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家族に。

 



 この世界は、ギリギリだ。もうずっと、永い永い間滅亡の危機に瀕している。状況は一向に好転しないが、暗転もしない。


 それは、何人かの選ばれし“率いる者”が命を賭して世界を救うからだ。


 それが何千年も続いてきた、この世界の在り方だった。



 *********



 一瞬で、空気が凍った気がした。


「……今、何て?」


 いつも冷静なレイモンドが、緊張しているのか、あまりにも驚いたためか、コップを持つ手が軽く震えていた。イラにはそれがとても新鮮だった。


「いつ殺されても、仕方ないと思っていた」

「………………」


 レイモンドは、声が出ない。覚悟はしていた。だけども、ずっと何処かで思い込んでいたのだ。何も知らない子どもである、と。


「俺は、レイやアイザックにとって敵である勇者。だから、レイは最初出会った時に俺を殺そうとした」

「…………そうか、そこまで分かっているのか」


 レイモンドは顔を伏せ、そして、ゆっくりとその手をイラの首に伸ばした。イラは別に抵抗しなかった。


「……何故?」


 レイモンドは尋ねた。イラは、抵抗する理由がない、と答えた、


 レイモンドは首をひねる。抵抗する理由が無いとはどういうことだ、と。このままレイモンドが力を入れれば、イラの首を折ることも締めることも簡単にできる。


 まさか、殺されないとでも思っているのかと視線とイラに視線を向ければ、彼は静かに首を振る。


「殺されても、いい。レイになら」


 その時の自分は、凄くマヌケな顔をしていただろう。驚愕に染まったレイモンドの表情を見て、イラは笑った。


「…………助けて貰ったお、お、」

「恩義」

「そう!助けて貰った恩義くらいは、感じている。死ぬのが、今か前かだけの違い」


 ただ、とイラはその顔から笑みを消す。


「シウちゃんは、殺すな」


 それは、最初に出会った時と同じ目だった。


「……ずっと、そう思っていたのか。ずっと、その考えを胸に秘めて、私に向かって笑いかけていたのか」


 レイモンドの言葉に、イラはニヤリと口角を上げる。今の状況に不釣り合いなその笑顔に生まれるレイモンドの戸惑いも知らず、イラは元気よく答えた。


「レイは、どうせ俺のこと殺せないと思ってた!」


 レイモンドは「は?」と固まった。そんなレイモンドの顔を見たイラは、今にもVサインをしそうなくらいドヤ顔をしている。


 数秒か、あるいは数分の時が経過した後、ようやく言葉の意味が自分の中に降りてきたのか、レイモンドは肩を震わせて笑った。


「は、ハハッ!……全く、お前は大した勇者さまだよ」


 レイモンドはイラの首から手を離す。いいのか?とイラが視線だけで問いかけてくるが、レイモンドはイラの頭をクシャクシャと撫でるだけに留めた。



 そして、イラとレイモンドは沢山話をした。



 イラとシウが孤児で、やってはいけないことにも手を染めたこと。化け物に襲われてこの世界に落ちてきたこと。左眼の紋章はその時に出来たものだということ。


 レイモンドは自分には家族と呼べる家族が居ないこと。アイザックだけが昔からの腐れ縁であることなど。



 夜が明けるほど語り尽くして、尽くして、尽くして、2人はいつの間にか同じソファで寝ていた。


 イラはいつも通りといえばいつも通りだが、レイモンドにしては珍しいくらい寝相が悪い。


 2人して大口を開けて眠る様は、まるで普通の親子のようで、その様子をドアの陰から見ていたシウはクスリと笑った。






「良いのかい?」


 シウが2人の部屋から立ち去ろうと歩を進めると、後ろからそんな声がかかった。シウはその声に驚くわけでもなく、足を止め、後ろを振り返らずに答えた。


「貴方こそ、いいの?」


 アイザックは何が、と聞いた。シウは分かっているでしょう、と咎めるように言った。


「レイにイラを傷つける気がないなら、私は良かった。だけど、レイは…………レイにとっては、殺していた方が────」

「はい、そこまで」


 いつの間にか目の前に来ていたアイザックにデコピンされ、シウは目を丸くした。いつ前に来たのか、全く分からなかった。アイザックはそんなシウの様子に苦笑を零す。


「賢いっていうのも困りもんだな。知らなくていいことまで考えちまう。イラに勇者のことを教えたのもお前だろ?」


 シウは頷く。勿論、変化がない限り何も言うなとは言っておいたが、最低限の警戒事項として伝えておいた。だが、イラは別段驚いた様子は見せなかったので、自分がレイと敵対する存在だということは薄々と気付いていたのかもしれない。


「なら、お前の懸念事項はこれで解消された筈だ。レイはお前らを殺せなかった。それでいいじゃないか。このまま、アイツの家族でいてやってくれ」


 そう言って、肩に手を置くアイザックは反論を許さない目をしていた。ぎこちなく頷いたシウに、満足そうに目を細めると、アイザックはシウの頭を乱暴に撫で、さっさと歩いていってしまった。


