表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

光と闇

 僕は猫。

 全身茶色の毛並みが自慢の、一歳になったばかりの男の子だよ。

 で、名前は『みかん』

 何て言えばいいのかな、最初はもっとこう『龍之介』とか『政宗』みたいな格好いい名前がいいなって思ってたんだけど、『みかん』は大好きなママが付けてくれた名前だから、今では結構お気に入りになっちゃった。


 そうそう、どうして『みかん』って名前になったのかって言うと、ママが初めて僕を見た時に、茶色い毛並みが夕日を浴びてオレンジ色に見えたからなんだって。

 どう見てもオレンジ色には見えないと思うんだけどな~。


 好きな事はお昼寝。

 特に今日みたいにお日様がポカポカ輝いてる日なんかは最高だよ。

 お昼寝だけじゃなく、朝寝でも夜寝でもどんと来いって感じで、いくらでも寝ていられるよ。

 それこそ、お腹さえ減らなきゃ朝から晩まで一日中ずっと寝ててもいいんだけど、そうも言ってられないからそろそろママを起こしに行かなきゃね。

 ママは凄くお寝坊さんだから、僕が起こしてあげないとご飯を作る事も忘れて眠り続けちゃうんだ……困ったもんだ。


『ねぇママ! そろそろ起きないとお昼になっちゃうよ!』


 むっ……いつもならお顔をペシペシするだけで起きるのに、今日はなかなか手強いな……。


『マ~マ~! お腹空いた~! ご飯作って~!』


 むむむっ……何度ペシペシしても、お顔や手を舐めても反応がないぞ……。

 おかしいな……いつもと何かが違う気がする……。

 ママが起きない事もそうだけど、何だかお外が静かすぎるんだよね。

 いつもなら近所の小母さん達が集まってペチャクチャと何時間もお話してるのに、どうして今日は誰も来ないの?

 縄跳びやボールを持って騒いでる近所の子供達は?

 お散歩してるお爺ちゃんも、自転車に乗ってお仕事に行くお兄さんも、どうして今日はお家の前を通らないの?

 良く分からないけど、不安な気持ちになった僕は慌ててお外に飛び出した。

 でも、お耳を澄ませてみても不気味なくらい何も聞こえてこない……。

 目を閉じて両耳に神経を集中させると、あちこちで微かに犬や猫たちの悲痛な泣き声が聞こえる。

 いったい何が起きてるんだろう。

 僕は急いで声の聞こえる方へと走って行った。


『起きてよご主人様!』

『うえ~ん……ママが起きてくれないよ~』


 どのお家を覗いてみても犬や猫が必死になって人間に呼び掛けている。

 もしかして動物達はみんな起きてるのに、人間だけが眠ってる?

 なぜ? どうして?

 

 訳が分からなくなった僕は、近所の空き地に住んでる野良おじちゃんの所へと向かった。

 野良おじちゃんって言うのは十六歳になる大きな犬で、この街の事は勿論、それ以外にも色んな事を知ってる物知りさんなんだ。

 きっと今回の不思議な出来事についても何か分かる筈だよ。


『野良おじちゃ~ん!』

『みかんか……お前さんの言いたい事は分かっておる……』


 どうやら野良おじちゃんも街の異変に気が付いてるみたいだった。

 僕の考えた通り、街中の人間だけが目覚めずに眠り続けてるみたい。


『何が原因なの? ママが起きなかったら……僕は……僕は……』

『しっかりするんじゃ! この事件の首謀者は分かっておる、まずはそいつを捕まえる事が先決じゃ!』


 凄い凄い! やっぱり野良おじちゃんは頼りになるや!


『いったい誰がこんな酷い事をしてるの?』

『うむ……そいつの名前は”闇”じゃ』


 野良おじちゃんは順を追って僕に説明してくれた。

 生き物が夜になると眠くなるのは、暗くなるとやってくる”闇”の力のせいなんだって。

 本当なら”闇”は生き物を眠らせる事で疲れを取ってくれる良い存在の筈なんだけど、なぜか今回は人間だけ起こさなくなってるみたい……。

 何かの間違いがあったのかもしれないけど、もしワザとやってるんだったら絶対に許さない!

 でも、どうやって”闇”を捕まえたらいいんだろ……。


『ねぇ野良おじちゃん、”闇”の居場所なんて分かるの?』

『”闇”はどこにでも居るんじゃ……だから、こちらから場所を決めて誘い込んでやればいいんじゃよ』


 野良おじちゃんは”闇”を捕まえる場所に心当たりがあるみたい。

 あ……でもちょっとだけ待って!

 そこに行く前にママの所に寄らなきゃ……。


 ママは朝ごはんも食べずに眠らされてるから、”闇”を捕まえて目が覚めた時に、お腹が空き過ぎて泣いちゃうかもしれないでしょ?

