第1話:拒否権0
「七不思議? やっぱりそういうのってウチの高校にもあるの?」
大きな瞳に肩程まで伸びた黒髪。彼女の名は八軒玉。
「どこにでもあるさ。日本人が通っている学校ならね」
黒い縁の眼鏡に茶髪。杵淵傑は楽しそうに笑みを浮かべた。
「楽しそうじゃない。どんな話よ」
背中まで伸びた綺麗な黒髪に長い睫毛。神内梓は玉の頭に右手を置いた。
「そ、それが今回はかなりヤバイらしいのよ! そうなんでしょ? 傑」
首を巻く様にしてうねる茶色いショートヘアー。怯えた様な表情を見せる彼女の名は清水剣。
「興味あるなあ。傑の話はいつも面白いから楽しみだ」
良く言えば優しい瞳、悪く言えば伏目がち。男性にしては少し長めに髪を伸ばしているのは沼原聖。聖は椅子に座り、傑の方に体を向けた。
「ああ、面白そうだ。話せよ傑」
まるで刺さりそうなツンツン頭に鋭い瞳、荒巻斑は傑を促し、そして傑は小さく微笑み口を開いた。
悪趣味な少年達―生還ゲーム―
第1話「拒否権0(boys and girls don't have a right for absence)」
「この高校ってさ、並か水準以下ってぐらいの設備のクセして何故か理科室だけは4つもあるだろ。しかも結局、その内の2つは完全に閉鎖されてて誰も出入り出来ない様になってる」
傑は顔の前に人差し指を立てて話す。
「何故だか分かるか?」
傑は得意そうに玉の顔を見た。玉は視線を傑から外さずに首を横に振った。
「……呪われてんのか。理科室が」
斑は嬉しそうに答えた。
「おっ、良い勘してるね斑。その通り、この高校の理科室は呪われてる」
「最初の事件は40年前、フザけて学校に寝泊りしようとした奴らが第1理科室に荷物を残して全員消えた。当然警察沙汰になってかなり力入れて捜索されたらしいけど、誰一人として見つからず。以後40年間、死体すら出てこなかったらしい」
「それ以後噂を聞きつけた奴らが何度も夜中第1理科室に忍び込んだらしいんだけど、その度に全員消えた。そんな事が続く間に学校は第1理科室を閉鎖し、一時事件は終わった様に思えた。でもそれでも知的好奇心の絶えない奴らは代わりに第2理科室に忍び込み、やっぱり全員失踪。死体も何も無し。完全消滅」
傑は所々5人の顔を見ながら、話を続ける。
「最も興味深いのが16年前。この時も深夜に理科室に忍び込んだ12名が失踪したらしいんだけど、この時はその内6人が帰ってきたらしい。当然の様にその内5人は警察の尋問責め。でも5人は何一つ語らなかった。警察のどんな質問にも一切答えず、『何か答えなければお前ら5人を容疑者として逮捕する』みたいな違法尋問にも無反応。結局、この一連の事件は完全に迷宮入り」
「……5人? 帰ってきたのって6人じゃないの?」
梓が恐る恐る傑に尋ねた。当然の疑問だ。
「ああ……これがこの話の凄いところさ。警察は、帰ってきた残りの1人については会った瞬間に尋問を諦めたらしい。心身共に健康な人間なのにだよ? 何故だか分かるか?」
玉や剣は何も反応を示さなかった。答えるまでも無いからだ。傑は斑の方に目をやったが、斑も首を横に振る。
傑はフフと笑った。
「帰ってきた5人はいずれも20代の男女だったんだが、なんと残りの1人は生後1年にも満たない乳児だったのさ。当然、何も答えないし何も判らない。これがこの一連の事件の最大の謎だ」
「………………」
玉は顔を青ざめたまま固まっていた。
「確かに、凄い話ね……。その話の場面がこの学校の理科室だなんて」
剣は右手を口元にやって大きく息を吐いた。
「だろ? ……で、提案なんだけどよ。今日夜、俺らで理科室に忍び込んでみようぜ」
「バカ何言ってんのよ!? 私そんなの嫌よ!?」
「そっ、そうだよ! そんなのやだよ!」
剣と玉は血相を変えて傑の提案を取り下げさせようとした。
「い、いやっ、まあ今回忍び込んでみるのは第3理科室だしさ。それに十年以上も昔の話なんだし」
「それでも嫌よ! 私は絶対嫌だからね!?」
剣は本当に嫌がっている様だった。玉もそれに同意見であり、剣の言葉に頷く。
「おいおい何言ってんだ、こんな面白そうな話なかなかねえぜ? それにこういう時、結局一番楽しんでんのはお前らじゃねえのか? 剣、玉」
斑は笑いながら剣と玉にそう言い放った。
「い、いや……まあ」
「それを言われると…………」
剣と玉は観念した様に斑を見た。
「決定だな。それじゃ今夜11時半、理科室に集合だ」
傑は意気揚々とそう言うと、席を立ち上がり教室を出て行った。
――放課後
腕時計の針は11時50分を差している。玉は校門の前で立ち止まり、息を呑んだ。
6人共が少なくとも片親を亡くしているという奇妙な共通点からかどうかは分からないが、6人はとても仲が良かった。いつも6人で集まっては、怪談や都市伝説の話等に華を咲かせている。勿論、普通に遊びもする。
