令嬢の独行奮闘21-1
数分か十数分程が経過。
ミリスティの特殊技能による感知を頼りに、一行はダンジョン内を進みながら目的の場所を探索する。
先程までは、それなりに魔獣種との遭遇はしていたが、今の所、小鬼1匹にも遭わない現状が続いていた。
彼等を中心とした一定の範囲に偶々居ないだけか、それとも何かの要因で必然的に居ないのか。
そんな静寂な空気が漂うダンジョン内を、彼等は警戒しながらスムーズに進む。
「ンギグギギ…、ンンンギグゥウウゥゥゥ……」
因みにガイアの背に乗せている擬態宝箱だが、最初暫くは騒いだり暴れたりしていたものの、逃げ出す事は不可能だと悟ったのかすっかり大人しく為っていた。
しかし、少々苛立っているのか、妙な唸り声を時折漏らしながらぶつくさと言葉に成らない何かを口にし、不機嫌そうにしていた。
そんな暫くの時間が経過し、探索の進展が訪れた。
「――――見付けた」
ミリスティの短い言葉に、先を偵察する2人の斥候以外の全員が脚を止める。
「数は?」
ダムクはミリスティに短く問い掛ける。
「密集している辺りは大体70匹。その周りの通路を巡回してるのは20匹辺りってところ」
(うわっ、メッチャ多っ!)
合わせて100に近い数の小鬼が居る事を聴いたガイアはギョッとする。
「その中に魔力が高い個体はどれ位だ?」
「5匹」
「5匹も居るのか。運が良いのやら悪いのやら」
魔力が高い小鬼が居るという事は、つまり、少なくとも最低は上位種が5匹は確定。更には小鬼の魔導師が最大5匹居る可能性が高いという事になる。
「それ以外も大柄な小鬼の気配が8匹だけど、他の上位種とは比べ物にならない強い気配が1匹居るよ」
「どんな小鬼か判るか?」
ダムクは続けてミリスティに問い掛ける。
「判らない。初めて感じる小鬼の気配だけど、大柄な小鬼なんかより遥かに上なのだけは感じ取れる」
「ほう。大柄な小鬼をも凌駕する小鬼の上位種か」
ミリスティの報告を聴いたエルガルムは、その内容からある存在の可能性を導き出し口にした。
「それはもしかすると、小鬼の王が居るやもしれんのう」
「ほう、小鬼の王か!」
エルガルムの言葉に、ヴォルベスは嬉しそうな反応をする。
(小鬼の王……、つまり――――ダンジョンのボスか!)
ガイアもそれを耳にし、ワクワクし出すのだった。
「数は少なからず、幾種かの小鬼の上位種と闘った事は有るが、これまでの冒険者稼業の人生で小鬼の王に遭った事は無いな。それが今回初めて御目に掛かれるとなると楽しみだ」
「おいおい、未だそれが小鬼の王と確定した訳じゃ無ぇから、気が早ぇぞヴォルベス」
「小鬼の王で無いにしてもだ、大柄な小鬼よりも強い小鬼の上位種を見れるのは貴重だからな」
S等級冒険者である彼等にとっては脅威に成らない魔物だが、余り見られない珍しい小鬼種を直に見れる事に関して楽しみだとヴォルベスは口にする。
そんな話をしている時、先を偵察していたミュフィとライファが静かに戻って来た。
「小鬼の巣、見付けたみたいだね」
そうミリスティは察する。
「巣には凡そ70匹。その辺り近くの通路を20匹程が巡回してる」
「上位種の方は?」
戻って来たミュフィからの報告に、ミリスティは更に訊ねる。
「奥までは行ってないけど、気配からして魔導師系が5匹と大柄な小鬼が8匹。それ等よりも強い上位種が1匹」
「その一番強い奴は、小鬼の王の可能性は?」
「在る、と思う」
ダムクからの質問に対しては、はっきりとは断言せずである。
「解った。小鬼の巣までの経路は?」
