あたしは、たまたま魔法が使えただけ
「ふむ、本にはこう書かれているな」
コマツナはあの本を懐から取り出して、書かれた内容を読み上げた。
『その昔、優秀な貴族の若者がいた。その若者は順調に出世し国王の側仕えにまでなったが、中央の高官たちに疎まれて土地の枯れた辺鄙な村へと左遷されてしまう。途方に暮れた若者に手を差し伸べたのが、魔女のベィミィである。彼女が魔法を唱えると、土地は潤い作物は豊作となり、痩せこけた村人たちはみるみる元気を取り戻した。またある時、魔物の群れがやって来て村を滅ぼそうとした。すると魔女のベィミィとその使い魔達がやって来て、瞬く間に退治した。その後も、窮地になる度に魔女のベィミィはこの地にやって来ては人々に救いの手を差し伸べた。この地こそボンスであり、若い優秀な貴族はボンス公爵家の祖先である』
コマツナはそこまで読み上げて本を閉じた。
「まさしく人を導く神の如し、ですな。儂もこの場に居合わせたかったです」
「ふわぁ、さすがは御館様ですねっ」
コマツナとスイセンが尊敬の眼差しで見つめてきたので、ベィミィは恥ずかしくなった。
「つまり御館様がいなければ、この地はないのです」
無表情であるが、シーコは何処か得意げだった。この場ではベィミィを除けば彼女だけがあの光景を目にしている。
「実際は、困った人間がいたから川の流れを変えたのと、魔物を退治しただけだよ。そりゃ、気になって水晶を覗いていたから、ちょっとはその後も力は貸したけれども。でも、本当に頑張ったのは此処に住む人間だし、この都市を作ったのはあくまで人間だから。私はただ魔女で、たまたま魔法が使えただけだよ」
ベィミィが川の流れを変えると、土壌が良くなって作物が育つようになった。作物を育てたのは人間であり、それからボンス家の人が名産品を開発して村が発展した。退治した魔物は狼型であり、その毛皮が高値で売れた。その金で道具を仕入れて技術が発展し、人の移住が多くなった。魔法を使えるベィミィは彼らの手助けをしただけで、本当に此処を発展させたのは人間なのだ。
「儂の故郷では『力があっても、それは使う者しだいである。善となれば悪ともなる』という言葉があります。御館様は、良い事をされたのですよ。御覧になってください、この地に住む者達の顔を。みな、光り輝いております」
コマツナが天幕を外すと、城下町の風景が見える。本当に素敵な町だ。確かに、行き交う人々の顔は生き生きとしていた。こうした人々を見たから、ベィミィはこの町を歩いてみたいと思ったのかもしれない。
「私もよく買い物にこの城下町に来ますが、優しい人間が多くてとても良い所です」
「何だか私も、この町を歩きたくなりました。色々と見て回る所も沢山あるし、本当に皆さん楽しそうですっ」
「ふむ、後から皆でこの城下町を歩き回ってみよう。あの本の事を除いて、ただ散策しても良かろう。その際は是非、御館様も御一緒に」
三人が一斉にベィミィを見てきた。本当に、良い使い魔達に囲まれている。
「うん、もちろん」
そう笑顔で返答すると、コマツナとスイセンも嬉しそうに笑った。無表情なシーコも、楽しみです、と呟く。ベィミィは此処に来て本当に良かったと思った。