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そして舞台は終幕へと③

凛として立つルナリアは、笑みを崩さない。

側妃にならない、つまりは王家に嫁がないということに他ならない。

まずここでデイルの思惑は崩れた。

ルナリアは優しいから、きっと己の力になってくれるだろうと思い込んでいた。

だが、きっぱりと拒否された。

先代公爵は、これまで見越していたというのだろうか。否、そんな訳はない。

ただ、先代公爵は『母』として、娘の幸せを願い、念の為にとかけておいた保険だったというだけの話。

そして彼女は何と言った?


デイルとマナの結婚を望むと。


別れなど許さない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

逃げ道がまずひとつ、絶たれた。


「素晴らしいではありませんか。伯爵家より下の家の者達の希望となられませ、マナ様」


くすくすと楽しそうに嗤う。


「王妃教育、頑張ってくださいませね」


マナは顔面蒼白を通り越して、真っ白になっている。

そう、これはゲームではない現実なのだ。

王妃になるための教育を、マナは一切受けていないのだから、デイルを愛しているとこの場で宣言してしまった以上、逃れることなど出来ない。

目の前の王妃に最も近かった令嬢は笑顔で断った。助けてくれない。


「最初からやるとなれば、それはそれは大変な思いをなさることかと思いますが…わたくしから婚約者を奪い去り、あまつさえその状態でわたくしを『悪役』などと仰ったのだもの。ならば悪役は身を引かねばなりませんわよねぇ?」

「うる、さい…!お前…どこまでいっても私には悪役でしかないわね…!!」


にぃ、と口の端をつり上げて笑う彼女は、とても美しかった。

同様に、腹立たしかった。

まるで、お前ごときが王太子妃になるなど認めないと言われているようで。

実際、バカにはされている。マナには出来ないと、言外に言われている。


「ルナリアお姉様を悪役だなんて…頭がおかしいのではなくて?!」


凛とした、幼い声が響く。

ひょっこりと顔を出したのは、ミッツェガルド女公爵である。

豪奢なドレスを身にまとい、子供らしさが強調されながらも眼差しは大人のそれ。


「まぁ、アリシア。お祝いに来てくださったの?」

「勿論ですわお姉様!卒業生として来ないわけには参りませんもの」


いそいそとルナリアの前に出て、姿勢を崩さずカーテシーを行い、次いでくるりとデイルとマナに向き合うが、視線は国王と王妃にしか向けられていない。


「我が親愛なる国王陛下、ならびに王妃殿下。御言葉を遮ってしまったのであれば誠に申し訳ございません。わたくしの敬愛するソルフェージュ女公爵の卒業を祝わずにはいられなかった事ゆえ、どうぞ…祝いの席の戯れとお考えいただきまして、寛大なる御心にて、お許しいただきとうございます」

「おぉ、ミッツェガルド女公爵ではないか。無論、許そうぞ」


女公爵という立場で話す彼女は、幼いながらも役目をきちんと果たしている。

視線をちらりとマナに向け、蔑みきった眼差しをくれてやれば、マナは思わずびくりと怯んだ。


「学園も堕ちたものですわ…このような輩の入学をゆるしてしまうなど」

「な、?!」

「貴方のことです、聖女様」

「子供のくせに生意気よアンタ!」

「あたくしを誰か知っての暴言なら、売られた通り喧嘩は買いましょう」

「はぁ?!」

「王太子殿下も…どうしてこんなのに惚れてしまわれたのか、理解に苦しみますわねー…」


煽るように大きな溜め息を吐いて二人を見るが、その二人は反論できずにただ、ギリギリと歯を食いしばり睨みつけてくることしか出来ない。


「マナを、悪く言わないでいただきたいな。…ミッツェガルド女公爵」

「あら、あたくしが間違っておりまして?」

「間違いではない、と申すのか?」

「婚約者がいる令息に近寄り、ベタベタとくっつき回り、挙句の果てにはこのような祝いの場での婚約破棄劇場を繰り広げ、ヒロインになったとでも言いたいような顔をして、婚約解消もしていないのに早々に己の婚約者以外の男性にベタベタとしているような令嬢なぞ、どうやって贔屓すれば可愛らしい方と認識できるのか理解不能ですもの、あたくしには」