「それなら儂の地図とミリスティの感知特殊技能で照らし合わせて見よう」
エルガルムは今回のダンジョン探索で身に付けた、特別な超大容量の空間魔法が施された小袋から上質な羊皮紙で作られた巻物を取り出し、それを開いた。
皆と共にガイアもそれを覗き込み視界に映ったのは、幾重にも分岐する通路と、それが繋がった幾数もの空間の分布図だ。特に変わった所は無い普通の地図かとガイアは最初に思ったが、良く見れば地図の中に点滅する青い表示が在った。
「立体表示」
エルガルムがそう口にしたその後、地図の表面から記された分布図が立体へと変化しながら飛び出した。
(これって立体地図!? こんなの魔道具も在るのか)
そう。それはエルガルムが若き時代、テウナクダンジョン専用に作った魔道具――――魔導の立体地図と呼ばれる物であり、所有者の現在地を常に表示され、未踏の領域や道を通れば自動的に記録する機能を持つ。そして記された場所や経路を立体表示する事でより詳しく地形を知る事が出来る、ダンジョン探索をする者達には非常に重宝される代物である。
「儂等の現在位置は此処じゃな」
エルガルムは立体表示された地図内に点滅する青い光を指差し、手で画面をスライドする様に立体地図の向きを進行方向へと合わせた。
「ミリスティよ、小鬼共が密集しておる気配は此処からどの方向かの? 真っ直ぐで良いぞ」
「此処から左斜め下の方です」
ミリスティは自分が口にした言葉通りの方向へと指を差す。
「左斜め下か」
それを聴いたエルガルムは、立体地図上の点滅から左斜め下へと指を動かす。
そしてその指は、地図上のある空間に停まった。
「恐らく此処じゃな」
エルガルムが指差した其処は、かなり広めの行き止まり空間が記されてした。この場所なら100近くの小鬼が密集出来るのと、ミリスティの感知による情報で確信に近い予想が出来た。
「其処までの順路は複雑では無いから直ぐに着けるじゃろう」
「目的の場所までの順路さえ把握出来れば、後は掃討だけですね。ミュフィ、順路は憶えたか?」
ダムクはミュフィに確認を問い掛ける。
「憶えた。この地図の御蔭で偵察し易い」
(えっ、早っ!)
ミュフィは目的の場所までの順路を即記憶したと頷き返答し、ガイアはそんな彼女の記憶力に驚く。
「良し。先ずはミュフィとライファさんで、密集場の辺りを巡回している小鬼を隠密必殺だ。死体を隠す必要は無いが速度勝負になる。行けるか?」
「行ける。音も無く殺れる。何時も通りに」
「私も同じく。悲鳴を上げる間も与えず速やかに」
ダムクの問い掛けに対し、ミュフィとライファは平静に返答した。
「良し。小鬼の巡回領域前に着いたら直ぐに初めて構わない。大体20匹とは言ったが入れ替わりのタイミングにぶつかる可能性も在るだろうから、其処を注意する様に。それと小鬼共の中に居る魔導師系に感知系特殊技能が有る可能性を考慮して、此方の接近が気付かれない様に隠密特殊技能を忘れずに」
ダムクの指示に対し、ミュフィとライファは頷き了承の意を示す。
「残りの俺達は巡回領域前で待機して、巡回兵を掃討した2人が戻って来たら〈気配感知〉で小鬼共の動きを感知で探り、奴等が感知系の特殊技能か魔法が有るか如何かを確認する。最初はそんな感じですが良いですか?」
そしてエルガルムに念の為の確認を取る。
「うむ、大丈夫じゃ」
それに対し、エルガルムは鷹揚に頷く。
「良し、それじゃあ2人は先行してくれ。頼むぞ」
「了解」
「承知しました」
