いざ、ダンジョンへ20-5
地下ダンジョン内を進み続けて、数分か数十分だろうか。
もしかしたら既に1時間は経過したかもしれない。
空も太陽も無い地下にいる所為で、時間経過が判らなかった。
空洞という通路を進み探索しては遭遇する武装した小鬼を倒してはまた進み、出現数は無作為、遭遇間隔も不規則にと、それ等の流れが繰り返す。時折に野蛮な狼や灰大鼠に遭遇し、それ等も倒し魔石などの素材を解体して回収し、ダンジョン内の何処かに存在する小鬼の巣を探索し続ける。
「如何だミリスティ、小鬼共が密集している気配は未だ感知の外か?」
ダムクはミリスティに確認を問う。
「未だ見付からない。遠くの彼方此方に居る小鬼はちらほらと感知出来てるけどねぇ」
「そうか。結構進んだが、もう少し奥の方に巣を構えているかもしれないな」
広大なダンジョン内で、目的の魔物を探すのはとても苦労する。好戦的な魔物なら彼方から大体勝手にやって来るので探す手間が省ける事はそれなりにあるが、人前や天敵の前には姿を現さない存在の場合だと、感知系特殊技能や魔法が無いと非常に苦労する。
魔物の種類によっては感知から身を隠す特殊技能持ちも存在する為、丸1日中探し回って徒労に終わるなんて事もある。
だが、現在探している小鬼の巣は探し出すのにそう難しくは無い方だ。
魔物の巣が在る場所には、必ず多数が密集していると言って良い。
そして何より、巣の主である群れの長、若しくは上位種が居る可能性が高い事を示している。
(うーん…。他に変わった魔物とか居ないかなぁ)
彼等と共に進むガイアは、小鬼の巣よりも、直に見た事が無い魔物の方に興味が行っていた。
(小鬼は兎も角、ちょくちょく遭う野蛮な狼とか灰大鼠って、前の世界に居た狼とか鼠を大きくしただけな感じなんだよねぇ)
これまで遭遇した魔獣種は前世の動物を大きくして、そこに凶悪さや間抜けさ等の性質を適度に与えられた感じの獣ばかりだった。
野蛮な狼は名称から判る通りに狂暴性が有るし、灰大鼠は人の赤子程に大きいがそれ以外は毛が灰色の普通の鼠と言って良い。
無論、灰大鼠も人を襲い殺傷する。
特に群れで襲われば一溜りも無いらしい。
(幻想世界的な生き物、もうちょっと出てこないかなぁ)
未だダンジョン上層部序盤であるが故に余り刺激が無く、少々退屈気味なガイアはそんな事を思いながら歩み進む。
暫く進み、また魔物に遭遇した。
遭遇とはいっても、ミュフィとライファの斥候2人にミリスティの感知系特殊技能で、その存在が道中に居る事は既に把握済みだ。
それもたった1匹、彼等の敵では無い魔物だ。
(お! あれってもしかして!)
そのとある魔物と遭遇したガイアは、それを視界に映す。
半透明な水色に半液状の球体、そしてその中に恐らく生命核と思われる球体が在る。
そう、粘体――――スライムと呼ばれる魔物である。
正式別称は粘液生命体と呼ぶが、世間では粘体と略称されている。
(スライムだー!)
ガイアは好奇心に身を任せ、警戒せず小走りで粘体に近付いて行った。
「あっ、ガイア! 無暗に近付いたら危ないから!」
シャラナは慌てて引き止めようするが、ガイアは制止を聞かず粘体の直ぐ傍まで近付くのだった。
(おおー、プニプニだー。プニプニのデッカいアメーバだー)
ガイアは好奇心の赴く儘に粘体の表面を幾度も突っ突き、不思議な柔さと弾力を感じ楽しむ。
突っ突かれる粘体は、ガイアから逃げようと液状の体を流動させ移動するが、粘体の性質上動きが鈍い為ちっとも逃げれていないのだった。
「………遊び出しちゃった」
遊び出したガイアに対し、如何したものかとシャラナは困った笑みを浮かべた。
「仕方ないかと。何せガイア様は赤子ですから」
そうライファも、目元と覆面の下の口元を困った笑みを浮かべる。
普通なら無理矢理にでも引き止めて叱るべきなのだが、ガイアは神獣という規格外な故、ほぼ心配は無いと抱いてしまう。
多少の怪我だって、特殊技能で直ぐに完治するのでそれも問題はほぼ無い。
「粘体の方は必死に逃げてるな。本能的に神獣様が強いって直感してるんだろうな」
ダムクは一方的な戯れの光景を観ながら笑う。
「ホッホッホッホッ、恐らくそうじゃろうな。粘体は魔物の中で非常に脆弱な部類な故、危機察知能力が高いからのう」
エルガルムも純粋無垢な子供の様に粘体を突っ突き弄るガイアを観ながら笑う。
「でもこうして観ると、神獣様って本当に子供なのが良く解るねぇ」
そしてミリスティも、子供を見守る温かい目でガイアを観るのだった。
(何だろう、半固形状とは言い切れないこの感触。それに粘々するのかと思ったけど、表面上は薄い膜で覆われてるみたいだ。破けたりしないのかな? 伸縮性の有る破れ難い特殊な膜なのかな?)
