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蝉がじーじーと鳴く季節。わたくしは、海を渡り、聞き込みで得た手掛かりをもとに、東の島へと渡る決意を固めました。というのも、陛下もご存知かと思いますが、不老長寿の薬を求めて出て行ったまま行方不明になった徐福も訪れたやも知れぬ場所でありましたから、それを知った時、わたくしの頭に、はっと一つの命が天から舞い下りたのでございます。『蓬莱を目指せ』と。
これはきっと天子のお告げに違いない、と思い、さっそく船を調達して海へ繰り出しました。
数日後、わたくしは辺境の地を護衛と一緒に、汗水たらしながら歩いておりました。まったく酷い者です、わざわざ大風の時期に海を渡って来たというのに、迎えの一つもないのですから。ちょうどいい岩があったので、ちょっと人休みだ、となった時に、足元をふと見たら靴が破れているではありませんか。
こんな靴を履いていたのではみっともない、そう思って、護衛の中に予備の靴を持ってきている者がいないか尋ねたところ、全員予備など持ってきておらず、仕方なく誰かの靴を借りようとしました。しかし護衛の足はわたくしの足より一回り二回り大きいものですから、護衛の靴を借りるは良いがその間、護衛は裸足。これから山道を抜けようというのに、これでは怪我で立ち往生してしまう。そう頭を悩ませておりました。すると、たまたま通りがかった百姓が品のない口調でわたくしに話しかけました。その百姓は年老いた男で、長いひげを生やしております。
「おい、どうした、靴が壊れたか?」
わたくしはびっくりいたしました。その百姓は流暢な言葉でわたくしに話しかけるのです。
「見ればわかるだろ」
ただ、見た目は乞食同然。まともな漢服を着た人間が珍しいのでしょう。しかしこれは見世物ではありませんし、乞食の相手をしている暇などございません。そこでわたくしは、冷たくあしらい、追い払おうとしました。しかし百姓のほうはちっとも動揺せずに話を続けます。
「嘘は言わねー、そんな靴じゃ、この先の山脈は抜けられねー、そんな穴のあいた靴じゃすぐに怪我する」
「ではどうしろと言うのだ」
「代わりの靴をやってもいいが、百姓の靴じゃあんた気に入らんだろ。だからその靴、直してやろう」
これは願っても叶ったり。わたくしはその案を承諾しようと、首を縦に振りそうになります。しかし待ってください。こんな都合の良いことがあるでしょうか。どっからどう見ても不自然です。そうして、はっ、と思いました。この百姓はきっと野盗に違いない。靴を直すと云って隠れ家へ誘い込み、油断した隙に身包み剥ぐつもりだと。
「貴様……正体を明かせ!」
「は?」
「とぼけるな! 貴様、野盗だろ! 油断した隙に襲い掛かるつもりだろ!」
「悪いが兄さん、わしにあんたらをどうこうする力なんてありゃーしない。それに周りを見てみな、ここら一帯にあるのは田んぼと畑。ましてや、あんたらのことを知ってる者なんてだーれもおりゃーせん」
周りを見渡しました。すると百姓が云う通り、あるのは田んぼと畑だけ。隠れられる場所なんて一つもありません。わたくしはいったんはこの百姓を信じて、靴を直すことを許すことにしました。
「わかった。それでは直せ」
「はいはい、そんじゃ、まずは家に来なさい」