ミュフィとライファは音を立てる事無く、目的の場所へと瞬時に向かった。
「さ、俺達も行こう。ミリスティ、感知特殊技能での警戒はそのまま続けてくれ」
「了解」
そして彼等も、小鬼の巣が在る場所へと向かい進み出した。
先行した斥候役のミュフィとライファは特殊技能で己の気配と魔力を殺し、更には感知特殊技能で魔物の気配を常に広範囲を把握しながら、目的の場所への順路を高速かつスムーズに駆け抜ける。
無駄な会話は一切せず、頼まれた役割を全うする為に音無く疾走する。
走り続けて1分程、常に感知していた多数の小鬼の気配が近付き、記憶した小鬼が巡回する領域前に辿り着く。
2人は辿り着いて早々物陰に潜み、覗き込む事はせず感知特殊技能で巡回する小鬼の居場所と数を確かめる。
密集している小鬼の気配から離れ、その場所付近を巡回する小鬼の気配の数は24匹。
優先排除すべき小鬼の数を正確に把握した2人は、互いの視線を交わし、何時でも行けると互いに頷いた直後、巡回領域に潜入する。
二手に分かれ、各々が近い標的である巡回する小鬼へと向かい疾走する。
巡回している小鬼を視界に捉えた瞬間、分かれた2人は疾走速度を加速させ、遠距離を一気に詰め瞬く間に小鬼の首を断ち斬る。
頭だけと成り宙を舞う小鬼は突然何が起こったのか理解が出来ず、騒ぎ立てる事も出来ず、困惑と動揺の表情を浮かべそのまま死を迎える。
胴体だけと成った小鬼の身体は全身の神経に伝達し動かす脳を失い、力が抜け落ち崩れる様に地面に倒れ伏そうとする。
小鬼の頭と胴体が地面に落ちる前に、2人は宙を舞う頭を片手で掴み取り、胴体が地面に倒れ伏す直前にワンクッション置く様に一瞬止める。そして小鬼の武器を地面に落ちる直前に掴み、その後、頭と胴体と武器を音を立てる事無く地面に置いた。
2人が巡回している小鬼を発見し、首を切断してから頭と胴体、そして武器を静かに置く迄の経過時間は僅か1秒以内。
音も無く、何かをされた事を認識すら与えず、呆気無い静寂な絶命という結果だけを残し、彼女2人は次なる標的へと即座に向かい駆け抜ける。
1匹、また1匹と、視界と〈気配感知〉で距離と範囲と範囲内に居る数を瞬時に把握し、最も適切な隠密必殺を実行する。彼女2人は別の通路で其々、己が得意の暗殺術で小鬼の命を静かに断ち斬る。
密集している気配以外の小鬼の気配が無い事を感知特殊技能で確認した2人は、合流する為に通って来た道を戻り疾走する。
巡回領域前へとミュフィとライファは合流する。
「此方は13匹」
合流して早々に、ミュフィは排除した小鬼の数を報告する。
「私の方は11匹です」
それに対し、ライファも排除した小鬼の数を報告する。
互いは相手から聴いた数と自分が倒した数を頭の中で暗算し、排除すべき数が達成している事を確認した。
「終わったか」
其処へダムク達とエルガルム達が合流する。
「ライファ、御苦労様です」
「はい、御嬢様」
シャラナはライファに労いの言葉を送り、ライファは軽く御辞儀をする。
「巡回してた小鬼を排除された事に気付かれたか?」
ダムクはミュフィに質問を掛ける。
「その気配は全く無い。彼方の感知範囲が狭いのか、そもそも感知系の特殊技能とか魔法が無いのか、はっきり判断付かない」
「……巡回兵が居るのに感知による監視が無いってのは変だな」
ミュフィの返答内容に、ダムクは意外そうに言う。
「もし有るなら少しすれば異変に気付くだろうけど……。ミリスティ、密集している小鬼の様子は如何だ?」
