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後編

 うつし世の私は自殺未遂に終わっていた。覚醒してみればあれからほんの一週間しか経っていなかった。

 ホームセンターでロープを買ってふらふらと歩く私を、バイト先のお客さんが見ていて、怪しく思い後をつけてくれ、私が行為に及んだ瞬間助けてくれた、ということになっていた。


 自殺未遂で警察が介入し、両親が虐待で逮捕され、支援団体に保護された。

 高校は支援者の用意してくれた下宿に近い学校にすんなり転入できた。


 親に殴られなくなると、顔が腫れあがらなくなり、私は久しぶりに自分の素顔を見た。その素顔はあの地獄の鏡で見ていた顔と一緒で……リラがかわいいかわいいと言いながら私の髪を結ってくれたのを思い出した。

 頭のてっぺんを触ってみる。


「私にも……ツノがあればいいのに」



 これまでとは比べ物にならないくらい穏やかな日々だった。程々にバイトも励み、そっと高校を卒業すると、調理の専門学校に行き、調理師の資格を取り、大会社の社食の仕事についた。


 奨学金を返済しながらの生活は慎ましいものだったが、お客さんが、

「美味しかったよ」

「ご馳走様」

 と言ってくれると嬉しかった。


 マシュはきっとすごく偉い鬼だったと思う。だってツノがたった二本だったもの。私が見た限り、ツノが二本の鬼はマシュだけだった。きっとマシュもお客さんの笑顔が好きで敢えて食堂にいたんだろうな、と思った。


 仕事に慣れたころ、たまに社員の男性に食事に誘われるようになり驚いた。相手は皆真面目そうな人で、どうしたものか困っていると、デパートでとってもステキな緑の石の指輪を見つけた。なんとか手の届く値段だったので、思い切って買ってみた。指にはめるとピッタリで、嬉しくて眺めていると、再び誰からも声がかからなくなった。


 社会人になって数年後、身体が思うように動かなくなり、軽い気持ちで病院に行くと、治らない病だった。幼い頃の栄養失調が今になって祟り、私の身体は同世代に比べてどうしようもないほどに抵抗力がなかった。


 動けるうちに、身の回りを整理し、信仰は鬼だけの私はいかなる葬儀も不要と書き残し、ホスピスに入った。薬で徐々に意識が保てなくなっていった。




 ◇◇◇




 光溢れる空間の天空に連なる白い階段に出来た行列に、私は真っ白なドレスを着て並んでいた。

「わお!前回と全然違う!」


 私は死んだことを悟った。痛みも何も覚えていない。とりあえずホスピスのスタッフの皆様に心から感謝した。

 大勢の白い服装の人々に遮られ階段の先は中々見えない。この世界善人が多いんだなあと思う。こんなに天国の人口が多いのなら、私一人くらい地獄に行っても何ら支障はなさそうだ。


 時間の感覚は全くないから待たされてイライラすることもない。私はようやく最上段に辿り着き、観音開きの扉を開けた。


 金髪で豪華な刺繍の施された白いローブを着た男がニコリと笑い、私を呼ぶ。背中に純白の羽がある。まさしく天使様だ。私は彼の前のイスに腰かけた。


 彼もまた、重そうな本を開いた。


「あやめさんね……とっても苦労したんだね。でもとても誠実な生を終えたようだ」

「えっと……どうも?」


「さあ、ゆっくり休んでほしい。どんな住まいがいい?花畑の中かな?それとも虹のかかる湖のほとり?常に音楽のある環境もいいね。日本人の記憶の残る人々のいる場所がいいかな?」


「あ、あの、私、地獄でコックになるって決めてるんですけど」

「え?」


 ブワッと重い風が吹き、私は椅子から転げ落ち、地面に押しつぶされた。

「グッ……ううっ……」


「この……無礼者め!地獄に行きたいだと?この天の差配を馬鹿にするにも程がある!」

 全身にかかる何百キロもの負荷に耐えながら、私は、怒らせちゃったなあ、これは地獄に行けないかなあと呑気に考えた。この場所はきっと、心が穏やかになる仕組みになっているんだ。でも苦しい。


 ああ……マシュ……リラ……


「リアム……」






 突如、真っ黒な風が視界を覆った。同時に身体が楽になり、私は大きな何かに包まれて、抱え上げられた。

 そっと頭上を見上げてみる。


 ああ……ずっと……たった一人、愛している人だ……

 涙がハラリと目尻から落ちる。それをリアムがそっと唇を寄せ、舐めとった。

「泣くな。あやめに泣かれると心が潰れてしまう」


一角鬼(いっかくき)!!!」

 天使達が悲鳴を上げる!


「何故、冥府の第一位、一角鬼が天界に!!!」


 天使がどんどん集まってきた。騒ぎが大きくなっていく。私は恐ろしくなって、リアムの胸元をギュッと掴んだ。するとリアムは私をますます近く抱き寄せ、顔を寄せてくれた。

「心配するな」


 リアムの顔は色が随分と白く、人間に近くなっていた。私の右手で握りしめる服は漆黒。そして、ツノは……一本になっていた。


「閻魔帳をよく読んでみろ。この姫の魂は17528の苦難を乗り越え、此度より聖者だ。聖者は安息地を選ぶことが出来る。聖者は我の(かいな)の内を選んだ。故に迎えに来た」


 天使様はバサバサと重い閻魔帳?の他のページを探した。そして驚愕の表情になる。


「聖者アリーチェ……『名付き』の魂になっているとは……ですが、尚更冥府を望むなどありえない!あやめ!いや、アリーチェ!あなたは騙され……」

「黙れ!天界の第六位ごときが冥府のトップに口答えするか!?」


 リアムと別の懐かしい声が聞こえ、恐る恐るリアムの肩越しに後ろを覗くと、大好きな青鬼さん、マシュがいた。私がまたポロリと涙を零すと、威厳のある表情をしていたマシュが「アヤメッ!」と大慌てする。


「泣くなと言った」

 リアムにコツンと頭を叩かれた。


「……連れていってくれるの?」

「ああ」

「ずっと?」

「ずっとだ」

「鬼にしてくれる?」

「約束しただろう?君が望むなら、私も尽力すると」


 ああ……私のために……きっと無茶をしてくれたんだ……


 私はリアムの腕の中から天使達に振り向いた。


「天使様方、申し訳ありません。天界はとっても素晴らしいところだと思ってます。じご……冥府に行きたいというのはただただ私のワガママでしかないのです。どうか……お許しください」


「あやめ、もういい。貴殿ら、天門の一位殿にこの度の件に関しては改めて遣いをやり説明する。邪魔した」


 私はリアムの真っ黒なマントに包まれた。そして天界を後にした。





 ◇◇◇




 私は冥府の食堂の看板娘に戻った。

 そして、冥府の長の妻に収まった。

 想いはうつつとなり、私は永遠の幸せを知った。







本編終了です。この後、番外編が二話続きます。

シリアスな後味が好きな方はここでストップ!

番外編はほのぼの説明回です。

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