閑話② 王太子
わたしには、婚約者がいる。
公爵家令嬢、成績優秀、魔力量も常人と比較にならないくらい高い、容姿端麗、全てを兼ね備えた、完璧な令嬢。
父が是非にと望んだ婚約だから、解消などできない。
だから、嫌だった。
父と母は、政略結婚にしては珍しく仲睦まじく、見ているこちらが恥ずかしくなるくらい互いを大切にしている。
政略結婚だと知らない人は、壮大なる恋愛結婚だと思うらしい。いや、思わない人はいないだろう。
わたしも、それに憧れたのだ。
だが、父からは無情にも『国』を考えた婚約者を用意された。
それがルナリア・イル・フォン・ソルフェージュ嬢だった。
母の用意した王太子妃教育係は、大変に厳しい事で有名な侯爵夫人だった。
背筋が伸びていなければしなる竹製の棒で背中を叩かれ、食器の扱いがなっていなければ同じく手の甲を叩かれていた。
可哀想に、と思ったから、わたしだけでも優しくしてやろうと思ったんだ。
幼い頃は大切にしていたと思う。わたしが笑いかけたらルナリア嬢も素直に笑いかけてくれていた。優しい言葉をかけたら、嬉しそうに微笑んでくれた。
けれどいつからだろう、彼女が完璧な令嬢の仮面を着けてしまったのは。
それでいいんだ、と思う反面、『なんだ、強くなりやがって』と思うもう一人の自分が毒を吐き続ける。
『教育係に気に入られたんだ』
『母上の友の娘だから贔屓されているに違いない』
『四大公爵家の筆頭家だから、父上にも気に入られているのではないか?』
『成績がいい事を褒めるわたしの家庭教師も気に食わない』
『自慢の婚約者』
『では、わたしはどうなるのだ。あいつの付属品か?』
ぐるぐると思考が回る。
そもそも最初の感情が間違えていたんだ。わたしの驕りが招いた考えであるなんて思うわけもない。
『優しくしてやらなければ』だなんて。
ルナリアは最初から分かっていたのだ。
家同士の婚約がどんなものなのか。
王家から打診のある婚約である以上、公爵家がいくら力を持っていようとも公爵家から断るなど以ての外。
分かっていて、良好な関係を築こうとしていたのは本当に称賛に値する。幼いのに、貴族の中の貴族なのだな、とも感じた。
でも、ルナリアの本当の笑顔は見たことがない。見せてくれない。
王宮騎士団団長の息子とはあんなに無邪気に遊んでいたというのに。
自分に対しては見せてくれる気配のない、取り繕わない笑顔。
それを、わたしは見たかったのに。
我ながらそこそこの執着心だと思った。
幼馴染という関係だから、見せられるものもあることに気付かなかった。
そして、王家から打診したとはいえ、ルナリアは婚約を喜んでくれていると思い込んでいた。
王妃となれる可能性があるのだ。
女の子は誰しも、お姫様に憧れるものだろうと。
王子様に見初められた女の子は、お姫様になれてとても喜んでいたから。
そうではない女の子もいるのだと、その考えには至らなかった。
自分も頑張っているけれど、ルナリアには敵わない。
彼女は王宮での王太子妃教育の他にも、母親から公爵としての教育も受けていたのだから、当たり前ではあるのに。
きっと、王家との婚約が無ければ、間違いなく彼女がソルフェージュの跡取りだと父も言っていた。
『息苦しい』
完璧な令嬢が隣にいて、微笑みかけてくれていて、嬉しいはずなのに嬉しくない。
父と母のように、互いを大切にし合った結婚が、したい。
そんな時だった、聖女であるマナに会ったのは。
天真爛漫、という言葉がぴったりの彼女は、ルナリアでは埋めきれない心の隙間をぴたりと埋めてくれた。
嬉しかった、自分も褒めてほしかった、ルナリアとセットではなく己自身を見てほしかった。
好きになるのは時間の問題だったから、今ある婚約をこちら有責で破棄されないように色々と策を巡らせている。
聖女の実家の身分では王太子妃にはなれない。王妃にもなれない。
精々愛妾止まりだ。
でも、この彼女を、失いたくない気持ちが大きすぎた。
なぁルナリア。
お前は認めてくれるだろう?
完璧な令嬢ならば、『王』になるわたしの願いも叶えてくれると、信じている。
あまりに身勝手だと理解していても、ルナリアは国の事とわたしの事、そして己の事を考えてくれるに違いないと。
そして何より、婚約者として音をあげない以上はわたしのことを少なからず愛してくれているのだと、思い上がっていた。
彼女から、好きだなんて一度も言われたことは無いのに。
マナとルナリア、二人を娶り、大切にしながらも将来は王として国のために全力を尽くそうと思っていたのに。
ルナリアが、マナに対してとんでもない扱いをしていると聞いてからは、わたしの中からルナリアの存在は消え失せた。
せめて今だけは、私の婚約者としてのいい夢を見させてやろう。
どうして相手の気持ちが変わらないと思えるのか、どうしてそこまで思い込めるのか、と。
周りを参考にしてみたら、とんでもねぇものが出来上がってしまったと我ながら思いました。まる。
ご都合主義満載の設定含めキャラ達なので、お許しくださいませ。