「……………!」


事実だけを述べて、アリシアはつん、とそっぽを向く。

デイルが悲壮な顔をしているが、知ったこっちゃないのだ。

そしてゆるりと流し目を向けてから手にしていた扇で口元を隠し、言葉を続けた。


「聖なる術が使えるから、聖なる力を持つから、『聖女』なのですけれど…」

「何が、言いたいの」

「何の功績もない子爵家令嬢如きが、あたくしとお姉様を侮辱して、まずタダで済むと思わないでいただきたいわ」

「はい出ましたー!そうやって身分をタテにしてえらっそうに!あんたこそ何もしてないんだろうがクソガキ!」


マナの精一杯の反論───といってもただ大声でがなり散らし威嚇するだけだが、そんなもの、アリシアには一切響かない。

もちろん、ルナリアにも響かない。

王妃の機嫌を逆撫ですることに関しては抜群の効果を示し、王妃を愛する国王の怒りも更に倍増させてしまったのは、言った本人だけが気付いていない。


「あたくしも、お姉様も、この場にいらっしゃるご令嬢、ならびにご令息も。功績を挙げ、貴族としてきちんと務めておりますわよ?」

「はぁ?!」

「聖女としての力の使い方を学んでいただけでしょう?貴女」

「学ばないと使えないでしょ?!」

「学んだあとは?」

「…………………………………え?」

「その後、貴女、何をいたしまして?」


『その後』と言われてもマナは何もしていない。

そう、本当に()()()()()()()のだ。


学んだ。

けれど、活かしていない。

魔物討伐の際の補助要員としても、魔物が入ってこないような結界をはることも、聖なる力を駆使して出来ることは様々、多種多様にある。

それこそ、挙げればキリがない程に。


「だ、って。だって、そんな危ないことできるわけないでしょ?!唯一の聖女なのよ?!」

「それが?」

「へ…?」

「だからこそ、貴女がやらなければならぬ事の多さ、責任の重さ、様々ありますでしょうに…。何ともまぁ…嘆かわしいことですわ」


わざとらしく溜め息を吐かれる。

嘲笑される。

揚げ足も取られる。

かつて己がルナリアにやっていた仕草。行動。

今、返ってきている。じわりじわりと。


「アリシア、いじめてはいけないわ。これから王太子妃としての教育を受けられつつ、マナ様はきっと…聖女としてのお役目を果たしてくださるのよ」

「は」

「そうでございましょう?」

「あんた…」

「あら、わたくしどうして睨まれなければならないの?わたくし、貴女様にとっては『悪役』なのでしょう?王太子殿下を貴女から奪ってしまう『悪女』なのでしょう?ならば、わたくしのような愚か者は身を引かねばならぬと思いましたからこそ…国王陛下に進言いたしましたのに…」


しおらしく言いながらも、笑みは崩していない。それが、マナの苛立ちを加速させていく。


「お逃げにならず、きちんと、お役目を果たしてくださいませ?」

「役目ですって?」

「えぇ、まずは王太子妃教育から。次に、『聖女』様としてのお役目。こちらにつきましては、改めて教会の者にお尋ねくださいませ。国の中央教会に、ですわ。細かく教えてくださいます、きっと」


聖女の役目には様々あるが、代表的なものとしては魔物討伐での回復要員、または祝福を与え、少しでも討伐が進みやすくするための補助要員がある。

最も大きい役目は『結界』の作成、維持である。こればかりは聖なる力をもった『聖女』にしかできないこと。


ゲームの内容、設定を知っているマナは、冷や汗が止まらない。


王太子妃教育を受けながらも、要請があれば討伐へと赴き、更には結界を張り、その維持も同時進行で行わなければならない未来が、もう確定したのだ。

隣に立つデイルは頼れない。


「い、いやよ…!そんなにたくさん、できるわけない…!そうだ、手伝って?!ルナリアさん、あなたとてつもない魔力の持ち主だもん!魔物討伐くらいあなたが行ってくれても!」

