程を知れ②
じわりじわりと始まっていく復讐劇
義母に手下がわりのように連れてこられている使用人たちは、揃いも揃って震え上がっていた。
反対にこの状況に『当然だ』と、悠然と構えている古くからの使用人たち。
彼女らの力の差は歴然。
手には未だに黄金の雷を纏うルナリアに、義母と義妹はカタカタと震え続けていた。
「今までわたくしが大人しくしていたからといって、今日もそうだと思ったんでしょうけれど…大きな間違いよ。散々やってくださったんだから、同じくらいやり返してさしあげなければ気が収まらないわ」
まさに死刑宣告と言わんばかりの台詞だが、義妹は気丈にもルナリアを睨み付けてくる。
そして、そんな彼女に鼓舞されたのか、義母付きの執事が一歩、前に出た。
「失礼ですが、ルナリアお嬢さま」
「ええそうね、失礼だわ。黙りなさい?」
にっこりと笑って、雷の出力を弱めてから拳を握り思い切り執事の頬をぶん殴った。
ごぎゅ、と鈍い音がしたが、とっくの昔に身体強化の魔法を己に重ねがけしていたルナリアには一切のダメージは入っていないが、殴られた執事は勢いよく横に吹き飛び、無様に床に倒れる。
「うごっ?!」
「許可を得ずに口を開かないで、似非執事。それに、どこかの誰かさんがわたくしの事を偽物女公爵とか呼んでいたけれど…本物はどなた?ここに、きちんと印があるのに」
右の手の甲に浮かび上がっている真紅の薔薇の紋様。
公爵家歴代当主が宿す、当主の証。スカーレットローズ。
「あぁ…魔力光の色を赤に変えなければならないわ。わたくしったらうっかり」
「わ、わわ、私にもありますもの!!!スカーレットローズは!!!」
「なら見せて?あ、そうだ!」
「……?」
「刺青だったらいけないから…完全治癒魔法をかけてさしあげなければね…?」
にぃ、と口端をつり上げ笑みを浮かべれば、義妹の顔色は青から白へ。
「ほら、見せなさい?」
「わ、…っ、あ…」
「早く」
こつん、と一歩踏み出せば慌てて義母から離れて義妹はルナリアから距離を取るが、もう遅かった。もう一歩、大きく踏み出され、髪の毛を掴み無理矢理立たされる義妹にメイドが悲鳴を上げる。
「きゃぁぁぁ!!」
「お嬢様ぁ!!」
「あら貴女、コレをお嬢様と呼ぶの?公爵家の養女として認定もされていない娼婦くずれの娘を?」
無理矢理立たせ、素早く顎を掴んでから鼻先が触れる寸前ギリギリの距離まで顔を近付けて、更に笑みを深める。
あぁ、この子は今までこれほど怒り狂ったルナリアを見たことがないから、こんなにも動揺して戸惑い恐れ、こんなはずではないと畏怖しているのだ。
でも、これが、今のこの姿がある意味では本当の『ルナリア』なのだ。
ゲームをしている時の、敵対している時の彼女の恐ろしさ。
まるで嘲笑うかのように魔力を調節し、心を折る一歩手前で留め、希望と呼んでいいのか分からないものを与え、少しでも持ち直させ、最後の瞬間をひたすらに引き伸ばし、伸ばしきったところで糸をハサミで切るように、ぷつり、と切り離す。
最後に与えるのは純然たる恐怖。
そしてルナリアが告げた事実に、メイド達は訝しげな顔をするが、事実は事実だ。
クソ親父が義母と義妹を公爵家の一員として養子縁組やら色々しようと頑張っていたらしいが、それはあのルナリアがきちんと阻止していた。
再婚は認められたが、彼女たちは公爵家の一員としては実は認められてない。
それにまだクソ親父は気付いていない。だって、書類の処理をしたのはルナリアだから。
ずっと我慢していたのだ。
母が亡くなり、父が当主代理として横暴に振舞っていたけれど、いつかは優しかった父に戻るのではないかと。
兄も、義妹の溺愛をやめて、昔のような厳しくも優しい兄に戻るのではないかと。
そんな思いは全て無駄だった。
義母は体で父親を完全にたらしこみ、義妹も義母と同じように体で兄をいつの間にかたらしこんでいた。
ルナリアは泣いて泣いて泣いて、そうして絶望し、家族に対して色々なものを諦めた。
その結果が、今のこれだ。
義母は少しだけ見せたルナリアの怒りに戦意喪失したのか、真っ青な顔のままご自慢の娘を助けようともできずに震え、ご自慢の娘は少し睨んだだけでこちらも震え上がり何も言えず歯をカチカチ鳴らすほどにまで怯えている。
もっと早くこうしてやれば良かったのに、とも想うが、それは彼女なりの最後の優しさであり、家族への最後の賭けだった。でもそれはあまりにあっさり砕け散ってしまった。
