第三話 犬
「私の守護する堂で盗みを働く輩は、生かしては返さん!」
怒りに満ちた声色で、巨狼は叫んだ。
しばらくは、呻くだけで倒れ込んでいた二人だったが、しばらくして起き上がったアガラが狼に向かって叫び返した。
「おいっ! いきなり襲いかかってくるのは卑怯だぞ」
「何を言うか。日中堂々と盗みを行う泥棒の分際で。この真神と名高い私が喰い殺してくれよう」
そう言うや否や、アガラに向かって狼は飛びかかってくる。
しかし、同じく体勢を立て直したボウタケマルが、飛びかかってきた狼をむんずとつかんで受け止めると、その勢いを止めることに成功した。
「……鬼風情がこの真神の攻撃を受け止めるとは」
勢いを止めたとはいえ、まだまだ狼には余力があるらしく、受け止めたボウタケマルを突き飛ばそうと体を軋ませながらさらに前へと出ようとする。一方ボウタケマルも狼を押さえ込む腕に力を込め、押し返そうと踏ん張った。まるで相撲のような純粋な力比べに両者一歩も引くことがなく、観客が居たなら大歓声が上がっていたかもしれない。アガラはボウタケマルへ向けて叫んだ。
「よし! そのまま押さえてろ。我がこの犬をぶっ叩いて倒す!」
そんな彼女の言葉に、狼はぴたりと動きを止めた。そうして、アガラに負けぬ大声で叫び返す。
「待てい。二対一とは卑怯なり!」
「卑怯も糞もあるか。くらえ!」
転がっていた鉄兜を拾ったアガラは、それを狼へと何度何度も叩きつけた。途中狼は叫んだり暴れたりして抵抗したが、二人がかりで来られては恐ろしい巨狼と言えども、さすがになすすべはなく、やがてぐったりとして動かなくなった。
「……死んだか?」
荒い息をしながら、アガラは呟いた。
ボウタケマルはつかんでいた狼を地面へと寝かせて様子を確認する。狼はあれだけ殴られたにもかかわらず、それに耐えたようで、まだ息があった。
「……ぬぅ、しぶとい奴め。このまま叩き殺してやる」
そう言うとアガラは狼の頭を潰そうと力を込めて兜を振り上げる。しかし、ボウタケマルが止めたことで、それは振り下ろされることはなかった。
「ボウタケマル、何故止めるのだ? 倒してしまえば今夜は狼鍋なのに」
「山神様のお告げを思い出せ。儂の旅にはお供がいると山神様は仰った。犬、猿、雉のお供がな」
「……犬、猿、雉。もしやこの狼がその犬なのか?」
「うむ。伝説の英雄のお供なのだ。その辺のただの犬ではなかろう。この狼は儂が旅に出るかふさわしいかどうかをお試しなさる為に山神様が遣わされたに違いない!」
供となる狼を軍門に下すことが出来ないような軟弱者では、世にはびこる悪などとても倒せはしないということを山神様はお教えくださっているのだとボウタケマルはアガラへと話した。
「と言うことは、猿や雉もこんな感じで来るのか?」
「うむ、きっとそうに違いないぞ」
そのために鍛錬せねばと意気込むボウタケマルに、アガラは、旅に出る前から突破せねばならない難所が多い己の友人に同情し溜息を吐いた。