 ママが悲しいのは嫌だもん。

 だから枕元に美味しいカリカリをたくさん置いてあげなきゃ……。


『ママ……僕が絶対にママを助けるから、もう少しだけ待っててね』


 準備を整えた僕は野良おじちゃんと一緒に裏山の洞窟にやってきた。

 洞窟の中は真っ暗で何も見えない。


『今この洞窟の中は”闇”で溢れておる……そこを人間が持っているライトと言う道具で照らすとどうなると思う?』

『”闇”が消えて明るくなる……』

『そうじゃ! だからお前さんには洞窟に光が満ちる前に……”闇”が逃げてしまう前に捕まえてもらいたいんじゃ』

『え! ぼ、僕が?』

『年老いた儂には無理じゃが、素早いお前さんなら必ず出来る! お母さんを想う強い心を信じるんじゃ!』


 そうだ……僕がやらなきゃママは目覚めない……。

 やってやる! 絶対に”闇”を捕まえてママを助ける!


『行くぞ、みかん!』

『はい!』


 野良おじちゃんがライトを付けると一瞬で洞窟内が明るくなった。

 でも僕はその、光が満ちる刹那の瞬間を見逃さなかった。


『そこだ!』


 確かな手ごたえが肉球に伝わって来る。

 でも、次の瞬間僕は自分の目を疑った。

 そこには真っ黒なドレスに身を包んだ若いお姉さんが居たからだ……。


『ご、ごめんなさい! ”闇”を捕まえようとしてたのに間違えて……』

『力を緩めるなみかん!』


 野良おじちゃんが大きな声で叫んでる。

 でも、この人はどう見ても人間のお姉さんだよ? たまたま洞窟に入ってたのを僕が間違えて押さえ込んじゃったのかもしれないし、だったらすぐに謝らなきゃ!


『よく考えるんじゃ……この街で目を覚ましてる人間は一人も居ない筈……なのに、なぜこの娘さんはここに居て、しかも目を覚ましてるんじゃ?』

『そ、それは……』

『考えられる事はただ一つ……この娘さんが”闇”なんじゃ』


 そんな……このお姉さんが”闇”?

 全然悪い事をするようなお顔に見えないよ?

 なぜ? どうしてママ達に酷い事をするの?


『私が”闇”ですか……』

『そうじゃ、違うと言うのなら反論すればよかろう』 


 ”闇”のお姉さんは大きな溜息を洩らした後に、静かに静かに話し始めた。


『多くの生き物は私の事を”光”と呼ぶのですが……心が穢れている人間だけは私を”闇”だと感じ取っているようですね……』

『なんじゃと?』

『私の事が”闇”だと感じられるほど、あなた達は人間の毒に侵されているんですね……可哀そうに』


 何を言ってるの?

 お姉さんが”光”? 人間が毒?


『ふん、光と闇は表裏一体……正義と捉えるも悪と捉えるも、全てはその者の心次第と言いたいんじゃろ……宗教家や偽善者がよく使う詭弁じゃ』


 何か難しいお話になってるけど、そんな事はどうでもいいよ!

 どうして人間に酷い事をするの! 早くママを目覚めさせて!


『私は全ての命ある者に光を与え、この世界が平穏で包まれるように努めてきました……人間の愚かな行動にも目を瞑り、いつかは改心してくれるだろうと信じて見守ってきたのですが……でも、もう限界です……人間は全ての生き物にとって……いいえ、この世界の全てにとって”悪”以外の何物でもありません』

『だからママや人間達を眠ったままにしてるって言うの!』

『そうです……せめて眠ったまま苦しみを知らずに消滅させる事が、私が人間にしてあげられる最後の愛……』


 何を言ってるのか分からない……人間は……人間は悪なんかじゃ……。


『どうして人間を庇うのです? あなたのお母さんが人間に何をされたのか忘れたと言うのですか?』

『みかんのお母さんじゃと? いったい何の話じゃ? この子のお母さんはお前に眠らされてるじゃろ!』


 野良おじちゃんが僕と”闇”のお姉さんを交互に見ながら不思議そうな表情をしてる。


『野良おじちゃん……ママは……人間のママは、本当のママじゃないんだ……』

『なんじゃと!』


 野良おじちゃんは驚いてたけど、僕は一年前の出来事を淡々と話した。

 そう……それはまだ僕がようやくヨチヨチと歩けるようになった頃……。

 僕を生んでくれた本当のママに寄り添って、兄弟達と楽しく遊んでいた頃のお話……。


 その日は何だか隠れ家の周りが騒がしかった……。

 見上げると小さな人間が大声で何かを叫びながら、火のついた紙を投げてきた。

 ”爆竹”と呼ばれてるその紙は僕や兄弟達の前で大きな音を立てて飛び散ったんだ。

 ママは必死に僕達を庇おうとしてくれたけど、小さな人間はママを掴むと遠くの方へ投げ捨てた! 

