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前の世界へ

 


 イラとシウは凄いスピードで森を抜け、砂漠地帯を通り抜ける。


 パ、パ、パ、とまるでスライド写真のように景色が切り替わっていく光景は、シウの能力でないと見られない光景だ。


 空間操作の能力。それがシウが持っている祈る者(オラシオン)としての能力だ。こちらの世界ではほぼ全員が何らかの特殊能力を持っているらしいが、向こうの世界では神様に選ばれた人間しか使うことが出来ない。


 それ故に、その選ばれた者たちは祈る者(オラシオン)と呼ばれ、時には崇拝の対象に、時には畏怖の対象になっていた。


「シウちゃん。マナの量は大丈夫か?」


 祈る者(オラシオン)は体内のマナの量に応じて、能力の威力、持続時間が決まってくる。どれだけシウが急いでも、6時間は能力をぶっ通しで使わなくてはならない。正直、生体マナの量が多いシウではあるが、ぎりぎりになるだろうとイラは予想していた。


「平気。最後まで持たせるくらい、出来るわ」

「すまない。頼む」


 このくらいはね、とシウは笑う。この能力は、戦闘用には殆ど使えない。他人に触れ、シウのマナを受け入れて貰わなければ飛ばすこともできない能力。


 撹乱や逃亡にはうってつけの能力だが、火力的な面で見るとやや不安の残る能力だった。ならば、こういう力を発揮できる場面くらいでは頑張るしかない。


「イラは、本当にいいのね?」

「まぁ、結局あっちの世界で大切だったものは、全部無くなっちゃったからな」

「そう」


 イラとシウが育った場所は、劣悪極まりない場所だった。奪って奪われは当たり前の世界。今よりももっと子どもだった自分たちは無力で、無知で。色々な物を失った。


 未練がないと言われれば、その通りであるとしか言いようがない。少なくとも、レイモンドと世界を天秤に掛けて、レイモンドを迷いなく選べるくらいには、イラはあの世界に失望していたのだ。



侵略者(アグレッサー)。それがお父さんの向こうでの呼び名よ」

「何で、侵略者(アグレッサー)なんだ?」

「人を殺すの。異形の者を率いて、ただただ人間達を殺していく。それは人間を根絶やしにして、世界を奪うためだとあちらでは思われていた。だから、侵略者(アグレッサー)


 イラは首をひねる。


「でも、親父はマナを補充するために向こうに行くわけだろ?なんで殺すんだ?」

「さぁ、それは本人に聞いてみないと」

「そもそも、なんでこの世界はこんな仕組みになっているんだろう。俺たちは、俺は、知らないことばかりだな」


 そうね、とシウは頷いた。前を見れば、夕陽が沈みかけ、世界を血の色に染めていた。


 きっと、自分たちがこれから歩くのは、このように血に染まった道になるのだろう。勇者であるイラの道は、もっと険しいものになるのかもしれない。


「ねぇ、イラ。もしもあちらの世界で侵略者(アグレッサー)に無慈悲に、無意味に人が殺されそうになってたら、貴方は見捨てられる?」


 きっと、父がしようとしているのはそういうことだ。


 “それをお前は見ているだけのことができるのか?”


 シウは、そう尋ねていた。



 だから、イラは笑ってやった。

 何言ってんだよ、と笑って言ってやった。


「意味なく殺される奴なんて、世界中に溢れかえってるだろ」


 自分たちは、散々それを見てきたではないか。あの暗い街で、ずっとずっと見てきたではないか。そして、そんな自分たちの境遇は特別なものではない。イラとシウよりも不幸な目に遭ってる人間なんて、星の数ほどいる。


 だから、自分達の見てきた光景は、ありふれたことなのだ。


「どうせ俺たちは神の祝福を受けられなかった人間だ。でも、だからこそ、俺たちは道理にも、法にも、神にだって縛られない」


 イラは瞳に剣呑な光を宿して、嗤う。



「俺の往く道は、俺だけが決められる」



 ──無論、誰を助けるかも。




 シウはそんなイラを見て、ゾクリとしたものが背筋に走るのを感じる。


 イラは、暴君だった。思い通りにならないものは、全てねじ伏せていく。今までは平和な日常に、父の愛によって隠されていた本性。ただ、今その鎖は解き放たれた。


 彼を阻む物は何も無く。

 後に残るのは残骸だけ。

 何者にも止められない、玉座を持たないちっぽけな暴君。


 それでも、後を付いていくと決めたのは自分だ。喰らい付いていくと決めたのは自分だ。


 だから、絶対にこの手だけは離さない。


「………っ、あれだ!」


 儀式の遺跡が遠くに見えた。周りを石の壁で囲まれており、屋上の中心には祭壇がある。途端に感じる、物凄いマナのうねり。ビリビリと痛いくらいに身体に伝わるそれに、2人は歯をくいしばる。


 祭壇の中心に見える、黒い靄の渦。まさか、アレが異世界への門だとでもいうのだろうか。


「もう門が開いてる!!」

「お父さんは!?」

「いない!というか、門小さくなってってるぞ!」


 もう行った後か、とシウは舌打ちを零すと、さらに飛ぶ距離とスピードを上げる。そこで、気づく。祭壇を囲むように展開されている術式に。


「結界…!!」


 シウの空間転移は、結界の中に飛ぶことは出来ない。それを分かっているイラは、その手にマナを集中し始めた。


「一点に集中して結界を撃ち抜く!!その間を縫って、飛べるか!」

「少しでも穴を開けてくれるなら、やってみせる!!」


 流石に疲れの色が見え始めているシウだが、力強く頷いてみせた。


「よし!」


 イラの手の魔方陣にマナが集まり始め、それが小さく球状に凝縮されていく。そして、いよいよそれが限界に達した時、イラは声を上げた。


「割れろぉぉ!」


 イラの手から細い光線が放たれ、結界を突き抜ける。そして、光線が消えた後に見えるのは小さな穴だ。


「シウちゃん、今だ!」


 パキパキと修復していく結界。だが、その穴が完全に閉じなければ、自分たちは飛べる────!!


 シウは最大の力を込めて空間を弄る。細いマナの糸を、穴の中心に向かって放ち────、次の瞬間、2人の姿は黒い渦の真上にあった。


 後は、もうそこに向かって落ちるだけだ。護衛のためか、儀式の準備のためか、何人かいたローブを着た者たちの驚いた表情が見えるが、そんなことはどうでも良かった。


 イラはシウを抱き寄せ、言った。


「よっしゃあ!シウちゃん、戻るぞ。俺たちの居た世界、オルヴェールに!!」

「うん!」


 シウも強くイラに抱きつく。絶対に離さないというように、強く強く抱きしめあって。


 2人は、黒い渦に呑まれて消えた。





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