巣に居る小鬼達に何か動きが有れば、異変に気付いたと予測が出来る。そしてそれと同時に魔導師系の小鬼は感知系の特殊技能か魔法を有している事も判明する。
「全く気付いてないみたい。魔導師系の小鬼も何かしらの魔法を行使してる様子が感じられないよ」
「見張りは巡回兵任せか? なんと雑な警戒だ」
ミリスティの感知情報の内容に、ヴォルベスは呆れた表情を浮かべる。
「まぁ何にせよ、仮にそうだとしても都合が良い。巡回兵を排除した事がバレる前に近付こう」
小鬼側に感知の術が無いならそれで良いが、もしかすると感知による警戒を怠っている可能性も在る。その場合、感知による警戒をされる前にとっとと近付いて殲滅した方が良い。
そうダムクは考え、直ぐに小鬼の巣に向かうべきだと判断した。
「では巣に向かう前に、念には念を入れて感知対策を施すとしよう」
エルガルムは杖を掲げ魔法を発動する。
「〈生命隠蔽〉〈魔力隠蔽〉」
その場に居る全員の生命と魔力は覆い隠され、気配や魔力を感知する特殊技能から身を隠してくれる魔法をエルガルムから施された。
「これで良し」
「ありがとう御座います、エルガルム様」
ダムクは一党の代表として御礼を言い、エルガルムは「構わんよ」と手をひらひらと振りながら笑みを浮かべ伝える。
合流した一行は小鬼の巣へ向かい、ミュフィとライファに排除された小鬼の死体が転がる通路を進んで行く。
一行の足音が鳴る度、静寂に満ちた空洞を静かに反響する。
だが暫く進んだ辺りから、小鬼の声が奥から聞こえて来た。それも複数の小鬼の声だ。
「近いな」
複数の小鬼の声が聞こえて来た、という事は目的の巣に近付いているとダムクは確信する。
「何やら楽しそうな声だな。ミリスティ、密集している小鬼の動きは?」
ダムクはミリスティに密集する小鬼達の様子について問い掛ける。
聞こえて来る声の印象から、此方の存在に気付いていないと予想が出来るが、判断材料としては不足である。なので念を入れて感知情報も取り入れる。
「大丈夫、目立った動きは無いよ。特に一番気配が強い上位種は一切動いてない」
「魔導師系の魔力反応は如何だ?」
ダムクは更に問い掛けた。
「それも大丈夫。何も魔法を行使してないよ」
「余裕なのか単に間抜けなのか、何方かしらねぇ」
ベレトリクスは張り合いが無いと言いたげに口にする。
「ふむ…、もしかすると感知系の術を捨てた攻撃特化の上位種やもしれんな」
(それって所謂、脳筋魔導師ってか)
エルガルムが口にした予想を耳にしたガイアは、頭の中に無能な貴族魔導師達がふと浮かび、直ぐに頭の外へと追いやった。
目的の巣へと近付く毎に奥から反響する小鬼達の声が、徐々に音量を増していく。
小鬼達の声が聞こえるという事は巣が近いという事。
一行は声を漏らさぬよう注意し、極力足音を鳴らさぬよう進んで行く。
〈無音化〉の魔法を施せば気楽に進められるが、エルガルムは敢えてそうしなかった。
これはシャラナにとって大事な経験を積ませる為の必要な事だ。
魔法は便利だが、魔力は有限。何でもかんでも魔法だけで解決してしまう癖を付けさせてはならない。魔力が無くなったから何も対処出来無いなど、そんな言い訳はダンジョン等の弱肉強食世界では通用しない。
だからシャラナには魔法だけでなく、その場その時を対処出来る純粋な技術や判断力を養わなせる為に敢えて音を消さなかった。
合流してから進み始めて2分か3分程が経過し、一行は小鬼の巣の入口前に辿り着いた。
堂々といきなり突入せず、姿を隠しながら中の様子を窺う。
(うわっ! すっごい数…!)