「え、嫌ですわ」

「………………え?」

「わたくしは国の為に、領民の為にならば、全力で為すべきことを致します」

「だったら!」

「でも何故、貴女のために、貴女が楽をするための、貴女からのお願いを聞いて差し上げなければならないの?」


ふは、と国王が愉しげに笑った。


「もっともであるわ。聖女が現れたのであれば、それは聖女の役目ぞ。その役目が嫌であれば聖女を名乗るな。そして、デイルなぞくれてやるからとっとと失せよ」


聖女として役目を果たしながら、王太子妃教育を受ける。

いつ、休めというのか。

いつ、気を弛めろというのか。


「ぁ……」

「まさか覚悟が無かったとは言わせぬぞ、小娘。王家が決めた婚約の破棄を宣言させた挙句、他人の婚約者を奪い、堂々と此処におるのだからなぁ?」


国王の言葉にマナはへたり、と座り込む。

行く末を見守っていた生徒達、保護者達、そして教師陣を縋るように見ても、誰も助けてくれそうな人はいなかった。

己の父も母も、目を背けている。

デイルの側近ですら、目を背けている。助けてくれない。


『筆頭公爵令嬢の婚約者を奪った、聖女の役目を果たしていない傲慢な身の程知らずな子爵家令嬢』の頼みなど、誰が聞いてくれようか。

身分をひけらかすなど酷い、と言いながらも、誰よりそれをやっていたのは他でもないマナ自身。


今、全てのしっぺ返しを食らっているのだ。


「……お、お役目、お引き受け、しま、す」


観念するしかないとようやく悟って立ち上がり、ぐずぐずと泣きながら国王に向けて頭を深々と下げる。

デイルも、沈痛な面持ちでマナの隣に立ち、頭を下げた。


「でも、っ……あの、本当に、あたし…あの、こわく、て…!だから、……っく、助けてくださいルナリアさん!力を貸して!!お願いします!!!」


がばりと頭を上げ、ぐしゃぐしゃになった泣き顔でマナは必死に懇願した。


「嫌ですわ」


だが、返ってきたのはあまりにあっけらかんとした拒絶。


「ぁ……」


──────だって、わたくしは悪役令嬢ですもの。


表情だけでそう言い放ち、にっこりと、その日一番の笑みを浮かべてマナを見据えた。


「頼れば良いではありませんか。貴女様が()()()()()()()令息達を。貴女様の御味方はいーっぱい、いらっしゃいますでしょ?」


「あ、っ、あ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


ゲームのように、ルナリアは魔王は喚ばない。

でも、魔物は弱い訳ではないのだ。

普通に剣が通る魔物、通らない魔物。魔術のみしか効かない魔物、多種多様である。


「マナさん、とか仰ったかしら。王妃教育も、勿論せねばなりませんよ?」


泣き喚くマナに、冷たく王妃は言い放った。


「奪ったものの大きさ、責任の重さを、貴女はようく噛み締めなさい。デイル、そなたの王太子教育を一から、徹底的にやり直します。私と国王陛下が甘かったようですからね」


己の息子にも容赦はしない。


「まったく…祝いの席をこのような形で台無しにしおってからに…馬鹿息子が!仕切り直しじゃ!!予算は余の個人資産から全て賄う!日時を改め卒業パーティーを行うものとする!あぁそうじゃ学園長、この場の全ての生徒の家に対して詫びの品を余が贈る。そちらも直ちにリストアップした後、余に知らせよ」

「はっ!」


最後にデイルとマナをひと睨みして、国王は二度、大きく手を打ち鳴らして場の空気を一新させる。

国王陛下からの詫びの品、という言葉に場の生徒、親は歓喜し、歓声を上げた。

そんなもの、普通に生活をしていて貰えるものではない。

人々は感謝した。この愚かな喜劇に、主役の二人に。


「……馬鹿な人だったわね」

「お姉様、後悔なさってまして?」

「いいえ。後悔はないわ、…あんな人をひと時でも慕っていたわたくしが馬鹿だった、それを思い知っているところよ」


アリシアとルナリアは、引きずられていくマナとデイルを見送る。

ゲームの世界ならば己がヒロインであるというマナの気持ちも分からなくはなかったが、謂れもない罪を認めるつもりも、ルナリアを悪女にさせてやるつもりもなかった。


普通に、貴族としての役割を果たしただけ。


「お姉様、この後はお忙しい?」

「いいえ。今日は何も予定を入れてないから空いているわ」

「なら、あたくし達だけで祝杯をあげましょう!あぁ、ミトス卿とファリトゥスのおじ様も一緒に、四人で!」

「良い案ね」


折角のヘアセットが崩れないよう気を付けて、アリシアの髪をそぉっと撫でる。

猫のように目を細めて笑う彼女が可愛くて、ルナリアもついつられて笑い、そして口を開く。


「祝杯をあげてから…改めて国王陛下に謁見いたしましょう。我ら、四大公爵家と王家の付き合いについては、少し考え直さねばならないわ」

「えぇ、お姉様。王太子殿下と聖女は、ここまで突き放してやれば大人しいでしょうけれど…今後については改めて釘を刺さねばなりません」


二人の女公爵は、笑みを深める。


「わたくしを…わたくし達を敵に回すとどうなるか、改めて知らしめてやりましょう」

もう少し続きます。

お付き合い下されば幸いです。

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