ガイアはこの異世界ならではの不思議な生命体を突っ突きながら観察し、遂にはそれを不用心に摘まみ上げた。
そんな危うい行動に、シャラナは少しハラハラするのだった。
「1匹程度なら大丈夫よ」
そんなシャラナの気持ちを察してベレトリクスは宥める。
「大きさ的にも縮小状態のガイアの全身を取り込めないし、物理系の耐性は有っても生命核を引っこ抜いたり壊しちゃえば死んじゃうから」
粘体は危険度Fの最弱に部類される魔物。
体組織の構造上、筋力が非常に弱く流動による移動は人の歩みについて来れない遅さだ。
しかしその反面、柔く弾力が有る性質上の故に中途半端な力では損傷が与え辛い。半液状の体組織を斬り裂いても、肝心の生命核を壊さなければ失った体組織を徐々に再生し続ける性質を有している。
通常の、只の粘体ならば、それ等の性質は余り脅威では無い。
半液状の体組織の大きさや通常種には無い性質や特殊技能を持つ、そんな様々な粘体の上位種となれば通常種の粘体とは比べ物にならない脅威と成る。
「気を付けるべき点は完全に捕まっちゃう事ね。酸を分泌して獲物を融かしながら捕食するから、弱いからといって不用意に接近し過ぎちゃ駄目だからね」
そんなベレトリクスの解説を他所に、ガイアは摘まみ上げた粘体をプニプニと触り続ける。
そんな時、摘まみ上げられた粘体が形状を変えてガイアの指を包む様にへばり付いた。
(およ?)
さっきまで逃げようとしてた粘体が指にへばり付く行動に、ガイアは何だろうと疑問符を浮かべる。
そして次の瞬間――――。
「ンンァアア――――――ッ!!」(あづぁああ――――――ッ!!)
突如と指に焼かれる様な痛みが生じ、ガイアはそんな痛みに驚き思わず素頓狂な声を上げ、摘まんでた粘体を反射的に壁に向かって叩き付けるのだった。
「あんな風に融かされちゃうから」
そんなガイアの様子を悪い見本の様にベレトリクスはシャラナにそう言い、シャラナはガイアの短い喜劇に思わず苦笑した。
(あだだだだだ! 指! 指融かされたぁ!)
粘体に融かされた指は少し細く為り、岩石の表面は削り取られたかの様な歪な状態を直に見たガイアは驚きを抱く。
だが直ぐに再生が始まり、融かされた指は修復された。
――――特殊技能〈酸耐性〉取得――――
(え!? これで耐性系特殊技能取得!? 早っ!)
あっさり特殊技能〈酸耐性〉を取得した事に、ガイアは続け様に驚く。
(ま……まぁ特殊技能が増えたから良い方だって捉えれば――――)
ガイアは思わず反射的に投げた粘体をちらりと視線を向ける。
(あ……)
ガイアの視線の先に居る粘体は、潰れた様に壁にべっちゃりと広くへばり付いていた。そして半液状の体組織は、ゆっくりと下へと滴り流れていた。
形状が保つ力を失った体組織の中から粘体の壊れた生命核が抜け落ち、生命核から小さな魔石がコロコロと転がり出て来たのだった。
(な…………なんか切ない……)
呆気無くと言うべきか、儚いと言うべきか、反射的にとはいえ粘体を叩き付けてあっさり殺してしまったガイアは、何とも言えない妙な罪悪感を抱いた。
相手が魔物とはいえ、生命を弄んだ挙句に殺すという非人道的な行為をしてしまった後味が悪い気分である。
そんなガイアの頭を、シャラナの手が乗る。
今のガイアの心境を理解してくれたのか、彼女の手から慰めの優しさが伝わって来た。
「行こっか」
(……うん)
ガイアはこくりと頷いた後、粘体の生命核から出て来た魔石を拾ってシャラナに渡し、既に残骸と化した粘体の半液状体組織に触れる。
感触から弾力性を失ったのが感じ取れる。
これが粘体の死後というものをガイアは初めて知った。
(ごめんよ……)
何とも言えない罪悪感から来る虚しさに、ガイアは壁に寄り掛かる様に手を付き、殺してしまった粘体に対し心の中で謝罪をするのだった。
だがその時、急な出来事が起こった。
「ンア!?」(うお!?)