だから、自分は一切の容赦なんかしてやらないと決めたのだ。
奪われたものは全て奪い返すし、こいつらが当たり前のように享受していた堕落しきった日々はもう与えてなんかやらない。
その前に、これはまずやっておかねばならないことがある。
「そういえば…貴女はわたくしのことをお姉様お姉様と喧しく呼んでいらっしゃるし、そちらの床に座り込んでいる娼婦くずれの女は、わたくしを当たり前のように呼び捨てしているけれど…」
にっこり、と笑って掴んでいた義妹の顎を離し、思い切り義母の方に突き飛ばす。
ドレスをかっちり纏い、少し重いような気はしたけど身体強化のおかげでさほど何も感じてはいない。
どたん!という何ともみっともない音を立てて床にすっ転んだ義妹をじーっと見つめ、笑顔のまま口を開いた。
「義母様と義妹様のお名前を…わたくし実は聞いていないのだけれど…何とおっしゃるの?ちなみに、このような状態でご大層に『家族』なんかと言われるのであれば…家族の定義をわたくしの中でも変えなければいけない」
義母側の使用人たちは更に騒然となった。
言われてみれば、ルナリアが義母や義妹の事を名前で呼んでいるのは一度も聞いたことがない。
『どういうこと?』
『いや、だって奥様とお嬢様は公爵家の一員ではないとかさっき…』
『ねぇ、まさか…』
ひそひそと青い顔で話し合う使用人たちを、かつてからの使用人達は表情だけで『ざまあみろ』と嘲笑う。
お前達が蔑ろにした人がどれ程までに恐ろしく、今までが慈悲に溢れていたのか。
理解した時にはもうとっくに遅い。遅すぎた。
「この者たちは、我が公爵家に名を連ねてはおりません。そして、これに仕えているあなた方はよく素性の分からない平民に仕えていたということね?あら、何て無様」
にこにこと笑いながら告げられた事実に、使用人一同言葉を失ってしまった。
「わたくしに、いいえ。ソルフェージュ公爵家に仕えてくれている、わたくしの後ろに控えている者達には給金は勿論払っているけれど…あなた方の給金はどこから出るのかしらねぇ?」
「無給で働かせたのか!?」
「わたくしはあなた方と雇用契約を結んでいないわよ?」
義母付きの執事は座り込んでいた彼女に掴みかかる。
「おい!いつまで呆けてんだよ奥様!俺らの給料は?!どうやって払うんだよ!!」
「わ、わたくしはソルフェージュ公爵家の、公爵の、つ、つつ、妻よ!!!公爵家から給金は「払いませんわよ?」
しれっと告げたルナリアを義母は呆然と見上げる。
「ですから、あなた方はソルフェージュ公爵家に名を連ねておりません。父は手続きしておりませんし、貴族院もこれを認めておりません。…分かりやすく申しますと…」
んー、と。
顎に手をやり少しだけ考えてからルナリアは満面の笑顔でぱん、と手を叩き言葉を続けた。
「わたくし、貴女方のことはわたくしのお父様とかお兄様だとかいう人間を、体を使って誑かし我が家に居候している単なる娼婦、という認識でおりましたので、名も知りませんしどうでもよろしいのです。勿論、貴女が雇ったとかいう使用人も、我が家の使用人名簿には載せておりませんわ」
ルナリアの言葉を理解した、メイドが、他の使用人が、床にがっくりと膝をつき項垂れた。
由緒正しきソルフェージュ公爵家で仕えていた事実はない。残ったのはうまく口車に乗せられ、挙げ句支払われるかどうか分からない給金の行方と、これから先どうやって仕事をしたら良いのかという絶望。
「さぁ皆様、どうぞご退場なさってくださいませ。わたくしの世界に貴方達なんて必要ないわ」
「お慈悲、を…!」
義母付きの執事がかろうじて告げた言葉を聞いて、ルナリアは首を傾げた。
「どうして?貴方達はわたくしを散々いじめ倒してくださったじゃない。どこぞのメイド……あぁいた、そこの茶髪の泣きボクロのあるメイドにはバケツの水を引っ掛けられたりもしたわね。他にも色々されたけど、まだ聞きたい?その上でわたくしに対して慈悲を乞うの?」
スラスラと己らの悪事が暴露されていく。
あまりにあっさりとした口調で。
許す許さないの問題ではなく、そもそもルナリアは義母側の人間なんてどうでもいいのだから。
生きようが、この先どこかで野垂れ死にしようが、本当にどうでもいい。
「許しを乞う相手を間違っているし、そもそも許しを乞えるだなんて思い上がりもいい所だわ…」
それまでの笑顔が消え去り、低く、トドメを刺した。
「貴方達全員、身の程を知りなさいな」