玉は、何の躊躇も無く5人の事を親友だと思っていたし、それは他の5人も同様であった。
玉は校門横の細い隙間から通り抜け、体育館横にある第3理科室を目指す。第3、第4理科室はその事件以降に増設されたもので、位置が他のそれとは少し離れている。
理科室には、既に5人が揃っていた。玉は外靴を脱ぎ、理科室の窓から入り込んだ。
「来たな、玉」
「傑〜……。本当に大丈夫かなあ……」
玉は今にも消え入りそうな声で傑の袖を掴んだ。
「もし噂が本当なら……私達……」
剣もまた、七不思議の一つに怯えている。
「ああ……とんでもないスリルを味わえるぜ」
斑は嬉しそうに体を震わせた。
「そうじゃなくて私達の心配をしてよ! もう!!」
「フフ、諦めな。お前だって何が起こるか楽しみで仕方ないって顔してるぜ」
「…………じゃなきゃ来ないわよ……」
剣は椅子に座り込んだ。
「11時58分……。そろそろね」
梓は理科室の時計と自分の腕時計を見比べながら言った。
「ああ。色々な説はあるが、12時きっかりに何かが起こるって話だ」
傑もまた自分の腕時計に目を落とし、たった今11時59分になった事を確認した。
「59分……10秒……」
梓が時間を読み上げた。
「……20秒……」
恐怖に体を震わせる玉。
「30秒……」
真剣な顔つきで時計を見る斑。
「……40秒…………」
頭を抱えて机に突っ伏す剣。
「50」
高い位置にある理科室の時計を見上げる聖。
「60」
口元に笑みを浮かべ、傑がそう言い放った。
『ピーン、ポーン、パーン、ポーン』
「!!?」
理科室のスピーカーから大音量の機械音が流れ出した。
『本日はお越し頂き真にありがとうございます。6名様の参加を確認しました。』
「おい傑、なんだよこれ!?」
「知るかよ! だが……何かが始まるんだ…………!!」
金属で黒板を引っかいた様な音と共に6人の足元が光る。
「まっ、斑!」
玉は斑の袖を掴んでいた右手に力を入れ、斑の腕を引き寄せた。
『送信いたします』
6人の姿は跡形も無く消え、開きっ放しの窓からは冷たい風だけが吹き込んでいた。
6人は部屋の様な場所に立っていた。何も無く、ただ真っ暗なだけなそこは6人に部屋の広さや高さを掴ませなかった。
「何よ……ここ…………」
剣が呆然とする。
「…………」
傑も天井を見上げたまま何も話さない。
「バカな……本当に…………」
斑はそう言って腕にしがみついている玉を胸元に抱き寄せた。
『ピーン、ポーン、パーン、ポーン』
再び先程の機械音が鳴り響く。
『この度は「生還ゲーム」へのご参加、真にありがとうございます』
「『生還ゲーム』!? なんだよそれ!」
斑が音のする方へと声を荒げた。
『それではこれより、6名様の適正テストを行います』
声は斑の質問を一切気にせず話を進める。と言うより、こちらの声は向こうに聞こえていない様だった。
『これから100の質問を致しますので、正直にお答え下さい。より率直なデータを求めるため、回答は頭の中で「○」か「×」かを思い浮かべるだけで結構です。最初に頭に浮かんた回答がそのまま使用されます』
「受けるしか……ねえのかな……」
真っ暗な中で互いの姿は見えてはいないが、斑は傑の方に目を向けた。
「……だろうな」
『第1問。過去の情報と未来の情報、重要なのは過去の情報だ』
『第5問。読書と音楽鑑賞、音楽鑑賞の方が好きだ』
『第22問。一番の親友と祖母、どちらかと言えば親友の命を優先する』
『第29問。春夏秋冬、一番好きな季節は夏か冬だ』
『第38問。火事か落雷、絶命するなら火事の方が良い』
『第39問。こき使うよりこき使われたい』
『第55問。視力か聴力、失うなら視力』
『第61問。「金持ちで容姿端麗」か「貧乏で不細工」、結婚するなら後者だ』
『第69問。寿命が40年縮まるか破産、どちらかと言えば破産した方が良い』
『第91問。真っ当な寿命を迎えたら、過度な延命処置は望まない』
6人は、一言も発さなかった。ただ黙々と、出された質問に答える。
『第100問。人を殺すより、殺されたい』
6人はそれぞれそれに対する答えを頭の中に浮かべた。
『ご協力ありがとうございます。これで適性テストを終了します。これより皆様にはこのテストの結果に沿って行動して頂きます。落ち着いて行動すれば無事に現実世界へと帰る事が出来ます。頑張って下さい』
(現実世界……。てことはここは……)
傑は右手で左腕を摩った。
『それでは、生還ゲームを開始致します。皆様の健闘をお祈りしています』
そう言うと6人は再びその場から消えた。
(…………)
どれ程時間が立ったかは良く分からない。気付くと玉は広大な大地に一人立っていた。
(ここは……!? 他の皆は……!?)