視界に映り込む小鬼の数に、ガイアは思わず目を見開いた。
「これは凄い。これ程の数の小鬼は初めてだ」
「ああ。しかもその全部が武装してやがる」
武装した数多の小鬼の光景に、ヴォルベスとダムクは抱いた驚きを口にする。
「リーダー、一番奥の奴」
ミリスティに促されたダムクは視線を小鬼達がわらわらと居る空間の奥へと向け、他の全員も釣られる様にその方向へと視線を向けた。
視線の先、その空間の奥には巨岩を削って作られたであろう玉座――――と言うには余りにもちっぽけな石造り――――に座って踏ん反り返る小鬼が居た。
(あれが小鬼……!? もう明らかに小鬼って基準じゃないでしょ…!)
その小鬼を目にしたガイアは、顔を驚愕の色を滲ませた。
その小鬼の身体は大柄な小鬼よりも更に大きく、全身の大体部分を黒ずんだ色彩の鎧が覆い、そしてどの小鬼よりも邪悪に歪み満ちた醜い顔立ちをしていた。肩には金の刺繍が施された真紅の長外套に、頭には不吉な髑髏の浮上彫が細工された黄金の王冠を被り、右手には特大の戦斧を握り締めていた。
「……あの見た目と風格、まさに小鬼の王だな」
大柄な小鬼すらも上回る身丈と屈強さ、そして矮小な小鬼から進化したとは思えない強者の威圧感。それを目にしたダムクは思わず笑ってしまう。
「間違い無い、あれは小鬼の王じゃ」
エルガルムは特殊技能〈鑑定の魔眼〉で、奥で踏ん反り返る上位種が小鬼の王だと確認した。
「あれが小鬼の王……」
小鬼とは思えない恐怖を催させる強者特有の威圧感に、シャラナは内に在る緊張の糸を無意識に張る。
「賢者殿、あの小鬼の王の強さはどれ程で?」
ヴォルベスは興味津々に小鬼の王の強さについて、エルガルムに尋ねる。
「彼奴の強さはB等級じゃ。そして上位戦士職の武技と特殊技能を複数有しておる」
「ほほう…!」
それを聴いたヴォルベスは目を輝かせ、自分程では無いとはいえ試しに闘ってどれ程のものか見てみたいという好奇心を抱くのだった。
「エルガルム様、魔導師系の小鬼の中に毛色の違う奴は居ますか?」
小鬼の王と大柄な小鬼は一目で見れば大体どの様なタイプなのか予想は付くが、5匹居る黒い頭巾付き魔導衣に身を包んだ魔導師系の小鬼は、見た目だけでどの系統の魔法が扱えるのか判断が出来ない。
〈魔力感知〉が優れたミリスティに訊いても良かったのだが、ここは等級も扱える特殊技能や系統魔法も解明出来る〈鑑定の魔眼〉を有する賢者エルガルムに訊くのが手っ取り早い。そうダムクは思い彼に尋ねた。
「……居るな、小鬼の邪教徒が1匹」
「という事は、残りの4匹は小鬼の魔導師って事ですか」
「そうじゃ。因みにあの小鬼5匹の強さはC等級じゃ」
「大柄な小鬼8匹はどの程度です?」
「あれ等も同じくC等級じゃ。通常の大柄な小鬼よりも強い個体じゃよ」
「なるほど、これは気付かずにほっといちゃ不味いやつだな」
ダムクは小鬼の王が居る小鬼の巣を早期発見出来た事に良かったと思った。
通常種の小鬼でも、100匹近くの数は駆け出し冒険者一党にとっては脅威である。しかし、その中に大柄な小鬼や小鬼の魔導師といった上位種が数匹居れば確実に死者が出ると言って良い。
更には小鬼の王が出て来るとなれば、C等級冒険者一党が複数一致団結しても立ち向かえるか如何か定かではない。
「ああ。これは早々に掃討しなければ、この上層部を狩場として来る駆け出し冒険者達が小鬼の王が率いる小鬼の群れの餌食に成ってしまうな」
珍しい強い魔物に対する浮かれた好奇心を自ら抑え、ダムクが口にした事にヴォルベスは同意する。
(……これを無能な貴族達が見たらどんな反応するだろう?)
