堕ちていく①
「ルナリア様、朝から大変でしたわね」
特進クラスに入ってから声をかけてきたのは、幼い頃から懇意にしてくれている令嬢。
どうやら朝のあの騒動を見ていたらしく、苦笑いを浮かべている。
「何となく予想はできておりましたので、大丈夫ですわ。…でも、ありがとうございます、ファルマ嬢、……いいえ、ラピス伯爵令嬢」
「幼い頃からのお付き合いですわ、家名で呼ばないでとあれほど申しておりますのに」
「あら、令嬢の家にお邪魔する時は家名で呼んではいなくてよ?」
くす、とどちらからともなく笑う。
友といえど公と私は使い分けるし、学園では何処で誰に聞かれているのか分からない。いくら身分を問わない場とはいえ、ふさわしくない行動や言動をしてしまうと、それが己の評価に直結する。
友人との会話を楽しんでいると、特進クラスに入った他の友人、そして編入試験にパスした令嬢や子息に、あっという間にルナリアは囲まれてしまった。
「ソルフェージュ女公爵様、編入試験の件は本当にありがとうございます!」
「まぁ、ご丁寧にありがとうございます、ガネッティア伯爵令嬢。わたくしも知り合いから聞いたのですけれど、皆様優秀でいらっしゃるから、卒業までのほんの少しですがもっともっと内容の濃い授業が受けられれば、と思いましたの」
にこやかに、そして全員の顔を見渡しながら告げると、ラピス令嬢が代表として深深と頭を下げた。
「ルナリア様のその思いやり、感謝してもしきれませんわ。…本当にありがとう」
「頭を上げてくださいませ!時期が時期なだけに、ついていくのが大変かもしれませんのよ?レベルの高い授業も受けていただきたいけれど、もしや置いていかれないかと…わたくしそれが何より不安で…!」
「学べる機会は存分に堪能しなければなりません。お気になさらず、ルナリア様」
「ラピス令嬢…」
「そうですわ、ルナリア様!貴族だからこそ学べるだけ学ぶ。学ぶ場を私たちは知らないままここまで来てしまったのだから、その分励むだけです!」
「ガネッティア伯爵令嬢…」
そうだそうだ、と頷く姿にほっと胸を撫で下ろす。
貴族であることを驕るな。学べるだけ学べ。
高い身分であればある程、学ぶ必要はある。民あってこその貴族、王国。なのだが。
「けれど…王太子殿下の行動は本当に…」
「最近は成績も落ちてきていると聞きますわね」
「聖女様をおそばに置くようになってから、じゃないかしら…」
「聖なる力を使えるから、『聖女』様でしょう?でもあの方、それだけではありませんか」
「使えても何のお役目も果たされていないのなら…果たして聖女である意味はあるのかしら…」
思った通り。
「プリメラ家…でしたかしら」
「子爵家だから、仮に王太子様と結ばれたとしても王妃にはなれませんでしょう?せめて伯爵家以上でなければ、ねぇ…」
王妃になる資格として、まず家柄を問われるが最低でも伯爵家以上が必要である。
そして親ではなく本人の功績がどのようなものなのか。
貴族である以上、幼子でも成果を問われれば功績を挙げる。慈善活動への参加や手伝い、学院に入学していれば優秀な成績を収める、あるいは習い事で賞を取る。あげればいくらでも何らかの功績を挙げられるのだが、マナはそれらを一切していない。
「皆様、あまりそのような事を言うものではありません。そのような方々よりも、わたくしたちはここに居る間、学生として出来る貴族としての務めを果たしましょう」
「失礼いたしました…!そうですわね!」
「そろそろ先生が来ますね」
「皆様、席に座りましょう」
ルナリアの一言で空気も変わり、各々の席に座る生徒たち。その少し後に担当教員が入室し、授業が始まった。
内容は一般クラスにいた時よりも難易度は高く、教科書を使う事よりも互いの意見を述べ合ったりするもの。
また、現在の国内情勢に関しての資料には教科書に載っていない街の様子や市場の様子等、『今』の情報が載せられていた。
ただ教科書で学ぶだけでは得られない知識。指名されてから発言するのではなく、己から発言するという自主性を養うための時間。
ある程度ならば一般クラスでも経験は出来るが、あくまで教員主体の授業ではそうもいかない。特進クラスでは教員と生徒、それぞれが交代で主体になるからこそ出来る経験。
あっという間に午前の授業が終わり、ルナリアを含めた全員がほぅ、と大きく息を吐いた。
「凄いですね…」
「先生主導ばかりではなく、私達主導の場もあるだなんて…」
「色んな意見がこんなに聞けるなんて思っておりませんでしたわ」
