06 学校へ
コウは、『マママスター』の本を1日で読破してしまう。
書いてあった内容は、どれもコウ少年の期待に応えてくれるような内容ではなかった。
本にはママをアゴでこき使う方法ばかりが紹介されていたが、そんなことは望んではいなかった。
だいいち少年は、ママを動かすのにアゴすら必要としなかったからだ。
そして本には、いかしにして自室に引きこもるかが説明されていたが、それこそ少年にとっては論外……。
彼はむしろ、血湧き肉躍る冒険を欲していたのだ。
すると川が低きに流れるかのごとく、当然のようにたどり着いたのは……。
「ママ! ボク学校に行きたい! 学校に行って勉強すれば、絵本の主人公みたいに冒険できるんでしょう!?」
それは、外の世界に出ることであった……!
これにはママも猛反対。
「ば……ばぶぅんっ!? が……学校だなんて……! い……いけませんっ! 学校に行くためには、お外にでないといけないのよ!? お外はバイキンでいっぱいだし、転んだりしたらどうするの!?」
ちなみにコウ少年は、外に出たことがないわけでもなかった。
天気のいい日などは、ママが洗濯物を干すついでに屋敷の屋上に出るし、屋敷には温室の植物園さながらの庭もある。
しかしコウがそれらの場所に入るには、ある条件が必要であった。
それは『ママに抱っこされる』こと……。
外には見えないバイキンがいっぱいいるし、屋敷の中のように、走って転んでも床は柔らかくならない。
そのためコウ少年が屋敷の外に出る場合は、ママにお姫様のように抱っこされるのが常であった。
少年は生まれてから14年間いちども、土を自分の足で踏みしめたことないのだ。
ママの頭の中ではすでに、
コウちゃんがお外に出る
↓
はしゃいで走る
↓
ころんで膝小僧をすりむく
↓
そこからバイキンが入る
↓
死
というフローチャートが組み上げられていた。
我が子のかつてない火遊び願望に、ママは取り乱しかけたが、すぐさま鎮火にかかる。
「あっ、そうだ! 教室だったらこのお屋敷にもあるから、『学校ごっこ』をしまちょうねぇ~! よぉーし、ママ、先生になっちゃいまちゅよぉ~!」
言うが早いが、パッ! と女教師スタイルになるママ。
彼女はベッドや椅子になるように、早き替えも得意技のひとつであった。
そしてこうやって、屋敷の中での『ごっこ遊び』を提案して、我が子の溜飲を下げるのも得意であったのだが……。
しかし『叡智』を手にしたコウ少年にとって、そんな『おままごと』はもはや通用しなかった……!
「ううん、ボクは遊びじゃなくて、勉強がしたいんだ! ママ、ボクを本物の学校に行かせて! ママはボクの言うことなら、なんでも聞いてくれるんでしょう!?」
……結局、『ちゃい』までチラつかされ、息子に押し切られてしまう。
ママはやむなく、近隣の学校の入学手続きをさせられるハメになってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
マロン味の綿菓子のような、ライトブランでフワフワの髪。
ツルに細い鎖がついたメガネに、まだ子供のような小柄な身体。
見目は小学生女児のようであったが、彼女こそがコウが通うことになった、学校のクラス担任である。
「え、えーっと……今日からこの『アーネスト第一学園』でいっしょにお勉強することになった、コウくんと……」
彼女は教壇の上でおずおずと言いながら、隣にいるコウを手で示す。
コウは当初、『ママリア第一学園』への入学を希望したのだが、すでに閉校していた。
なのでその跡地に作られたという、『アーネスト第一学園』へ入学。
同校は冒険者のための学校で、小等部、中等部、高等部の3学年で成り立っている。
科目によっては学年合同での授業もあるが、クラスは学年ごとに別れている。
14歳のコウが入ったのは、中等部……いわば中学生のクラスだ。
学校や教室の作りは日本の学校と同じで、木の机や椅子が並んでいる。
しかしコウのいる教室は『調教師課』だったので、少し特徴的。
生徒たちが座っている席の隣には、彼らが飼っているペットのための空間がある。
ペットたちはバラエティに富んでおり、犬や猫や鳥、ゴリラやイノシシなど、動物園もかくやという種類がいた。
しかし調教はちゃんと行き届いており、粗相やムダ吠えをするものは1匹もいない。
コウが入学する際、彼がどのクラスの所属になるかというのが職員会議にて話し合われたのだが、それは『マママスター』という職業がなにに分類されるかが争点となった
その結果、『ママを使役する職業』ということで『調教師課』に、ということになったのだが……。
教職員たちは『ママ』をモンスターの一種だと勘違いしていた。
しかし当日になって、学園に登校してきた転入生に度肝を抜かれてしまう。
なんと、ママっ……!?
