地獄の2丁目
「アヤメー!」
「リラさーん!」
「ようやく部屋を出してもらえたか……」
私はようやく大好きな食堂に出勤した。
夜も昼もない冥府だけれど、多分、一週間はリアムの部屋から出られなかったと思う。
その間は……何というか……リアムが私のことを大事に思ってくれてるってこと、納得できま……した。
リラさんは鬼だから、泣けないけれど、泣きそうな顔をして私を抱きしめてくれた。
「リアム、キチンと男見せて、連れ帰ったのね!でかした!」
「心眼で見ろ。コイツはアリーチェだ」
「あら、アヤメ、アリーチェと呼んでもいいの?」
「あまりこだわりないです。ここにいることさえ許されれば」
「じゃあ、アリーチェね。真名のほうが聖者と一角鬼にはふさわしい」
高位のお方には私が『アリーチェ』という魂であることが見えるらしい。私には見えないから名前がどう浮かんでいるのかさっぱりわからない。
名前は本当にどっちでもいい。ようは呼び方なのだ。リラさんが私の目を見て、愛しげに呼んでくれるなら、ポチでもタマでも幸せ。皆がアリーチェで納得するならそれでいい。
聖者ってのもよくわからない。でも、あやめだけの人生ではなかったことは、ボンヤリと感じるけれど。
リラさんが、奥から私のコック服を出してきてくれた。大事にしまってくれていたみたいで、嬉しい。
「ではアリーチェ、下ごしらえ始めましょ!」
「よろしくお願いしまーす」
復帰第一日目の献立はカレーライス。お子様も鬼も大好きです。
玉ねぎをどんどんみじん切りにしてリラに飴色になるまで炒めてもらう。甘い匂いがしてきた。美味しそう。
「アリーチェ、随分と手際がよくなったわねえ」
「はい、ここで働くためにあっちで一生懸命勉強してきました」
マシュが感極まった表情で私の頭をなでなでしてくれる。
チキンを一口大に切ると塩胡椒とカレー粉をまんべんなくまぶし、下味をつける。早く食べたい。あれ?
「私、家族にはなったけど鬼になれなかったんですが、食べたり飲んだりしていいのかな?前もイレギュラーな存在だったらしいし。そもそも実体ではない存在?」
私は未だ霊魂なんだろうか?
「あー。リアムと『家族』になったのなら大丈夫だ。アイツの……うーん、アイツとイチャイチャしたからあいつの細胞が流れ込んだ。徐々に確固たる実体を持つようになる。実体になったらもっとご飯が美味しく感じられるようになるぞ」
なんか……説明しにくい話させてすいません……私もまあ、前回と違ってJKじゃないからね……悪いことしてるわけじゃないし……ゴニョゴニョ……。多分私、真っ赤になってるよ……。
「えっとえっと、私をここに住まわせるために、リアムにどれだけの無理をさせたのでしょうか?」
人参をすりおろしながら尋ねる。
「まあ、アリーチェの処遇に口を挟めるのは一角鬼以上。必死で己を磨いてたな」
「一角鬼って?」
「そうか、わからんか。地獄の頂点は閻魔様ってのは知ってるな。そのすぐ下につく鬼の位が一角鬼。現在リアム含めて三人しかおらん。リアムが180年ぶりの昇格だった。地獄の第一門であるここ冥府のトップを掴みとった」
とてつもなく偉くなってしまったようだ。
「リアムにそこまでさせて……私みたいな小娘のために。みんな私のこと、怒ってない?」
「はあ?この娘はなーに言ってんだ?まあいい。食堂が開いたらわかることだ」
私は胃が痛くなってきた。
◇◇◇
「い、いらっしゃいませー」
「あれー!アヤメちゃんかい⁉︎」
「うわーあ、お帰り!うつし世でのお勤めご苦労様!」
「おやアヤメちゃん……ん?アリーチェ???ちょっとだけ実体化してる?」
色とりどりの鬼の職員さんたちが、声をかけてくれる。心配してくれたり、戻ってこれたことを歓迎してくれたり。黄色いおばあさん鬼が抱きしめてくれる。私の心配は杞憂に終わった。ちょっと涙が滲んだ。
「そっかーリアム様が連れ戻されたのかー」
「ずっと、おっかなかったのはそのせいだな」
「うん、今日のカレーも美味しいよ」
