あたしは旅人、魔女じゃないよ
何だったのかと思っていると、門の内側の直ぐそこに一台の大きな馬車が用意されていた。
「どうぞ皆様、御乗車ください。城にて公爵のフックラーがお待ちしています」
黒い上等な衣服に身を包んだ、初老の男が馬車の近くに控えていてそう言う。
何故そうなるのだろうか。公爵はこのボンスで、一番偉い人間だ。その公爵のいる城に、いきなりやって来たベィミィ達が招かれる謂れはない。
「ちょっ、ちょっと待って。あたし達は別に、公爵殿に会いに来た訳じゃないよ。ただ、旅の途中で立ち寄って、城下町を見学に来ただけだから」
町に入る際に考えていた言い訳だが、それならば町娘ではなく旅人に変装すれば良かった、と今更ながら思った。でも、流行りの服を着たかったのだ。
「そうでしたか。では、後程フックラーが城下町の御案内をする故、まずは城までお越し頂けませんか?」
「そんな、公爵殿が自らどうしてあたし達を」
「多大なる御恩がある館の魔女様を歓迎するのは、至極当然の事にございます。本来ならばフックラー自ら御迎えにあがるべきなのですが、支度に間に合わず御許し下さい、との言伝を預かっています」
冷や汗が流れた。
「え?いや、そんな、あたし達はただの旅人で…」
惚けたつもりだが、かなり片言になっただろう。
「いえ、御召し物こそ違えどまさしく館の魔女様。私も報告を受けた時は半信半疑でしたが、こうして御会いして確信致しました」
「え、どうして、なんでバレるの?」
フレクスズの書いた本には、一切ベィミィの容姿については記載されていなかった。なのに、どうして彼はベィミィが館の魔女だと分かるのか。此処には、もう何十年も来ていないのに。
「まさしく、この絵に瓜二つです」
言って、男は一枚の絵を見せてきた。そこには魔女姿のベィミィが描かれていた。しかも、色付きでかなり上手である。
「これは、相当な腕前の絵師が描いた物ですな。館に持ち帰れば、皆が喜びましょうぞ」
「はわぁ、私も一枚欲しいですっ」
「何枚か館の部屋に飾れば、御館様の威厳が増すかと思います」
戸惑っているベィミィとは裏腹に、使い魔達は呑気にそんな事を言っていた。
「御願いします、館の魔女様。御越し頂けないと、私が叱られてしまいます」
初老の男は頭を下げて懇願した。こうされると、ベィミィは弱い。人間に限らず、何とかしてやりたいと思ってしまう。
「御館様、此処は受け入れて公爵に会うべきです。この絵についても気になりますし、何より本についてフレクスズも公爵に命じられれば、口を開くかと」
どうしようか悩んでいると、そうシーコが耳打ちをしてきた。
「なるほど、うん、分かった。公爵殿に会いに行くよ。ただし、あまり大事にしないでね」
「有り難うございます、館の魔女様」
初老の男は平伏して感謝の言葉を述べた。此処までされては、本当に悪い気がしてベィミィは彼の手を掴んで立ち上がらせた。周りの人たちが何事かと見に来ては、ひそひそと噂話をしている。
もう、大事になっていた。