ガイアが寄り掛かる様に手を付けていた壁に穴がぼっかりと開き、隠れた空間が現れた。
不意な出来事にガイアはそのまま前へ倒れてしまうのだった。
(え!? 何!? ビックリしたぁ!)
倒れたガイアは慌てて立ち上がる。
「ほう! こりゃあ珍しい。不規則な隠し部屋が見付かるとはのう」
(ランダム・シークレットルーム?)
エルガルムの口から耳にした名称に、ガイアは「何だそりゃ?」と目をぱちくりさせる。
「不規則な隠し部屋って何ですか? 先生」
シャラナも知らなかったらしく、それについてエルガルムに質問をする。
「これはのう、現在確認されておる全てのダンジョンが持つ謎の現象の1つでな。知らぬ間にその空間は何処かに出現しては、何時の間にか消失する空間じゃ。しかし、この不規則な隠し部屋は如何いう原理か高度な隠蔽魔法が施されてな、盗賊の上位職を修めた者でも見付けるのは非常に難しいのじゃよ」
「先生やベレトリクスさんは見付けられますか?」
「感知系と看破系の特殊技能と魔法を全て活用すれば何とかのう」
(え、そこまでしないと見付けられないのか。でも確かに全然判らなかったなぁ)
ガイアは開いた穴の壁に触れ、地質の違いがあったりするのだろうかと調べるが、これといった変わった所は無かった。
「見付ければ大抵良い事在るわよ。ほらあれ」
ベレトリクスは現れた隠し部屋の奥を指差し、全員がその方角へと視線を向けた。
(あ!)
ガイアの視線の先に映った物、その空間の中に金縁が施された木製箱が1つ置かれていた。
(宝箱だー!!)
そう。ダンジョン探索の醍醐味の1つ――――宝箱である。
それを視界の中心に映したガイアは、目を純粋な子供の様に輝かせた。
「何が入ってるかは開けてからのお楽しみで御馴染みの宝箱が在るからねぇ。それに宝箱以外にも希少な薬草の群生してたり鉱石原石の鉱床が在ったりとか、滅多に遭遇しない希少な魔物とかが居たりするのよ」
「俺達冒険者はこの部屋を、別名お宝部屋とも呼んでるんだ」
「なるほど、希少な素材もある意味ではお宝ですね」
ベレトリクスの解説とダムクのちょっとした補足を聴いたシャラナは、また1つ知識を得た。
(わはー! お宝だー! 宝箱だー!)
一方ガイアは不規則な隠し部屋の説明を最後まで聞かず、1人で勝手に目の先に在る宝箱へ驀地に近付くのだった。
(おおー! 生の宝箱だぁ!)
初めて見る宝箱をガイアは身近でじっくり観る。
宝箱の金縁には浮揚彫の細工が施され、木製の箱は芸術品の1つとして飾られても良い煌めきを宿っている。
(中身は何かな~?)
その見た目から期待を抱かせる宝箱にガイアは手を伸ばし、蓋を開けようとした。
(ん?)
しかし、蓋を開ける前にガイアは宝箱のある部分に気が付く。
(あれ? 何か此処だけ汚れてるな)
蓋口の辺りには黒ずんだ汚れを発見したガイアは少し気になり、軽く指で擦ってみる。するとその黒ずみはボロボロと崩れ落ちた。
(何だろう? 乾燥してるみたいだけど、何かが固まったやつなのかな?)
そう疑問に思った次の瞬間――――。
(――――え?)
