子犬のような眼をするミノタウロス
「御館様!」
不意に野太く喧しい声が聞こえてきた。謁見部屋の扉が開かれ、勢いよく大柄な男が中に入ってくる。
彼は、この館の兵士長であるパプリカだ。パプリカは顔が牛で身体が人間の、ミノタウロスと呼ばれる魔物で、ミノタウロスの中でも一際大きな体躯をしている。ゆうに十尺の背丈で、筋肉隆々、鎧で身を固めて、手にはこれまた巨大な両刃の斧を持っている。兜から突き出した角は左側が折られていて、胸には兵士長の証しである赤い五つ剣の飾りが付けられている。
「御館様、一大事にございます。なんと、御館様を誹謗中傷する悪書がこの館に出回っておりました。拙者も部下より先ほど渡され、怒り心頭ながらも、一刻も早くこの事を御伝えせねば、と駆け参じた所存…」
「あっ、こんにちわパプリカ君。今日も御元気ですね」
「げっ、エーコ!」
エーコを見付け、パプリカが狼狽する。この二人はベィミィの使い魔でも最古参であり、幼馴染みだ。しかし、糞真面目なパプリカはド天然なエーコに苦手意識を持っていた。怒りを露わに真っ赤だったパプリカの顔が、一気に青くなる。
「パプリカ君を見て思い出したのですが、そう言えば私、食材を買うのをすっかり忘れていました。このままでは、今日の御夕飯がなくなってしまいます」
「どうして拙者の顔を見て、思い出す」
「仕方がありませんのでパプリカ君、一緒にボンスの町にお買い物に行きましょう」
「な、なんで拙者がそんな事を?」
「良いじゃありませんか。昔はよく、仲良くお買い物に行きましたよね。久しぶりに、ゆっくりとパプリカ君とお喋りもしたいですし。宜しいですか、ベィミィ様?」
「それは幼児の時の話しであろう。ともかく拙者は忙しいのだ、駄目だ、駄目だ」
ニコニコと聞いてくるエーコに対し、パプリカは懇願するような目で訴えかけてくる。その大柄な厳ついミノタウロスが、捨てられた子犬のような眼をする姿はあまりにも哀れで可哀そうだが、夕飯が無くなるのも困る。それに、ベィミィが駄目だと言ってもなんやかんや理由をつけて、エーコはパプリカを連れて行ってしまうだろう。
ベィミィが出荷される哀れな牛を見るかのような目でパプリカを見ていると、謁見部屋の扉を叩く音がした。
「申し訳ありません、御館様。侍女長はいらっしゃいませんか?」
抑揚はないが、はっきりとした声が聞こえてくる。
「エーコなら此処にいるよ。用があるなら、遠慮せずに中に入ってきて良いよ」
ベィミィの了承を得て、失礼します、と一言付け加えてから静かに一人の少女が部屋の中に入ってきた。