「身分も関係なく互いの意見をぶつけ合うなんて、向こうのクラスではとてもできませんよ!」
目を輝かせる生徒達を見て、ルナリアは安心したように笑みを浮かべる。
余計なお世話にならなくて良かった、と思う反面、王太子達の現状の評判を聞けたのも大きい収穫だった。
「ルナリア様、本日のお昼はどうなさいますの?」
「ラピス令嬢。わたくし、久しぶりに学園のカフェテリアでいただこうと思っておりますの」
「まぁ、それならば是非ご一緒しませんこと?」
「是非!」
「私達もご一緒させてくださいませ!」
きゃあきゃあとはしゃぐ同級生につられるように、艶やかな笑みを浮かべたルナリアを見て令嬢達はうっとりとした表情になる。
「ルナリア様…休学なされた時は本当に心配しましたけれど…」
「もうすっかりお元気になられて、安心しました」
他の生徒の迷惑にならないように歩きながら、カフェテリアに向かう。
数あるランチメニューの中から何を食べようかと悩んでいると、甲高い声に思わずルナリアとファルマが耳を塞ぎかけた。
「あーーーーっ!!!!!!!」
「ちょっと何なの…あの喧しい方…」
「ルナリア様のこと、指さすだなんて…」
「えぇ…?」
他の生徒がひそひそと話す声ももちろん耳に届いている。
そしてドタバタと走る足音も勿論聞こえている。
ルナリア達の方向に一直線に複数人が走ってくると、男子生徒数人がガードするようにマナの前に立っているではないか。
「ルナリア嬢!貴様聖女様にまた迷惑をかけたな!」
「……………は?」
思ったより低い声が出たせいか、男子生徒がびくりと体を強ばらせる。
「どのようにして迷惑をかけたと?」
「せ、聖女様の教科書を破いただろう!卑怯ものめ!」
「いつ」
「今日だ!」
無駄に声を張り上げるせいで、カフェテリアにいる生徒たちの注目も集めつつ、白い目も向けられていることに気付かない彼らは、更に言い募る。
「勉学に勤しむ聖女様がそんなに気に食わないのか!」
「み、みんなやめてよ…!良いの、王太子様との噂の事もあるし…ルナリアさんがあたしのことを嫌いなのも分かっているから…」
「わたくし、本日より特進クラスに編入しておりますので…どのようにしてそれをなし得たのかお聞きしたいわ」
「え!特進クラス?!なによそれ!」
しぃん、とカフェテリアが静まった。
「あと、そちらの聖女様…?の、クラスも存じ上げませんが…そちらについてもお聞きしてもよろしくて?」
「は、はぁ?!」
プッ、と噴き出す声が聞こえると、カフェテリアのあちこちで笑い声が広まっていく。
「あの聖女様、何クラス?」
「Cとかじゃない?いや待って、…うん、確かCクラス」
「ルナリア様、一般クラスでもAだったよな?」
「そもそもクラス違ったら授業時間も微妙に違うんだけどねー…」
「え、えっ?えっ?」
オロオロと困惑するマナを白い目で見つつ、ファルマがルナリアの前に出る。
「ルナリア嬢が人を使って貴女の教科書を破いたと言うのであれば、その教科書に残る魔力痕から人を特定なさればよろしいのではなくて?聖女様の術の中には魔力痕の追跡も可能なものがあると、司祭様から伺っておりますわ」
はっきりと通る声で言われ、カアッとマナの顔が赤くなる。
「うるさいなぁ!誤魔化さないで!」
「誤魔化してなどおりません。何故、それをなさらないのでいらっしゃいますの?……『聖女』様」
ギリギリと歯を食いしばるような表情を浮かべつつも、悔しそうにルナリアだけをピンポイントで睨めるのはある意味凄いと思うが、やり口が杜撰すぎた。
まず、人はその人固有の魔力痕がある。
日常生活においてもその魔力痕は隠せない。魔力を持っていない人など居ないのだから。
どれだけ少なくても魔力は全ての人が持っているし、魔力無しの人はいない。
イタズラされたり、暴力を受ければ、その魔力痕を確認して追跡すれば良い。
主に犯罪を取り締まる警邏隊が磨くスキルの一つだが、『聖女』の持つ能力の中にもそれはある。しかもスキルとして得るものよりも遥かに高精度のそれが。
「逃げも隠れもいたしませんわ。さ、どうぞお使いになって?」
ファルマが促すも、マナはやろうとしない。
オロオロとただ居心地悪そうにしているだけだ。
「も、もういいわ!」
覚えてなさい!と言わんばかりに泣いて走り去る聖女の後ろ姿を見送り、オマケにそれを追いかける取り巻きの男子生徒達も見送る。
何事も無かったかのようにルナリア達はさっさとメニューを決めて、昼食を楽しんだのであった。