ガイアの視界全体が突然――――真っ暗に為った。
「まさかこうも早く不規則な隠し部屋を発見出来るとは実に幸運だ。これは神獣様が齎して下さったのかもしれんな」
ヴォルベスはダンジョンに潜って早々に発見した偶然を、そう感慨に思いながら口にする。
「確かにそうかもしれんのう。儂も是迄の人生で、早々に発見したのは初めてじゃわい」
エルガルムは彼の言葉に笑いながら同感の意を口にする。
「けどあれが本物か如何かは未だ判らないから、迂闊に近付いちゃ駄目だからね」
「如何いう事ですか?」
ベレトリクスの言葉に、シャラナは単純な疑問を口にする。
「〝擬態宝箱〟の可能性が有るって事だよぉ」
シャラナの疑問に対し、ミリスティが答えてくれた。
「擬態宝箱って……あの宝箱に擬態した魔物の事ですか?」
「そうそう。普段は宝箱の振りしてじーっと動かないけど、お宝欲しさに開けようとする人を喰い殺す魔物だよぉ」
「でも魔物ですよね? それでしたら感知系特殊技能や魔法が有れば見破れますね」
「残念だけど、ただ感知するだけじゃ見破れないのよ」
「え!? 何でですか?」
ベレトリクスからの意外な答えにシャラナは驚き、問い掛けた。
「擬態宝箱は自身の生命気配と魔力を完全に消す特殊技能を持っててね、不規則な隠し部屋同様に高度な隠蔽に対する感知と看破の力が無いと判別出来ないのよ。だから宝箱が出て来た場合は、当たり外れの何方かなのよねぇ」
ベレトリクスは両肩を竦ませながら困った風に言う。
「ま、エルガルムの特殊技能〈鑑定の魔眼〉なら直ぐに判別出来るけどね。という訳であれは何方、エルガルム?」
「あぁ、あれは擬態宝箱じゃよ」
「擬態宝箱かぁ」
偽物だとエルガルムに断定されたが、ベレトリクスの表情はこれっぽっちも残念そうな色は浮かんでなかった。
「ホント便利ね、その特殊技能は」
実は擬態宝箱を簡単に見分けられる魔法が1つ存在する。
それは〈鑑定〉と呼ばれる魔法だ。
近くの対象に向けて発動する事で、物の品質や効能の詳細、そして人や魔物等の強さという情報を読み取る事が出来る。
しかし、対象近くで発動しなければならない為、それは擬態宝箱にとって絶好の隙と成ってしまう。
故に擬態宝箱を安全に判別する方法は〈鑑定の魔眼〉を除き、上位級の感知と看破を使って見破るしかないのだ。
「という訳だから、ダンジョンで宝箱の中身が欲しい場合は上位級の感知系だけじゃく看破系も修得してからね」
「はい、解りました」
ベレトリクスからの擬態宝箱に関する注意点を聴いたシャラナは、理解と了承の意の返事をする。
「解った? ガイア。 ベレトリクスさんの言った通り、本物か如何か判明するまで不用意に近付いたら危ないから―――――」
ガイアが居る方へ視線を向けたシャラナは、ある衝撃的な光景を目にし固まった。
何と視線を向けた先に居たガイアが、擬態宝箱に頭を丸々齧り付かれていたのだった。
「――――言った傍から食べられてる!!!」
これには当然シャラナは仰天する。
無論、他の全員も仰天するのだった。
「ン?!! ンンンンン!! ンンン、ンンンンンンンン!!」
シャラナの仰天声で自分が喰われている事に気付いたガイアは、慌てて頭を齧り付く擬態宝箱を引き剝がそうとする。
傍から見れば実に滑稽な状態である。
しかし、それはガイアだからそう成る。
もし擬態宝箱に齧り付かれているのが人だった場合、首を喰い千切り、頭を喰らった後に残った身体を残らず喰い尽くす恐怖を刻む残酷な光景と成る。
それが普通なのだ。
「ンンンンンンン!! ンンンンンンン!!」(放せコラー!! はーなーせー!!)