いや、高校生くらいの美少女が、中学生くらいの少年を抱っこして現れたのだから……!
彼らの担任を押しつけられてしまったのは、まだ新人で、気弱なジャンガリアン教諭。
小動物のように愛らしいので、一部の生徒たちからは『ハムスター先生』と呼ばれている彼女は、こわごわと転入生の紹介を続けていた。
「それと、えーっと……コウくんのペット? あ、いや……使い魔? の……ママさん、だそうです……」
途端、クラスがざわめいた。
「え……ええっ!? ふたりとも転入生じゃなかったの……!?」
「転入生はひとりで、もうひとりは、そいつのペット……!?」
「い、いや、ペットなんて言うんじゃないわよ! 失礼じゃない! あんな綺麗な人が、ペットなわけないでしょ!」
「だよなぁ、使い魔にしても可愛いすぎるし……!」
「だいいち彼女、この学園の制服を着てるじゃない!」
「ってことは、人間……!?」
「人間をペットに、それもあんな美少女を……!? なんとうらやま……! いや、けしからん……!」
「でも人間にしては、なんか光みたいなのを出してない? なんというか、神々しいような……」
ママはふんわりとした光をまとっていて、やさしい後光のようなものを常に放っていた。
屋敷でもずっとそうなのだが、人間の大勢いる空間だと、それがひときわ目立つ。
「え……えーっと、コウくんは『マママスター』という、ママを使役する職業だそうです。それじゃあコウくんから、挨拶をひとこと……」
先生からそう促されるも、真っ先に口を開いたのは、やはり……。
「はぁーいっ! みなさん、こんちはぁ! コウちゃんのママですよぉ!」
『コウちゃんのママ』と名乗る、制服美少女であった……!
彼女は最初は息子の通学に乗り気ではなかったのだが、準備をしているうちに楽しくなって、ついには自分も制服を新調してしまった。
しかしママのアイデンティティである、愛用のショートエプロンだけはしっかりと腰に巻いて。
かくして学生ママとなった彼女は、我が家の王子様と仲良く通学……!
しっかりと、お姫様抱っこして……!
「コウちゃんはとってもママ想いで、とってもやさしくて素敵な子なの! でも学校に来るのは初めてで、緊張してるから、みんなコウちゃんをビックリさせないようにしてね! コウちゃんをビックリさせる悪い子は、ママがメッてしちゃいますからね!」
コウちゃん愛でいっぱいの自己紹介を終え、うふふと幸せそうに微笑むママ。
しかしその笑顔すらも、クラスメイトに向けられたものではない。
赤ちゃんのように身体を丸めて、胸元で顔を埋める我が息子に対してのもであった。
コウ少年は、いままでママ以外とコミュニケーションを取ったことがなかった。
というか、ママ以外の人間を近くで見ることすら初めてであった。
それなのに、こんなに大勢の人がいる所に放り込まれてしまったので、完全に萎縮してしまっていたのだ。
彼は時折、クラスメイトのいる方を横目でチラ見しては、またサッと顔を伏せている。
自分の意思で入学したというのに、朝は制服をママに着せてもらったうえに、ママに抱っこしてもらって通学し……。
それどころか、
「し……しかも自己紹介すら、そのママにやらせるとは……!」
「あ……あれが、『マママスタ-』……!?」
「ママを使いこなす、職業っ……!?」
「な……なんてヤツだっ……!?」
恐るべきニューエイジの登場に、クラスのざわめきは止まらなかった。




