第六話 猿
「村娘の生け贄? なんで山神がそんなもの欲しがるんだ?」
アガラは疑問を口にした。彼女の一挙一動に男は一々びくつきながらもそれに答える。
「そ、そんなの決まってますよ。慰み者にして最後には喰っちまうんでさぁ」
そんな男の言葉にボウタケマルはあり得ないと言わんばかりに首を振った。どこの山神か知らないが、少なくともボウタケマルやアガラの住んでいた山の神ではない。山頂近くの小さな祠にいつもボウタケマルはお供え物をしていたが、山で取れる木の実や山の芋、魚や獣などを少しばかり置いておくだけで、彼の神は恵みを与えてくれていた。時々祭りがあったりすると里の村人が豪華な供え物を置いていったり、旅の僧が祠の前で経を読んだり経典を置いていったりすることはあったが、生きた村人を生け贄に捧げるなどと言うことは決してなかった。
「何故、貴様達はそんな奴に贄など捧げている?」
狼が男へと問う。男の話だと毎年村の娘を捧げているようでそれは山神との約束だかららしい。しかもアガラに捕まったときなどは山神に助けを求めていた。一体どんな約束を山神と結んだのか狼は気になったのだ。
「……きっかけは五年程前のことでして」
男の話では五年前かつてこの村に野盗の集団が現れたという。そんな時、狒々のような獣の姿をした山神と名乗る者が、毎年一人の娘を差し出すならば村を助けようという話を持ちかけてきた。苦渋の決断で山神の話に乗ったことで村は盗賊達の被害からは救われることになったが、代わりに毎年村の娘を差し出さなくてはならなくなった。しかも生け贄の娘も山神が気に入るような美人でないとその年一年は村中が荒し回されるらしい。二年前はそれで村が大変なことになったと男は語った。
「……それで、今年の生け贄は明日の夜捧げることになっているんです。今、村の外れで笛やら太鼓やらを鳴らしているのは山神様に今年もきちんと生け贄を捧げると知らせるための祭りですよ」
男は深く溜息を吐く。今ではすっかりボウタケマル達に気付く前の陰鬱な顔に戻っていた。しかし、そんな男の暗さを吹き飛ばすようにアガラは笑みを浮かべた。
「くははっ! なーに、我らが来たからにはもう心配いらんぞ!」
「……どういうことですか?」
男は胡乱げにアガラを見た。突然やって来た鬼が何を言っているのかと言った表情を浮かべて、そう疑問を口にしたのだった。
「ここにいるのは、真の山神のお告げにより参った大英雄桃太郎の生まれ変わり。狒々だろうが大猿だろうが、山神を騙る不届き者は成敗してやるからなぁ!」
アガラは得意げにボウタケマルを紹介する。甲冑を着込んで武装した鬼がズイと男の方へと向かってきたので、男は口から小さい悲鳴を漏らした。
「儂の名はボウタケマル。世にはびこる悪を退治しに参った者だ」