擬態宝箱はガイアの首に鋭い多数の牙を突き立て、引き剥がされまいとがっちり齧り付く。
「行くぞヴォルベス!! 引っ剥がすぞ!!」
「お、応!!」
ダムクとヴォルベスは慌ててガイアの元へ駆け寄り、ダムクは下から、ヴォルベスは上から引っ張り、擬態宝箱の口を力尽くで開けようとする。
「放せやこの…!!」
S等級冒険者2人の膂力により、擬態宝箱の口が徐々に開いていく。
「アギ、アギギギギ…!」
それに対し擬態宝箱は、獲物を離すまいと顎の力を緩めず抵抗し続ける。
常人を圧倒的に超える2人の膂力を以てしても、擬態宝箱の鰐の如き強力な顎を強引に開けるのは苦労するのだった。
つまり、一度でも齧り付かれたら助からないのが普通だ。
(ふんぬぅ~!!)
ガイアも擬態宝箱の口に手を掛け、自分の頭を齧り付く口を無理矢理抉じ開ける。
「アギ?! アギギ、アグギギギ…!」
ガイアの膂力も加わり、流石の擬態宝箱も自慢の顎の力が押し負けるのだった。
「そぉらあーっ!!」
完全に開かれた口からガイアは解放され、真っ暗な視界は明るい空間を映した。
「良いわ、そのまま抑えて頂戴」
「了解!!」
ベレトリクスの指示にダムクとヴォルベスは従い、地面に圧し付け擬態宝箱の上顎を開き切った状態で押さえ付ける。
「ちょっと貰うわよ」
ベレトリクスはガイアの背に在る鉄鉱石の塊に触れ、魔法を発動させた。
「巻き込む形に成っちゃうけど、ちゃんと出すから我慢してね。〈鉄塊の拘束〉」
ベレトリクスの魔法により、鉄鉱石の塊が擬態宝箱に纏わり付く様に形を変え、口が開いた状態の儘がっちりと鉄の塊で包み拘束した。
それと同時に擬態宝箱を押さえ付けていた2人も、腕や身体の大部分が鉄の塊に埋もれるのだった。
開き切った上顎は完全に鉄塊に埋まり、外側全体は分厚い鉄に覆われ、下顎の牙も全て鉄で覆われた擬態宝箱は身動きが完全に取れなくなり、ただ呻き声を発するしか出来なくなった。
「これで安全。ありがとね2人共、直ぐ出すわ」
ベレトリクスは2人の身体の大部分を覆う鉄を魔力で柔らかく変質させ、纏わり付く鉄から解放させた。
「ふう、ビックリしたぜ」
ダムクは大きく一息吐き安堵する。
「うむ…俺も少し肝が冷えた」
ヴォルベスも同様に安堵する。
「ホントだねぇ…、頭丸ごと食べられてたからビックリしちゃったよぉ」
ミリスティはそう言いながら苦笑する。
「神獣様だから助かった。人だったらもう首が無くなってる」
(ホントそれね! 神獣じゃなかったら即死だった!)
ミュフィの言葉にガイアは強く同意し、後から若しもの死の恐怖が胸中に生じた。
「いやはや、まさかガイアが頭を丸齧りされた光景を見るとは思いもしなかったわい」
「ホントです…。頑丈なのは充分に知ってはいますけど、いきなりの事だったので喰い殺されたのかと思いました…」
エルガルムは驚きを抜く為に息を吐き、精神的衝撃な場面を見てしまったシャラナは、大きく溜息を吐いて生じて急激に溜まった驚愕と恐怖を吐き出す。
「もう、ガイア。無警戒に近付いちゃ駄目ってさっき言ったでしょう。ちゃんと先生達の話を聴かないと駄目ですよ」
(あう……、済みません…)
シャラナに諭される様に説教されるガイアは、身を縮こませた。
「そうですよガイア様。ガイア様はダンジョンについて知らない事が多々在りますから、行動する前に先ず賢者様達に確認を訊いてからですよ」
(はい……、気を付けます…)
ライファにも諭される様に注意されるガイアはしゅんと為り、収縮状態の身体を縮こませ、反省の意を示すのだった。
神獣とはいえガイアは未だ赤子、親子の様で姉弟の様な、在り来りな家庭にあるそんな光景を他の皆は温かな目で観て笑った。
「さてと、それじゃあ擬態宝箱の中身を物色しましょうかね」
「え!? 擬態宝箱の口の中に何か在るんですか?」
中身を物色するというベレトリクスの言葉に、ダムクは驚きの色を浮かべ訊ねた。
ダムクに限らず、エルガルムとベレトリクス以外の者全員が初めて聞いたという表情を浮かべた。
「あら、知らなかった? 擬態宝箱の口の中って空間魔法の〈収納空間〉みたいに成ってるのよ」
(え!? マジで!?)