それを耳にしたガイアはふと想像する。
たかが小鬼数匹程度、絶対に勝てると豪語する無能な貴族達。
そんな傲慢な彼等に小鬼の王率いる小鬼の群れが突如襲って来る。
余裕ぶって未熟な剣術、未熟な魔法、都合の良い戦況前提の安易な戦略、無謀な突撃を仕掛ける貴族達。
後方の小鬼の魔導師が護りの魔法であっさり防御。
それに驚愕して動揺する真っ青顔な貴族達。
其処に魔法による遠距離攻撃が襲い、小鬼の群れが数の暴力で貴族達を蹂躙する。
畳み掛ける様に大柄な小鬼が登場し、貴族達は更に蹂躙される。
決め手は小鬼の王が小鬼とは思えない膂力で、上等な鎧を身に纏い上等な剣と盾を持つ名ばかり騎士の貴族を複数同時に一撃で屠る。
恐怖は一気に伝染し、傲慢さをバキバキに圧し折られた貴族達は恐怖の絶叫を上げながら逃げ出す。
そして最後は――――。
(うん、助からんな)
容易に想像出来てしまう想像上の傲慢な無能達の末路に対し、同情は一切湧かなかった。
「如何するリーダー? 魔導師の方は私が殺るけど」
ミリスティは戦闘開始時に先駆け、小鬼の魔導師と小鬼の邪教徒を狙撃する役目を率先すると言いながら、詳しい作戦をダムクに訊く。
ミュフィは既に漆黒の短刀を鞘から抜き、何時でも行ける様に戦闘態勢を取っていた。
「そうだな。ミリスティは魔導師と邪教徒を――――」
「おっと済まん。ちょいと良いかの」
ダムクが掃討する為の作戦を言おうとした所を、エルガルムは少々強引に止めた。
「今回の小鬼掃討は――――シャラナ1人に遣って貰う」
エルガルムから告げられた内容に、堅実の踏破一同とガイア、そして指名された当の本人であるシャラナは目を見開いた。
「あ、あの数をシャラナちゃん1人で遣らせるんですか!?」
ミリスティは動揺しながら不安を口にする。
「多数の小鬼に上位種が複数、そして小鬼の王。これ程迄に整った状況は中々無い。現在のシャラナには持って来いの試験じゃ」
「試験……ですか…」
「そうじゃシャラナよ。このダンジョンへ来た目的は最下層部じゃが、今は御主に多くの経験を積ませるのが目的なのじゃからな」
そう、これはシャラナが通らなければならない試練。
何れ大多数の敵相手に、たった1人で立ち向かわなければならない状況が訪れる。
そんな予期せぬ事態に対処出来るよう、今此処で経験を積ませるべきだとエルガルムはそう考えての発言である。
「……補助も抜き、という事ですか」
「済まんのう。これも今後のシャラナの為じゃ」
ダムクの問いに対し、エルガルムは謝罪を交え返答する。
「リーダーよ、俺は賢者殿の方針に賛成だ」
そこにヴォルベスが口を開く。
「御令嬢殿は冒険者と成った身だ。予期せぬ強敵や大群との遭遇に対し、最悪1人で対処せざるを得ない状況が何れ訪れる。現在の御令嬢殿があの小鬼の王率いる群れに対し何処まで闘えるか、それを見定めるなら今この時が非常に好ましいと御考えなのだろう」
ヴォルベスの意見に、エルガルムは頷き肯定する。
「確かに試験として挑ませるのは理解出来るけど、あの数に補助無しは危険だと私は思うんだけどぉ……」
ミリスティは余り気が進まなそうに不安で顔を少し曇らせる。
「ミリスティ、補助は無しだが命は助けるなとは言われて無ぇだろ。俺達は万が一の時の救助、って所ですよね」
「うむ。但し、救助の判断は儂が決めさせて貰う。良いな?」
「解りました。救助の判断はエルガルム様に任せます」
ダムクは一党の代表として了承した。
