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ワシワは、もともとこの土地の百姓ではありませんでした。と云いますのは、彼はある争いのせいで故郷を去ることになってしまい、仕方なくいまは百姓をやっているのだそうです。その故郷とは、美しき山と呼ばれ、その名の通り、鏡合わせのように左右対称で、季節によってちがった色合いを見せるたいへん美しい山だったといいます。
ワシワは、もともと美しき山のふもとにあるミネと呼ばれる集落に住んでおり、そこの民の長を務めておりました。ミネは山の恵みもあって、豊かに暮らしておりました。
ある日のことです。村は、百年に一度あるかないかの大嵐に見舞われ、甚大な被害を受けました。そのせいで、畑も、保管していた肉や魚も、駄目になってしまい,、自分たちの村だけの食料では暮らしていけなくなってしまいました。
ワシワは村の住人をあつめ、どうするべきか話し合いました。村人の老人たちの本音は、自分たちのちからだけで乗り越えたい、ということでした。しかし若者たちは反対しました。なぜなら、女はまだしも、病人や怪我人、子供は自分で狩りには行けないし、山菜やかろうじて残った食材も限られ、一番早く育てられるインゲンも、たべられるようになるまでには、一週間以上は必要。だから、そのあいだ、飲まず食わずでいなければならない者たちがでてきてしまうのです。しかも、村の慣習では年長者がいちばん最初に食べ物を渡され、残りを若者が受け取りますから、若者であればあるほど不満を覚えたのも無理はありません。そこでワシワは若者の意見を尊重し、外の者たちを受け入れる決断をしたのでございます。
翌日、ワシワは隣の村へ交渉へ向かうことになりました。またお供に村の若い衆二人と、年長者一人を連れて。
隣の村は、イケスという名の村でした。その村は、広い湿地帯にありまして、魚がたくさん獲れるのだそうです。だからすこしわけてもらえないだろうかと考えたわけです。
村に到着すると、さっそくイケス村の村長とワシワは話をしました。
しかし困ったことに、イケス村も先日の嵐のせいで食料が流されてしまったのだ、と云います。だから分け与えることはできないと。
そこをなんとか、とワシワとお供の若い衆は頭を下げます。すると、イケス村の村長はしばらく考えてから、こう云いました。
「わかった。魚は分け与えてやる。ただし条件がある。あの山に自由に立ち入れるようにしろ」
ワシワはうーうーと唸って考えました。いままでの掟では、何人たりともよそ者を近づけてはならない、とされてきたのに、食べ物がないからといって、それを破っても良いものなのだろうか、と悩んだのです。すると、若い衆がワシワにこう云いました。
「ワシワさん、飢餓で村の皆が死んだら本末転倒ですよ。ここは大人しくイケス村の村長の提案を受け入れましょう」
一緒についてきた年長者は良い顔をしませんでしたが、ワシワは若い衆の意見を聞くことにしました。ただし、山の山菜や動物は勝手に狩ったりしないことを条件にして。
イケス村の村長はそれで構わないとのことだったので、ワシワはイケス村の村長と約束を交わしました。
そのおかげでワシワは、村の食料として十分な量の魚を手に入れて帰ることができました。魚を持ち帰ったのを見たミネ村の人々は、これで一安心、と思ったことでしょう。