それを耳にしたガイアは、半信半疑を抱きながらもその事実に驚く。
「それに只の亜空間じゃなくて、喰らい殺した獲物を体内で魔道具に錬成して溜め込むのよ」
「それって、擬態宝箱の体内には何かしらの魔道具が在るって事!?」
その内容にミュフィは猫耳をぴくぴくと反応し、静かな声音には驚きと期待の色が滲み出ていた。
「在るか無いかは運次第だけど、此奴は持ってると思うわ。ほら此処、口の辺りに乾いて黒ずんだ血痕が在るでしょ。少なくとも数人は喰い殺している証拠よ」
(あの黒ずみって、血だったのか……)
ベレトリクスの説明により、ガイアは黒ずんだそれが何なのかを理解する事が出来た。
だが彼女の言った言葉に対し、ダムクは違和感を覚えた。
「ん? ちょっと待てよ…。ベレトリクス様、其奴の中に何かしらの魔道具が在るのは人を喰い殺してるからの様に聞こえましたが…」
「そうよ。此奴はね、喰い殺した生き物を魔道具に作り変えてる説が在るのよ」
「え!!? …って事はあれですか、擬態宝箱の中に在る魔道具は喰い殺した人とかの生き物から出来た物って事ですか!?」
仮説とはいえ、初めて聴く擬態宝箱の恐ろしい生体性質にダムクはギョッとした。
「検証は10匹しか出来てないけど、少なくとも1人たりとも喰い殺せていない擬態宝箱は何も持って無かったわ。逆に何かを喰い殺していた個体の中には魔道具が在る事が高い確率で確認出来たわ」
「えぇ…! それって死肉から作り出した物なのかなぁ…!?」
「えっ…! 死肉の……魔道具…?!」
喰い殺した生き物から魔道具を作り出すという内容に、ミリスティとシャラナは奇怪な想像をしてしまう。
(うわぁ…! 何それ、メッチャ生々しそう…。絶対悪い意味で曰く付きなんじゃ……)
ガイアもそれを聴いて怪奇的な魔道具を想像してしまう。
「あぁ、完全に立証された訳じゃないんだけど違うわ。擬態宝箱は喰い殺した生き物の〝魂〟から魔道具を錬成するらしいのよ」
「生き物の魂からですか?」
シャラナは驚きと同時に疑問が浮かぶ。
物理的に触れる事は出来ない魂から如何やって魔道具という物質へと変質させられるのか、理屈が理解出来なかった。
「昨日あたしが死霊系統魔法を説明した一部分の内容は憶えてるかしら? 善なる心の者は清純な魂を宿し、邪なる心の者は不浄な魂を宿す、人には様々な性格や強い欲望を宿している。それ等がひっくるまった己の心が自身の魂の性質に反映するっていう説」
それを聴いていた中で、ヴォルベスが何かに気付き浮かんだ予想を口にし出す。
「若しや、擬態宝箱が作り出す魔道具は喰らい殺した者の魂の性質を効力へと抽出し、それを形ある物質へと変えた物なのか」
「正解。それ故に、擬態宝箱の中に在る魔道具は珍しい部類の物が多いわ。曰く付きなのも結構在るけど」
「でも、如何やってそうだと解ったんですかぁ?」
生き物の魂から作り出しているだと一応納得はするも、それに対する根拠は何なのかとミリスティはベレトリクスに質問をする。
「魔石を使った実験をして見たのよ」
「魔石を使った実験?」
「そ。ダンジョンから生まれた魔物などの体内に在る魔石には其々、種族や個体別の魂の情報が魔力と共に宿ってる。その性質を利用出来るんじゃないかって思って、自前の錬金窯に突っ込んでみたのよ」
(え、何か雑)
実験方法が余りにも単純だった事に、それを聴いたガイアは唖然とする。
ガイアに限らず、エルガルム以外の者も同様だった。
「まぁ擬態宝箱の様に魔石だけで何かを作り出すのは出来ないから、鉱石を溶かした錬金溶液をたっぷり使って魔力を込め続けながらひたすら混ぜ続けるのよ。魔石を種類別に、錬金溶液に溶かす鉱石の種類とか原石を幾種も使って、それ等を何通りに分けて何度も試験したわ」
(魔力を込め続けながらひたすら混ぜ続けるって、結構大変そうだなぁ)