「よかった……」
マシュがニヤリと笑い、私の頭をポンポンと叩いてくれた。
「さあ、デザートの準備して!」
カンカン!とリラがフライパンを叩く。
「おう」
「はーい」
私は小さいカップのヨーグルトをカレーのお皿が空っぽになったお客さんのお盆に配っていく。
「あれ?頼んでないよ?」
「今日はアリーチェが復帰したからね!サービスよお」
厨房からリラが叫んだ。
「ほお!アリーチェサンキュー!」
「アリーチェ戻ってよかったよかった!」
嬉しい。
「そうだ、夜はアリーチェの歓迎会をしてやろう!」
前回からフレンドリーなおじさま鬼のジグさんが手をパチンと叩き、そう言ってくれた。
「課業後、会議室を使わせてもらうよ。うちの部署の若いやつを連れてきてやる。アリーチェもここで生活するなら友達が欲しいだろう?」
「友達……」
友達なんてずっといない。私にも友達、できるのだろうか。
「部長、この可愛いウエイトレスさんと知り合いなの?オレに紹介して?」
見たことのない三本角で、茶色のまん丸の瞳をした水色の衣の若い鬼が、いつの間にか隣にいた。いや、若くはないのかも。鬼の歳はわからない。
「あ……えっとな……この子は久々にここに戻ってきたここのコックだ」
「へーえ。オレはサジマ。最近冥府勤務になったんだ。さっき友達どうとか言ってただろ?オレもまだここに友達いないし、仲良くしよう!まだツノも生えてないほど若いんだー!かっわいいなあ」
「おい!」
鬼も子供のうちはツノがないって言ってたっけ。子供じゃないんだけど……あれ、でもすっごい長命の皆さんからしたら、私は子供なのかな。
サジマが手を出した。握手ってこと?私もおずおずと手をだすと……
急に体が浮き上がり、筋肉質の肩の担がれた!米俵かっ!
「リアム⁉︎」
「り、リアム様⁉︎」
「あちゃー……」
ひんやりとした声が響きわたる。
「ジグ、まだ私の妻は完全な実体ではない。歓迎会は本調子になってからにしろ」
「はあ……わかった」
私は手足をバタつかせる。みんなの視線を感じる。恥ずかしい。
「り、リアム!下ろして!」
「アリーチェ、仕事はしばらくは昼までだ。理由は今言ったとおり。帰るぞ!」
「え!後片付け、今からが大変なんだよ!」
「あー、アリーチェ、今日は帰っていいわ。リアムがめんどくさい」
リラがヒラヒラと手を振っている。
「リアム、帰すからそんな殺気撒き散らすな!」
マシュがやれやれという顔をしてたしなめる。
殺気?
「リアム様の……妻?子供を?ロリコン?」
サジマのつぶやきが小さく、でもハッキリと食堂に響く。その直後サジマは床に倒れていた。えっとリアムからの風圧?
「リアム!食堂で暴れるな!ジグ!若手キチンと教育しとけ!」
「はあ……ういーっす!」
私は担がれたまま食堂を後にした。
◇◇◇
リアムの部屋に着くや否や、ソファーに降ろされ体重を押し付けられて、キスされた。
「な、何?」
真っ昼間(気分的に?)からこんなことされて頭がついていかない。
「お仕置きだ」
「どっどうして⁉︎」
慣れてないキスに涙目になりながらリアムの緑色の瞳を覗き込む。
「……はあ。お友達はまずリラに女性を紹介してもらって。いい?」
「うん?」
「全く君って人は……私の想いをわかっていない」
オデコにコツン頭突きされる。
「どんな気持ちで君が安らかに生を終えるのを見守っていたことか。どれだけの想いで君を天から奪ったか……やっと手に入れたのに、全く目が離せない……」
「わっ、私だって、リアムに会えるって確信ないから、ずっと不安で、でもリアム以外、誰も好きになんかなれなかっ……あっ……」
リアムはそのまま私の頭を抱えこみ、私の口を貪った。
◇◇◇
私のアルバイトは完全に不定期になった。
一旦おしまいです。
アリーチェのほのぼの地獄ライフはいい気分転換になるので、たまに番外を更新しようと思ってます。
3丁目は節分頃?に……
お読みくださった全ての皆様、ありがとうございました。