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第七話 山神の正体

 小さな集落の外れにある広場では祭りが()り行われていた。

 楽しげな笛の()や激しく叩かれる太鼓の響きとは反して、参加する村人達にはどことなく元気がない。それもそのはずで明日には村から娘を一人、山神へと生け贄に出さねばならないからであった。山神へと生け贄を捧げるための祭りは、選ばれた娘との別れを惜しむ声で(あふ)れていた。


「……それにしても、今年は村長の娘とはな」


「気の毒だが村一番の美人だ。山神様も気に入るだろうよ」


 娘との別れを惜しむ村長の家族を遠巻きにして村人達はそんな話をしていた。当人らを気の毒に思いながらも今年一年何とか山神の庇護に預かりたい村人達は粛々(しゅくしゅく)と祭りを進めていた。

 そんな祭りの場で、辺りに突然悲鳴が響いた。


「ひいっ! 鬼だっ! 鬼が出たぞ!」


 その言葉に広場はざわざわとした喧騒(けんそう)に包まれた。

 ただでさえ山神への対応に手一杯なのに、鬼まで来られては(たま)らない。しかし皆が逃げ出す前に聞き慣れた声で待ったがかかった。


「皆ちょっと話を聞いてくれ!」


「……ありゃあ、弥平じゃねえか?」


「……何だってあいつが、しかも後ろに鬼を引き連れてるぞ」


 ボウタケマル達を祭りの広場まで案内した男、弥平の声に村人達は皆驚いた。


「みんな待ってくれ。話を聞いてくれ」


「話を聞いてくれって言っても……お前、それ鬼だろ。それに狼まで……」


 特に村人の目に異様に映ったのは、戦でもないのに武家の鎧を身に纏ったボウタケマルだった。ただの鬼でも恐ろしいというのに、背には弓矢、腰に巨大な鉄棍棒を下げて完全武装しているのだから気の弱い人間はそれだけで絶命してしまいそうだ。姿を見た村人達は皆一様に息を呑む。

 そこに場違いな、アガラの明るい声が響き渡る。


「おー! 村人共ぉ、驚いているなぁ! ボウタケマルの威光に声も出んか」


「良いか! ここに居るは大英雄桃太郎の生まれ変わり、名をボウタケマルと言う。頭が高いぞ! 控えろ! 控えろ!」


 アガラの言葉に村人達は困惑しながらも膝をつく。中には呆然と突っ立ったままの者も見られたが、素直に言うことを聞く村人の様子にアガラは大変満足したように頷いた。


「……貴様、毎度毎度その口上をするつもりか?」


「ム。口上は大事だぞ。 それに自分で言うより仲間が脇で言った方がボウタケマルの大物感(おおものかん)が出て良いじゃないか」


 狼は己の質問にそう返すアガラの言葉に、ほとほと(あき)れ返ってしまった。そして、黙っているボウタケマルへそれで良いのかと問うた。


「……まあ、アガラがそう言うならそれで良かろう」


 ボウタケマルは少し考えてそう返事をした。



☆☆☆

 


 弥平からボウタケマル達のことを聞いた村人はひとまず彼らに害はなさそうだということを信じた。


「……して、ボウタケマル様でしたか。本当に山神様を退治頂けるのですか?」


 村長は期待の篭もった声色で疑問を口にした。かわいい一人娘が助かるならばこの際鬼でも化物でも構わないという気持ちであった。ボウタケマルはゆっくりと頷いて村長に答える。


「うむ。山神を(かた)奸物(かんぶつ)退治はこの儂に任されよ」


「しかも、我らは生け贄を求めたりなどというケチなことはせんからな!」


 ボウタケマルの言葉にアガラはそう付け足した。村長はその言葉に安心したようで大きく肩を上下させて溜息を吐いた。山神から助けてもらっても今度は鬼が生け贄を要求してきたらどうしたものかという一抹の不安があったが、心配しなくても良さそうである。周りで話を聞いていた村人達も安堵した。


「……しかし、いかに屈強なボウタケマル様達といえど神を名乗る者に勝てましょうか? それにもし仲間がいたら多勢に無勢ですぞ」


 村人の一人がボウタケマルへとそう言った。二年前、生け贄の娘が気に入らなかった時、山神は手下を引き連れ村中を荒らしまわり、男を(なぶ)り殺し女はさらっていくという恐ろしいことをしたのである。そのような集団に攻められては屈強な鬼でも危険であろう。


「……そうだなぁ。それなら今夜あたり、ちょっと山神の住処を偵察してこよう」


 アガラはそう言うと狼へと顔を向ける。しかし狼は地に伏せると鼻息荒く言った。


「……私は行かぬぞ。約束通り貴様らの世直し旅、山神退治は協力しよう。しかし偵察だの何だのには関与せぬぞ。貴様達で勝手にやっておれ」


 狼はそれだけ言ってそのまま目を閉じた。

 ボウタケマルでは目立つしそもそも甲冑のぶつかる音で相手に気が付かれてしまうだろう。村人達は恐ろしくて普段から山神の住処などに近づけないし万一気付かれた時に対処ができない。こうして偵察はアガラが行くことになった。山神の住処は集落の背にある山の中の(やしろ)らしい。鬼である彼女であれば余程のことがない限り安全だろうとのことでその日の話し合いは落ち着いた。

