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月に導かれて

作者: 和久井暁

銀のお髪のいと高き御蔵の主人は月の御殿で座して待つ。


銀の髪を持つと言うとても身分の高い神様は、月にある屋敷で座って待っていると言う。

何をかと言えば、他の女神の間で有名な噂では嫁となる女神を待っているともっぱら広まっている。

嘘かどうかもわからない話に胸を躍らせて、自分が屋敷に訪ってみようかとか、見染められたらどうしようとか話している。

他の神々から除け者にされたはるか格下の女神は「くだらない」とため息をついた。

自分の銀色の髪を見てはため息をまた一つ。

司るものが「死」と言う、人間や動物など、生き物に影響されるもので不吉、不浄として阻害されていた。

ただでさえ、神格の高い神と髪色が同じなのだから疎まれる格好のネタだ。

だからこの日も川ですり傷を洗っていた。

「あら、やだ。 こーんなところに出来損ないがいるわ」

そう言ってくすくす笑っているのは、鈴姫と織姫だった。

二人とも神格は中位で、神社に取り付けてある鈴と、すべての織物、衣裳の神。

「相変わらず見窄らしいわね。 髪はぱさぱさ、肌は傷だらけ、まともな装束さえ用意されないなんて」

白いワンピースのような服を着ている格下の女神と、唐衣と領巾を身につけた中位の女神達。

思わず格下の女神は苦々しく食ってかかった。

「誰のせいだとー!」

「生意気な口をきくんじゃないよ」

パシィッ

髪を掴まれ平手打ちをされる格下の女神。 細い足首を靴で踏まれ、痛みに思わず涙が出そうになる。

唇をキツく噛んで我慢し、女神達の手が緩んだ隙に姿を変えて逃げ出した。

――どこか遠くに――

瑠璃色に光る蝉になった格下の女神は、どこかの屋敷の庭に逃げ延びた。

「このまま夜が来るまで大人しくしていよう。」

夜がくれば、他の神々は眠りにつく。

荒くれ者の火の神や、剣の神などはたまに徘徊しているが、この屋敷の神だって夜ならば眠りにつくだろう。

体を抱えてまるまると格下の女神は微睡に沈んだ。

――?――

ゆらゆらと揺れる体、合わせるように視界も揺れる。

顔を上げると間近に目も眩むような美丈夫の顔があり、慌てて視線を外す格下の女神。

畏怖のためか、体がわなわなと震えている。

「よい、珍しい客人よ。 我を見よ」

声に逆らえない。 圧倒的な威圧。

低く穏やかな声、しかし有無を言わさぬ声に従い仰ぎ見る。

「ふふふ、泣かせるつもりはなかったのだがな」

顔を仰ぎ見ると、畏怖と不安、憧憬とよくわからない感情で涙が溢れた。

格下の女神は遅まきながら自分の体が、この遥か格上の月の男神にお姫様抱っこされ、腕の中であやされていることを知った。

「そのように怯えずとも良い。 まあ我の神威であれば詮なきことか。 これ、娘口を開けよ」

そう言われるまま口を恐る恐る開くと真珠のような大きさと艶のものを口に入れられる。

「そのまま飲み込め」

甘い乳のような味のする真珠を飲み込むと、「いい子だ」と頭を撫ぜられた。

「どうだ、まだ圧を感じるか?」

ふるふると頭を振ると、美丈夫の男神は顔を顰めて

「瑠璃色の蝉よ、蝉なら美しい声で鳴くがよい」

「は……い、申し訳ありません」

鈴が転がるような微かな声で答えた。

「よい、我の庭に来たは懸命であった。 先程の薬で足の傷も癒えたであろう」

「はい、御身を煩わせまして申し訳ない思いです。

何かお礼をしたいのですが、私にできることならばなんなりとお申し付けください」

すぐにも平身低頭したい格下の女神であったが、赤子のように抱きすくめる格上の神にこれ以上注文がつけられない。

「時間と運命を司る神がな、我に庭に篭って座して待てと言った。 いずれ結界を抜け、庭に降り立つ女神がある。 その女神こそ求めた伴侶なりとな。 というわけで我の嫁に来やれ」

愛おしそうに髪の毛を梳く手に頬を寄せたい。

格下の女神は、首を再びゆるゆると振って答える。

「私は不浄の身です。 貴方様に汚れがつかないうちに解放してくださいませ」

やんわりと手を振り解いた女神は、再び瑠璃色の鳥になって逃げようとするが、男神に捕まりがっちりと抱きすくめらてしまう。

身を小さくして、震える女神は複雑な気持ちでぐちゃぐちゃだった。

求めたいという衝動と、熱に浮かされたような歓び、早く去らなければという懸念と焦燥、感情や本能に抗いたい僅かな理性。

「逃げるな。 逃げようとすればより強く囲いたくなる。 我の腕の中でどろどろに溶かし、甘やかしたくなる」

――逃げようなどと考えれなくなる程にな――

低く、獰猛に笑う男神を見上げて、女神は苦笑した。

あぁ、なんて初恋だろう? 逃げ場もなくただ愛されるのを受け入れるだけなんて。

貞潔で、そこまで男女の事に疎くもなく、過ごしてきたけど、これはもう抗えない。 これこそ運命じゃないの……。

格下の女神は自分から拙い口付けをする。

本当に唇に唇を寄せるだけのような接吻を。

「愛いヤツめ」

ニヤリと男神が笑うと唇を貪られた。

そして二人は寝所に消えた。

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