ボンスの丸狸
そうこうしている間に、馬車はゆっくりと音を立てて止まった。
「皆様、お待たせ致しました。ボンスの城に着きましたので、お降りください」
初老の男が馬車の入り口の天幕を外してくれたので、ベィミィ達はそのまま降りた。直ぐ目の前に巨大な石造りの城が見える。いつの間にか城門は潜ったみたいで、城の入り口の扉が見えた。入り口は開かれていて、そこから太った中年男性が小走りして来るのが見えた。
「お越し頂きまして有り難うございます、館の魔女様。この都市をお預かりしております、ボンス・フックラーにございます」
そう言って、フックラー公爵は深々と頭を下げた。紅白の衣服に丸い身体、柔和で人の良さそうな顔をしていた。赤茶色の頭髪は薄くなる気配もないが、高位な人間の男には珍しく髭が生えていない。
「初めまして、魔女のベィミィとその使い魔達です」
そう言って、ベィミィも返礼として頭を下げた。使い魔達も、ベィミィに倣うように次々と名乗って頭を下げる。コマツナとシーコは慣れたものだが、スイセンは何処かぎこちなかった。
「今日は勝手にやって来たのに、お招き頂き有り難うございます公爵殿」
「そんな公爵殿なんて、フックラーとお呼びください、館の魔女様。それと私如きに敬語など、滅相もございません。多大なる御恩がある館の魔女様にそのような事をさせては、先祖に顔向け出来なくなります」
「え?でも」
「御願いします、館の魔女様。どうか、どうか」
言って、フックラーは平伏して懇願してきた。
どうしてこうも此処の人間達は、腰が低いのか。額まで地面に擦り付ける徹底ぶりである。一緒に出迎えに来たフックラーの臣下たちが此方を見ている。
「分かったから、普通にするよフックラー。だから立って、服が汚れちゃうよ」
また、慌ててベィミィは彼の手を引いて立ち上がらせる。身体が大きい分、先ほどの初老の男よりも起き上がらせるのに苦労した。
「有り難うございます、館の魔女様。お連れの皆様も普段通りに、どうか自宅だと思って寛いでください。私の事も御自由にお呼びくださって結構です」
言って、フックラーは優しい笑みを浮かべる。
「そう言って頂けると助かりますっ、フックラーさん」
「館の魔女様も麗しく美しいですが、お連れの方々も美男美女ばかり。私のような者には、少々眩しい限りです。これでも昔は、女泣かせの公爵、と揶揄されたものですが、今ではボンスの丸狸と呼ばれる始末」
言いながら、フックラーは豪快に腹を叩いて笑った。耐え切れずにスイセンが笑い、コマツナも釣られて笑った。それをシーコは無表情に見ている。笑う二人に嬉しくなったのか、フックラーが腹太鼓をしながら唄って踊り始めたので、ベィミィは笑いを堪えるのに必死だった。
横を見れば、フックラーの臣下たちもそんな主君を見て笑っていた。この公爵は、いつもこうなのかもしれない。
「…フックラー、そろそろ、お城の中に、入れてほしいな」
暫くフックラーが踊った後に、笑いを何とか耐えながらベィミィは言った。
「これは失礼しました。皆様に御会い出来たのが嬉しくて、つい夢中になってしまった。では、ご案内致します」