 シウはその背を引き止めようと思わず手を伸ばすが、その手は届かない。なら、とシウは大きく息を吸い込んだ。


「ねぇっ、レイは、死なないよね?」


 シウにとって大切なのはイラだ。ずっと、ずっと家族であった存在。何があっても見捨てずに、手を差し伸べてくれる彼は、シウにとって神様だった。


 でも、レイモンドだって大切だった。半年もいれば愛着だって湧く。何よりも、レイモンドはいい人だった。思うところが無いわけではないだろう。憎しみだってあるかもしれない。


 しかし、それらを全て押さえつけてイラとシウに良識のある大人として接してくれた、馬鹿みたいに優しい大人だった。


 イラも、レイモンドも、死んで欲しくない。そう思ってしまうのは、悪いことなのだろうか。間違っていることなのだろうか。


 アイザックはシウの言葉に、一瞬足を止めたが、そのまま行ってしまう。答えては、くれない。


 けれど。

 シウは聞こえないと分かっていて、その背中に向かって呟いた。


 私は、弱くてすぐに流されてしまう。

 運命に逆らう勇気なんてない。

 だが、彼は違う────

 ある意味独善的で、強欲な彼は。


「イラは、絶対にそんなこと許さないよ」










 イラとシウは、島の端に来ていた。島の端といっても、その先に広がるのは海ではなく、雲だ。


「すげーっ!本当に島が浮いてたよ!!全然気づかなかった!」


 イラは島の端から顔を乗り出して、下を見る。一面が雲になってて、飛び降りたらふわふわ跳ねられそうだなー、とキラキラと目を輝かせる。


 後ろではレイモンドが控えているが、イラが落ちるんじゃないかとヒヤヒヤしているようでソワソワと身体を動かしていた。


「そうか。お前達の世界は島は浮いてないんだな」

「いやいや、浮いている方が可笑しいから!なんで浮いてるの!?」


 イラが聞けば、レイモンドは遥か先の方で浮かぶ別の島を指差した。


「アレが見えるか?」

「なんか、光る卵みたいなのがある」


 島の中心部分に付いている光る球。上半分は島に食い込んでいるのか、元々半球なのかは分からないが、下半分しか見えなかったが、それは光の明滅を繰り返し、悠然と島と共に空に浮かんでいた。


「アレは、浮遊島の核だ。あそこに溜まっているマナの力と、核に刻まれた術式でこれらの島々は浮いている」

「へぇ!全く分からないけど凄いな!じゃあ、地上はどうなっているんだ?」


 レイモンドは暫く待て、と言った。その言葉の通りに少し待っていると、雲に切れ間ができ、そこから地上の風景が広がった。


「…………黒い?」


 そこは、イラとシウが知っている大地ではなく、真っ黒な煙に覆われた大地のようなものがあるだけだった。


「アレは瘴気だ。あそこに落ちると汚染され、化け物に変わり果てる。そして、地上は位相が不安定でな。稀に化け物達がそちらの世界に行ってしまうことがある。君たちがこの世界に落ちる原因になった化け物も、それだろう」

「だから、空に島を浮かべて避難してるってこと?」

「そういうことだ」


 だから落ちるなよ、とレイモンドが脅せば、イラは顔を青ざめさせて一歩足を引いた。


 その瞬間、島に影が指す。なんだろう、と上を見上げれば、そこには雄々しく翼を広げた竜がいた。


「何だ、アレ……」

「…………竜?」


 シウがポツリと呟く。


「何だ、シウは知っているのか」


 レイモンドが尋ねれば、シウは竜から視線を離さないまま答えた。


「うん。物語の中で、見たことがある。でも、まさか実在するなんて…………」


 見惚れているといってもいいくらい竜に視線が釘付けなシウ。珍しく感情を露わにするシウを見たレイモンドは、こんな提案をしてみた。


「なら、今度乗るか」

「「乗れるの!?」」


 予想外のテンションで食い付いてきた2人。「あ、ああ。浮遊島間の移動手段は飛竜か、飛行船だからな」とレイモンドが頷けば、2人は飛び上がって喜んだ。


「やったー!ありがと、()()!!」

()()()()、大好き!」

「うぉっ、ちょっと待て!」


 首筋に抱きついてくる2人を受け止めながら、何とかバランスを保ったレイモンド。


「全く。ただ、乗る前にしっかりと勉強はしてもらうからな」

「分かった!」

「うぇ……」


 2人の正反対のリアクションを見たレイモンドは、思わず吹き出す。イラの勉強嫌いは相変わらずだ。だが、知らないことが多いだけで馬鹿というわけではない。頭の回転は早い部類に入るので、叩き込んでやればある程度にはなるだろう。


(手腕が試されるな)


 さて、どうやるかな、とイラが見たら悲鳴をあげそうなプランを考えながら、2人を抱きかかえて車の方向へ歩き始める。


 その姿は、誰がどう見ても家族そのものだった。


 そして、3人が去った後。パラパラと島の端の土が落ち始める。暫くすると、ガコン、とその一端が割れ落ち、地上へと落下していった。


 しかしそれは、島の一端で起きた、誰も見ていない出来事。そのことに気付く者は誰もいなかった。






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