玉は辺りを見回したが玉の他には誰もいない。途方に暮れていると上空より輝くボールの様なものが降りてくる。
ボールは玉の頭上の辺りで止まり、その場に浮遊した。
『八軒玉様ようこそ。早速ですが、私がゲームについての説明をさせて頂きます』
「あの……他の人は……」
『このゲームにおいて、各プレイヤーは適性テストの結果に沿った「役割」に就きます。各プレイヤーにはその「役割」をこなしながらゲームクリアを目指して頂きます』
相変わらず、こちらの話は聞かない様だ。
『八軒玉様の「役割」は【魔術師】です。八軒玉様にはこのゲームにいる間、【魔術師】としてゲームクリアを目指して頂きます』
(魔術師…………)
『魔術師でいる間、八軒玉様は魔法を使う事が出来ます』
「!」
『使える魔法は一種類、「対面した相手の記憶を読むこと」です。お互い顔を認識できる状態で相対した時、八軒玉様は相対した人物の過去の記憶を読み取ることが出来ます。この魔法は全自動で行われ、記憶の「充填」は2分置きに行われます。ご注意下さい』
(魔法……記憶……顔……)
『そして最も重要なのが、八軒玉様が現実世界へと生還する方法です。この世界では各プレイヤーに「勝利条件」と「敗北条件」が設定されており、「勝利条件」を満たした場合は何事も無く無事生還、「敗北条件」を満たした場合も特に何事も無く絶命致します』
(…………)
『そして、八軒玉様の「勝利条件」は「【支配人】に触れながら【ゲームマスターはあなたですね】と宣言すること」です。これをこの世界では俗に「【支配人】を捕獲する」と言います。つまるところ、八軒玉様の勝利条件はゲームマスターを捕獲することです。ちなみに、【支配人】も今回八軒玉様と共にゲームに参加されたプレイヤーの中の一人です』
「……………………。それだけ……?」
『そして、八軒玉様の「敗北条件」は』
(こっちの声は向こうに聞こえていないの忘れてた……)
『「【支配人】との対面後、3分以内に勝利条件を満たせない」ことです。これら勝利条件、敗北条件、特殊魔法について充分理解した上で、本ゲームをお楽しみ下さい。これで説明を終わらせて頂きます』
そう言うと光輝くボールは消え、玉は再び一人広大な大地に取り残された。
「………………」
玉はその場に膝を抱えて座り込む。
しかし少ししてすぐに立ち上がり、再び周囲を見回した。
(やった……これなら私にもできる! できるよ! ゲームマスターを探すのは少し大変かもしれないけど、とにかく出会っちゃえばゲームマスターは皆の中の誰かなんだし、『ゲームマスターはあなたですね』って言うぐらい簡単に許してくれるよね)
玉は右手を握り締め、気合いを入れ直した。
(よし……頑張ろう! 絶対6人で現実世界に帰るんだ…………!!!)
ジジジ……ジジジ
テレビが擦れる様な音の中、暗い部屋で一人聖は椅子に座り込んでいた。
膝立てに肘をつき、顔を傾け右手に顔の体重を掛ける。
【支配人】:沼原聖
敗北条件:他のプレイヤーに捕獲されること