侍女長が持ってきた本
森の中にある小高い丘の上に、立派な館がある。そこには名高い魔女が住んでいて、訪れたものは二度と帰って来られないらしい。魔女に捕らわれたものは、大釜に煮られて魔女の使い魔の餌となるか、洗脳されて奴僕となるか。魔女の名はベィミィ、窪んだ眼はギョロギョロと此方を見ており、高くて曲がった鼻は相手を刺すように鋭い。口は裂けんばかりに大きく、不気味な笑い声は館中に木霊する。髪はこの世を呪った際に白くなり、地面に届くほどに長い。背丈は小さく、三つ目の黒い巨体な獣の背に乗っている。
「なんなのこれ?」
侍女長のエーコに渡された本を見て、呆れたようにベィミィは聞いた。彼女はニコニコと笑みを浮かべたまま返答した。
「はい。ですから、町を訪れたらベィミィ様はとても有名になられていて、私は嬉しくて、嬉しくて、ついベィミィ様について書かれた本を買ってしまった次第です」
「いや、あのねエーコ」
「はい」
「これ、あたしじゃない」
「え?でも、ベィミィ様の御名前が書かれていますが」
「名前と魔女の部分しか合っていないでしょ。何さ、窪んだ眼に、曲がった鼻に、裂けた口って。挙句の果てには、この世を呪って髪が白くなったってどういう事?しかも大釜で煮るとか、洗脳とか、三つ目の獣とか、怖い事も書いてあるしさ」
「お住まいも御一緒ですよ」
「いいの別に、そんな所は。問題はそれ以外なの!」
はあ、と不思議そうに小首を傾げる侍女長に対してベィミィは溜め息をついた。その仕草は可愛らしいが、この、のんびり屋のド天然にはベィミィの悩みが理解できないらしい。
エーコとは長い付き合いになる。桃色の長い髪に大きな眼、泣き黒子、艶の良い唇に、豊満な胸、侍女長らしく白黒の給仕服に、侍女長の証である黄色い五つ星の飾りを胸に留め、白い潰れた丸帽子を被っている。お尻からは細長くて黒い尻尾が生えていて、先端はハート型だ。見た目は、人間で言えば二十歳ぐらいである。
館の奥にある謁見部屋、ベィミィは館の主らしく豪勢な肘掛け椅子に座っていた。建設長の使い魔が作ってくれたこの椅子は座り心地が良くて、とても気に入っている。椅子に向けて敷かれた赤絨毯、わざわざ川から引いた水を部屋の両端にある水路に流し、お洒落な燭台には青い焔が灯っていた。椅子の直ぐ横には机の上に置かれた丸い水晶があって、そこには念じた場所の風景が写る。
「ともかく、不味いのよこの本は」
「いけません、ベィミィ様。本など召し上がられては、お腹を壊しますよ」
「その不味いじゃなくて、本の中身、内容が不味いって言っているの。もしもこの本を読んだ人間達があたしの事を本当にこんなだと思ったら、あたしの沽券に関わる」
この本に書かれた通りだと、まるでベィミィは極悪の不気味な老婆のようであるが、実際は全然違う。確かに釣り目で目付きは悪いとよく言われるが、人間に悪どい事をする所か、コッソリと、あくまでコッソリとであるが、人間を見守って今まで何度も救ってきた。
それに、こんな化け物みたいな容姿ではない。栗色の髪に白い肌、見た目も人間でいえば十六、七歳ぐらいだ。背丈は小さいと言われる程ではなく、中肉中背、エーコ並みに胸はないが人並だろう。暗い服は嫌いだから、明るい茜色を強調した衣服に、羽織と魔女の帽子も橙色が主である。