危険じゃない怪異はいませんからね
前の取材は珍しい部類に入ります。毎回毎回、あのようなことが訪れるのも嫌ですけどね。疲れますし。
怪異は世間一般的に危険な分類の方が多い。
人知を遥かに超える存在なのだから。一般の人であれば、出会った瞬間逃げるか弱点を知っているかしないとその時点で終了です。
わざわざ蜂の巣を突いて蜂をだそうとするのは言語道断。
なのに無力な人は出向いていく。新しい世界を求め旅するネコのように。抑えられぬ好奇心に従って。
なので、
「弱点。ちゃんと調べてきたんですよね?」
怪異を一刀両断に伏したぼくは、音もなく鞘に納刀する。
怪異や妖怪はとある一説によると、風刺や目には見えない正体不明の恐怖を少しでも和らげるために作られたとされる。
見えない存在は、きっとこんな名前でこんな姿をしているのだろう。それが悪さをしているから気を付けようと。
昔の人達らしい豊かな工夫です。
だからこそ恐怖を振り払うために、必ず弱点というものを設定しているはずなんです。
「うん。だから大量に持ってきてたんだ。煙!」
そう言って秋野先輩が頼りなさげに取り出したのは煙草? 先に火がついているようで、煙が黙々と天へと上がっていく。ここ森ですよ。
ぼくはすっと煙草の先を握りつぶす。
「痛くないの?!」
「痛い痛くない以前に森ですからね」
煙草の火なんてたかが知れていますから。これよりも先祖と一戦交えた時の方が熱いものです。
「いやこれ電子タバコ」
「電子タバコ?」
「うん、氷濃が痛くないならいいの。うん……いいの」
見るからにがっくりと肩を落としていますけど、森林に火種を持ってくる方がダメですからね。
電子タバコが何なのかは分かりませんけど、きっと煙草と同じなのでしょう。火気厳禁です。
「他の怪異に出くわすかもしれませんし、帰りましょうか」
例え怪異にその気がなくとも、結果として人に害を成してしまうこともありますし。
それに、さっきから何かの視線を上の木陰から感じますし。ちらと目を向けると身を隠してしまった。そんなに怖いですかね。
怪異に感情がある。
いや、感情があるからこそ弱点が存在する? けどその弱点を作ったのは人間の方ですし……。
考えていても仕方ないですね。
「まだいるの!? じゃあ行くよ氷濃」
俄然やる気を増したとばかりに秋野先輩は上にこぶしを突き上げた。
「初心を忘るべからず。危ないので帰りますよ」
戻ってこれない場所にまで浸かりたくはないですからね。怪異の魅力にかかっている時点でもう遅いのですけどね。
残念そうに「ええぇー」と声を上げる秋野先輩の手首を取る。踵を返して、ぼくは来た道をさっさと引き返す。
「歩く! 自分で歩くから! 放して!」
そう言って秋野先輩が聞いた試しがありませんので。無視してぎゅーーーと。
「――ァ!! 人間じゃない! 人間の力じゃないって! お願いします放してください!」
――ササッ。
……なんでしょうか。
何かの気配を感じて、ぼくは歩みを止めた。
木の葉がざわめている? 風が吹いた様子はありません。コウモリの類ってわけでもなさそうですね。
それにこの、先祖との一戦で感じる独特のにおい……。
「そこですか」
秋野先輩を軽く突き放したぼくはすぐ隣にズレる。ヒュンと何かが通り過ぎていく。遅れて地面に突き刺さったのは小さな矢。
なるほど。怪異の仕業ではないですね。怪異は武器を使わないですから。
「あたし達狙われてる!?」
足をがくがくと震わせ、青ざめる秋野先輩。
「その割には妙ですね」
本当にぼくたちが標的なら真っ先に秋野先輩を狙うはず。不意打ち楽勝ですし。撃った後にぼくの動揺を誘うという手段も取れますから。
それをしないというと、狙いは最初からぼくだけだった可能性がありますね。怪異と間違えられたとかでしょうか。
こんなにか弱い女の子なのに。失礼ですねほんと。
「氷濃が無視するから罰が当たったんだよ! あたしすっっっごい!! 痛かったんだから!」
ほら見てこれと自分の腕を見せてくる秋野先輩。……心霊現象でおなじみの、赤い手の跡くっきり状態ですね。
これは……はい。痛そう。というより内出血起こしていません?
「申し訳ございませんでした」
「分かればよろしい! それよりどうしよう」
矢の件ですよね。追撃が来るかと思いましたけど……きませんね。においも無くなりましたし。
木の葉も落ち着きを取り戻したようです。ぼくが狙いではなくなったということでしょうか?
……あれ? 矢も消えている?
「……どうしますか?」
「帰る!」
そりゃそうですよね。命の危険もありますし。
ズカズカと気分を害したようで、地団駄に近い足取りの秋野先輩。ぼくは矢の気配がした方へと振り返る。
無差別なのが多い怪異とは違いますね。何となく意思のような物を感じましたし。
さては羽江さんと同じ神を宿す人たちでしょうか。何か面倒なことにならなければいいのですが。