そんなにお腹が空いていたの?
先導するフックラーの後を、ベィミィ達は付いて行った。城の中に入ると、城内で働く者達が両脇で深々と頭を下げながら出迎えた。大理石の床に、三又の燭台、赤い絨毯、奥行きの広い空間で左右には部屋が沢山あり、奥には大きな階段が続く。左右の部屋には兵士達や侍女達の休憩室、奥には厨房や貯蔵庫、兵士が訓練する部屋、医療室、鍛冶場などがあります、とフックラーが説明してくれた。ベィミィの館にもある部屋とだいたい同じである。
それぞれの副長達はその部屋も気になっていたが、フックラーが奥の階段を登って行ったのでそれに続いた。
階段を登った先には応接間があり、白い布が被さった大きな机と並んだ椅子が用意されていた。
「どうぞ館の魔女様、一番奥にお座りください」
本来ならそこはこの城の主であるフックラーが座るべきだが、逆らったらまた何をされるのか分からないのでベィミィは大人しく従った。ベィミィから見て右側にフックラー達城の者が、左側にスイセン、コマツナ、シーコの順に座った。
「直ぐに料理を運ばせますので、少々お待ちください」
待っている間に、フックラー側の重臣達が自己紹介を始めた。先ほどの初老の男もそこに混じっていて、シツジィという名前らしい。彼はフックラーの参謀であり、今ではフックラーの息子の教育係も務めているらしい。
「本当は倅もこの場に同席させたかったのですが、今は出掛けておりまして。もしまた御越し頂く機会があれば、改めて紹介させてください」
フックラーの息子は優秀な美男子である。彼ならばフックラーの後を十分に任せられるだろう、ともっぱらの評判である。
そうこうしている間に、料理が運ばれてきた。近くの大河で捕れた魚料理に、名産品の羊肉、市場に並ぶ野菜と果物。どれもこれも、ベィミィの館で食べる料理にも負けないくらいに美味しそうだ。
「失礼しますっ、御館様」
フックラーに勧められたのでさっそくベィミィが食べようとすると、その前に直ぐ近くに座っていたスイセンが、ベィミィの前に並ぶ料理をベィミィの使う食器で一口ずつ食べた。
「え?何をしているの、スイセン」
スイセンは特別に食いしん坊でもなければ、行儀も悪くない。むしろ、大人しくて良い娘である。なのに、突然立ち上がってベィミィの料理を食べ始めたので驚いた。
「これは、失礼しました。私とした事が、配慮が足りず」
「いえっ、その、すみません。決して、フックラーさんを疑っている訳ではないのですが…」
言われてようやく彼女が毒味をしたのだと気付いた。ゾンビであるスイセンは毒が効かない。それでいて副医療長であるから、毒の知識もある。ベィミィも毒くらいでは死なないが、さすがにお腹は壊す。
「さすがにそれは失礼だよ、スイセン」
「申し訳ありません、御館様。スイセン嬢に指示を出したのは儂です」
ベィミィがスイセンを叱りつけると、すかさずコマツナが割って入った。
「フックラー公は友好的で立派な御方ですが、もし、万が一にでも我らが主君に何かあれば、と思いスイセン嬢に頼んだのです。場を悪くしてしまい、誠に申し訳ありません」
言って、深々とコマツナは頭を下げた。
「いえ、これは私の勝手な判断ですっ。コマツナさんは、悪くありません」
「いいえ、毒味を指示したのは私です。コマツナ殿もスイセン殿も嘘をついています」
それを見て、スイセンもシーコも互いを庇って頭を下げた。見ていて、胸が苦しくなった。三人は、ベィミィの事を思ってやってくれたのだ。立場上、叱らなければならないのに、これ以上は言えない。言えなかった。
「いやいや、私が初めから大皿に分けて毒味を行ってから皆様に配るべきでした。それをお連れの方々が気を使い、補って頂いたまでの事。悪いのは私です。さあさあ、頭を上げてください。料理が冷めてしまいます」
それを察してか、フックラーはそう場を取り持ってくれた。それでベィミィは楽になれた。
「うん、せっかく用意してくれたのだから美味しいうちに頂こう。その、みんなが、あたしの事を思ってくれるのは嬉しいから。ありがとう」
言われて、三人は同時に頭を上げた。何だか互いに照れ臭くなる。
「いやはや、素晴らしい忠義心で、とても羨ましい限りです。私などは何を食っても死にはしないから大丈夫だ、と臣下に言われる始末なのに」
「毒までも食らわねば、その腹にはなりませぬ」
一人の臣下がそう言い、また場の空気が明るくなった。