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保育士への道

作者: 竹宮小央里

 私の母は保育士免許取得のため、学生の時、東総地区のK学園に二週間の実習に行ったという。


実習生というと、実習先の評価をもらうため、どうしても頑張ってしまうのだろう。朝六時に『太陽にほえろ!』のテーマで起こされ、掃除、朝食、後片付けと続く。


彼女は毎日、朝、昼、晩の五百個ずつの洗い物を担当した。二人で洗うはずだったが、いつも一人だった。


要領の良い実習生は逃げてしまったらしい。少しでも、ぬめりがあると、たとえ二百五十個洗っても、ホール係の職員に「最初からやり直し。」とたしなめられた。


世の中は本当に厳しいものだ。と彼女は痛感したという。


 けれども、ある日O君という男の子と仲良く話をするようになった。養育に欠ける子を預かる。幼児舎の四才の男の子だった。「明日、かあちゃん会いに来るよ。」O君は目をキラキラさせて言った。


「良かったね。」O君にそう声掛けをした。翌朝、O君は起床後すぐに、玄関前の階段に腰を下ろしていた。


胸にはちょっと汚れた『ど根性カエル』のTシャツを着ていた。


「これ、かあちゃん買ってくれたんだ。」O君はそう言って笑った。


「これ絶対脱がないんだよ。」担当の保育士さんがそうこぼした。


彼女は朝食を食べずに、座っているO君の為におにぎりを作って持って行ってあげた。


夏の暑い日であった。容赦なく暑い日差しがO君に降り注ぐ。


母は自分の小遣いから、ジュースを買ってO君に差し入れした。


お礼を言ってそれを一気に飲み干すと、O君は学園の入り口にあたる長い坂道の上り坂を見つめ続けた。


O君は母親がきっと来てくれると信じきっているようだ。それは、胸が切なくなるようなO君の悲痛な願いだった。


夜八時になり、蚊に刺されながらも、O君は母親を待ち続けた。昇降口の小さな灯りがポツンと灯っているだけである。 母が恋しくて、暗くても座り続けているのだ。


彼女はO君の隣に座って声をかけた。「もう夜だから今日は来ないかもしれないよ。」


ガンとしてその場所をどかない彼はついに石段で眠ってしまったが。男の職員がそっと彼を部屋へ運んで行った。


母を慕う一途な子供の心を思い知らされ、彼女は出来ない約束を子供と交わしたら絶対ダメなんだ。という事を心に刻み込んだという。


翌日もO君の母は現れなかった。「かあちゃん何かあったんだ。きっとそうだよね。そうでしょ?」


そう尋ねるO君に私の母は話を合わせる事しかできなかった。

 

その経験から、今も彼女は安請け合いはしない人のように感じている。子供の一途な心を振り回す事は世の中で一番いけない事と彼女は今も信じ続けているのだ。


 余談だが、一週間後、O君の母は洗い替え用にと、『ど根性ガエル』のTシャツをもう一枚持ってきたという事は、言うまでもない。

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