 逃げ惑う兄弟達も掴まれて体に爆発する紙を巻き付けられた!


『やめてよ! どうしてこんな酷い事をするの!』


 次々に爆発する紙でフラフラになった兄弟達と、投げ捨てられて大怪我をしたママを襲うように人間が乗った”車”って言う鉄の塊がやって来て! みんなが! みんなが!


『もういい! 辛い事は話す必要は無い!』


 野良おじちゃんが僕をギュって抱きしめてくれたから、少しだけ落ち着く事が出来た……ありがとうね、野良おじちゃん……。

 その後も僕はポツリポツリとお話を続けた。


 一人ぼっちになった僕は怖い人間に見つからないように、何日も何日も軒下で隠れてたんだ。

 でも、ある日また小さな人間に見つかっちゃって……。

 しっぽを引っ張られ、体に落書きをされ……そしてお髭を切られそうになった時に、大きな人間が現れたんだ。

 大きな人間は、小さな人間に向かって『あっちに行きなさい!』って叫びながら叩いて追い払ってくれたけど、この後大きな人間に何をされるのか不安で仕方が無かった……。

 でも、大きな人間は震える僕を優しく抱きかかえて運んでくれたんだ……。

 連れて行かれたお部屋は凄く暖かくて……敷いてあった毛布は凄く柔らかくって……。

 何が起きたのか分からない僕に、優しく笑いながらミルクを飲ませてくれた人間……それが今のママ……。

 

『なるほどな……辛い事もあったが、それ以上の幸せを手に入れられたんじゃな』

『うん……本当のママや兄弟達の事を忘れた訳じゃないけど……今が幸せだから……だから思い出す事が少なくなってきてるの……』

『それでいいんじゃよ、辛い事をいつまでも引きずっていては前に進めんからの』


 僕と野良おじちゃんが話していると、納得いかない表情で”闇”のお姉さんが声を荒げてきた。


『何故です! 人間に酷い目に遭わされているのに、どうして人間と一緒に居て幸せになれると言うのですか! 人間に庇うだけの価値があると思ってるのですか!』


 ”闇”のお姉さんの質問に対し、僕は静かに首を横に振った。

 確かに酷い事を平気でする悪い人間は居るよ……本当のママや兄弟達がされた事は絶対に許せない……。

 でも、人間の全部が悪いだなんて僕は思わないよ!

 今のママに出会えたから僕は幸せになれたんだ!

 悲しい現実も、ママが居てくれたから乗り越える事が出来たんだよ!


『”闇”のお姉さんがこの世界の事を考えてくれてるのは分かるよ……でも、聞こえない? 大勢の犬や猫が泣いてる声が……大好きな人が……掛け替えの無い人が目覚めずに悲しんでいるみんなの声が』


 …………。

 …………。

『ご主人様~! どうして起きてくれないんですか!』

『ママ~! ママ~!』

『うぇ~ん……早くおっきしてよ~……』

 …………。

 …………。


『みんなみんな人間と一緒に居る事が幸せなんだ! 人間が大好きなんだ! 僕達の幸せを奪わないでよ!』

『人間と居る事が幸せ……ですか……』


 心なしか”闇”のお姉さんの表情が緩んだ気がする。


『私が間違っていたのかもしれませんね……』

『それじゃあ!』

『はい……あなた達の声に免じて、人間達にもう少しだけ猶予を与える事にしましょう』


 そう言った次の瞬間、”闇”のお姉さんの体が真っ白な光を放ち、輝きだした。

 ま、眩しい……。

 でも暖かくて、優しい感じのする光だ。

 耳を澄ますとさっきまで悲しみに支配されていた街が歓喜の声で包まれていく。


『ママは! ママはどうなったの!』

『もう眠りの世界から解き放たれている筈ですよ』


 やった~! 僕はママを守り切ったぞ!

 そのあと僕は野良おじちゃんと”闇”のお姉さんに別れを告げて、お家へ向かって走って行った。


『野良おじちゃん! ”闇”のお姉さん! ありがとうね!』

『うむ、お母さんと幸せにな』


 遠くにお家が見えてきた。

 でも、本当にママは目を覚ましてるのかな……。

 もしもママだけ起きてなかったらどうしよう。

 不安を振り切るように玄関の扉を開けると、そこに待っていたものは……。


 優しい笑顔で僕を迎えてくれる、大好きな大好きなママの姿だった。


『ママ~!』


 …………。


 ………。


 ……。


 …。


「あらあら、みかんちゃんったらこんな所でお昼寝して、しょうがないわね……それにしてもお手々をピクピク動かして、どんな夢を見てるのかしら?」

『ムニャムニャ……ママは僕が絶対に守るニャ……』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