「ではシャラナよ、今回の小鬼の王率いる群れとの戦闘をする前に伝える。中に居る小鬼共が有する能力は儂の〈鑑定の魔眼〉で把握したが、扱える特殊技能や魔法に関する情報は敢えて教えん」
敢えて敵の情報は教えない。
そんなエルガルムの言葉に対し、シャラナは動揺せず。
しかし、不安の色を滲ませながらも真剣な表情で師の言葉を傾聴する。
「御主に与える課題は3つ、未知の敵に対する観察力、敵が有する未知と判明していない術に対する即時対応力、そして移り変わる状況での判断力じゃ。この先この3つは必須の能力となる故、力任せな戦闘をせぬように心掛けなさい」
「はい、先生」
シャラナは内に在る緊張の糸が更に強く張り、少し強張った表情を浮かべ返事をした。
不安は払拭し切れない。何せ70以上は居る小鬼の群れをたった1人で相手取らなければならないのだから。あれ程迄の数の暴力が襲って来る光景を想像しただけでも胸中に恐怖が生じる。
そんな彼女の胸中を察したエルガルムは彼女の肩に手を置き、語り掛ける。
「まぁ、あれにたった1人で挑むのは普通誰でも恐怖するものじゃ。じゃが、御主はあれ等を纏めて相手取る力が充分備わっておる。後は御主が持つ力を如何使い、上手く扱い闘うかじゃ」
だがエルガルムの言う通り、シャラナにはこの数の暴力を一蹴出来る魔法を修得している。
後はシャラナの戦闘技術と勇気次第である。
「では最後にある質問をしよう」
「はい、何でしょうか?」
ある質問とは何だろうとシャラナは首を傾げ、そんな彼女にエルガルムはニコッと笑みを浮かべ問い掛けた。
「ガイアの動像10体以上相手とあの小鬼の群れ、御主にとって何方が怖いかの?」
そんな投げ掛けられた質問に、シャラナは目をぱちくりさせた。
そしてシャラナは此処へ来る大分前の事――――ガイアとの模擬試合を思い返す。
動像とは思えない俊敏性と機動速度、そんな巨体が数体同時に強襲、武技や特殊技能無しでありながら熟練者水準と言って良い戦士の動きで巨大な武器を容易に振り回すそんな恐怖を。
物理だけでは無い、魔法も容赦無く放ってきた。それも宝石で煌めく動像が。
強化魔法や天使召喚で何とか対抗したが、あれはぶっちゃけ厳し過ぎる試合だった。
それに対しあの小鬼の王とその小鬼の群れは如何か。
武装はしているが只の武具、魔法対策が施されてない防具を着る相手なら魔法は容易に通用するだろう。
大柄な小鬼も武装しているが、通常種より膂力が強いというだけで魔法は変わらず通用する筈。接近戦に為っても俊敏性を強化し、油断さえしなければ躱す事は然程難しく無い。
小鬼の魔導師に対しては〈魔力感知〉で発動させる魔法を把握し避けるなり防ぐなりして、此方の殺傷力が高い魔法で仕留めれば――――。
(………あれ、冷静に考えてみたら大した事無いかも)
緊張が適度に緩み、シャラナの心は平静と為った。
「如何じゃ? 何方が恐ろしい?」
シャラナの顔から不安の色が薄れ消えた事をエルガルムは察し、笑みを浮かべた儘もう一度問い掛ける。
問い掛けられたシャラナは自信を持った笑みを浮かべ返答した。
「ガイアの動像の方が非常に恐ろしいです」
「ホッホッホッ。宜しい」
エルガルムは彼女の肩に置いた手をスッと離した。
「さあ、行ってきなさい!」
「はい!」
闘いに挑む覚悟が決まったシャラナは自ら進み、小鬼の王が支配する空間内へと、たった1人で歩み入って行くのだった。