 その夜、村人達からもてなしを受け、大酒を飲み料理をたらふく食べた彼女は、ボウタケマルに手を振りながら山神の居る社へと向かっていった。


「……ううむ。送り出したは良いものの、やはり気になるな」


「? ボウタケマル様のお連れ様も鬼ですよね? 戦うならまだしも様子見だけでそこまでお気になされますか?」


 ボウタケマルの呟きに、彼らを家に泊めることになった村長が疑問を呈した。


「まあ問題ないだろうが……緊張感もなさそうだったのでな」


 そんな言葉に、はははと村長は笑ってみせる。鬼の助力を得てやや楽観的になっているようだった。


「案外、様子見どころか一人で退治してしまったりするのではありませんかな? ははは」


 村に残ったボウタケマル達の会話を余所(よそ)にアガラは鼻歌交じりに山を歩いていた。鬼にとっては何ということもない道程を過ぎて、彼女はとうとう山神の住処とされる社までたどり着いた。狒々のような獣の姿の山神と聞くと恐ろしいが、ようは山神を名乗っているだけの猿に過ぎない。もしかするとお供の猿とはここの山神であるのかもしれなかった。そんな(やから)にボウタケマルが煩わされる必要もないだろうと思った彼女は、山神を叩きのめすべく社の正面扉を蹴破って入ろうとした。

 

 しかし、中から人の話し声が聞こえてきたことで彼女は動きを止める。

 それなりに立派な社の分厚い扉にぴたりと張り付くと中の様子を窺った。複数の男達の下卑た笑いと女性の悲鳴のようなくぐもった声が聞こえてくる。


「……それにしても、明日は女が貢がれてくる日だったな。わざわざ苦労しなくても上玉が手に入るなんていい話だよなあ」


「ああ全く。うちの親分は最高だよ。(ぜに)や飯が必要になったら娘が気に入らねえってんで村を荒らせばいい話しだしな……ってお前まだそんな使い古しの女を抱いてるのか」


「ひひひっ。まあ抱き納めってことでな、この娘も壊れちまったし新しい娘がどんな奴か今から楽しみだぜ。……おらっもっと声だせよ!」


「……っう……ぐっ……」


「!?!?」


 女性が淫らな声をあげると、それに呼応するように先程よりも大きな男の笑い声が外へと漏れ出してきた。そんな社の中で繰り広げられる淫行を知ったアガラは、先程村で出された酒とは全く別の理由で顔を夕日のように染め上げた。むしろ酒の酔いはすっかり覚めてしまったといえる。

 あまりに熱が集まって、彼女は頭から湯気でも出す勢いである。

 

「…………な、な、ななななな」


 頭の中でぐるぐると渦を巻き、考えがまとまらないアガラだったが、男達が続けている会話の内容は理解することができた。


「まったく、獣の皮かぶって山神って言えば信じるんだから本当におめでたい奴らだよ」


「本当にな。俺たちが村を襲った盗賊とも知らずに言いなりになってるんだから笑えるぜ」


 つまり、山神の正体とは五年前村を襲った野盗達であり、生け贄云々は、ただの自作自演に過ぎなかったわけだ。とんだ茶番である。

 狒々のような山神などおらず、捧げられた村娘は単に彼ら野盗の慰み者になっていたに過ぎない。間怠(まだる)っこしい行為にも思えるが、村人から抵抗も受けず好き勝手できるという利点は大きいようだ。


 アガラは全身から吹き出た冷や汗をぬぐうと、鬼らしくもなく動揺し熱を帯びた己の体をごまかすように、手で風を扇いだ。

 猿をお供にするためなら彼女一人で片付けてしまえば良いが、野盗退治ならばボウタケマル達と大々的にやった方が村人達への良い宣伝になるだろうとアガラは考えた。本来ボウタケマルの旅の目的は世直しなのだから彼女がそこに手を出すのはいらぬ世話というものだろう。


「……帰ろ」


 どっと精神に疲労を感じたアガラはそのまま帰ることにする。

 しかし、いくら立派な社とはいえまともな管理もされていないものだ。古くなった木材は崩れやすく、気を抜いていた彼女はついでに社の床を踏み抜いてしまった。


「ぬわっ!」


 床の崩れる音とアガラのあげた頓狂(とんきょう)な声に、普段村人達が近づきもしない社で安心して酒盛りをしていた野盗達も反応した。


「誰だ!?」


 勢いよく社の扉を開け放った野盗達と社の床を踏み抜いて慌てている鬼はこうして対面することになったのだった。


 


 


……コメディー

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