内容を簡単に言い換えると、魔石を主体とした必要な素材を錬金窯に入れ、出来上がる迄ひたすら魔力を込め続けながら混ぜ続けるという事だ。
しかし、手法は単純だが、出来上がる迄の最後の工程が非常に労する。混ぜ続ける為の体力に加え多量の魔力の消費、これは流石に1人で遣れる作業では無い。本来は複数人で交代しながら行う作業である。
「して、その結果は如何に?」
無論、彼女なら成功はさせているとヴォルベスは確信を抱きながらも、ベレトリクスに訊ねた。
「魔石に宿った魔力と魂の性質が効力として宿った特殊な貴金属や魔宝石、そして魔道具自体も出来上がったわ。造形も美麗な物から歪な物まで、魔石に宿る性質がそのまま具現化したかの様に形作られてたわ。この結果から、擬態宝箱は喰らった対象の魂のみを使って、特殊な錬金方法で魔道具を作り出しているという立証が出来た訳。まぁ、特殊な錬金方法って部分は解明出来てないから未だ仮説なんだけどねぇ」
ベレトリクスはそう言い肩を竦ませる。
「て事は、擬態宝箱って一種の錬金窯みたいなものなのか」
「そうね。錬金窯と言うより、生きた錬金宝箱かしらね」
ダムクが口にした比喩に、ベレトリクスはそれに同感し笑った。
「それじゃ、とっとと物色しちゃいましょうかね」
そして身動きが取れない擬態宝箱に近付き魔法を発動させる。
「〈魔道具探索〉」
魔道具に限定した探知魔法を行使し、擬態宝箱の中に魔道具が在るか確認をする。
「あら、4つも在る。当たり引いたかも」
判明した数の結果にベレトリクスは嬉しそうに言う。
「ベレトリクスさん、中に在る魔道具って如何やって取り出すんですか?」
そんな彼女にシャラナは質問をした。
「手を突っ込んで取り出す」
「え」
何か特殊な魔法で取り出すのかと思いきや、まさかの原始的な方法にシャラナは唖然とするのだった。
(えぇ……雑ぅ…)
ガイアもシャラナと同様に唖然とする。
「それ大丈夫なんですか!? 突っ込んだ手が消化されたりしないんですか!?」
ダムクはその単純な方法に不安を抱く。
「大丈夫、大丈夫。消化されるのはブツ切りされた手脚とか死んだ生物だから、生きてる存在を分解する事は出来ないから心配無いわよ」
ベレトリクスはそう言うが、知っているエルガルム以外の者達に心配するなと言われても精神的に難しい話である。
「さぁて、中身は何かしら?」
ベレトリクスは擬態宝箱の口の中に手を突っ込もうとするそんな時、ガイアは擬態宝箱の傍に近寄り口の中を覗き込む。
「ん? 如何したの?」
ベレトリクスはそんなガイアに尋ねる。
(僕が遣っても良い?)
ガイアは最初に擬態宝箱を指差してから自分を指差し、遣ってみたいと身振り手振りで伝える。
「あら、遣ってみたいの?」
そう訊かれたガイアは2度頷く。
「まぁ今なら安全だし、良いわよ」
そう言いベレトリクスは物色をガイアに譲った。
(良ぉし、それじゃあ……)
譲って貰ったガイアは魔法を用いて、自分の右腕を倍近く伸ばした。これは身体を構成する岩石を魔力で干渉し、身体の質量の増加と形成させる事が出来るガイアならではの方法である。
(伸びーる伸びーるからの、そぉい!!)
ガイアは伸ばした右腕を勢い良く擬態宝箱の口へと突っ込んだ。
「オガッ?!! オゴガガ…オガガァ…!!」
乱暴に腕を突っ込まれた擬態宝箱は、喉を詰まらせる苦しそうな声を――――いや、実際に苦しい声を発し出す。
(よーくも僕を丸齧りしたな~。その所為でシャラナとライファさんに怒られたじゃないか~)
「アガガガガ…! アガガ、オゴガガ…!」
ガイアは叱られる原因である擬態宝箱に、ちょっとばかし八つ当たりをする。とは言っても、殆どはガイアの無警戒が原因だが。
「あー、さっきの仕返ししたかったのね」
ベレトリクスはそんな様子を温かい目で観ながら、今のガイアの心境を理解するのだった。
(何ー処だ何処だーっと。……お! 何かに当たった!)
擬態宝箱の口の中を無遠慮に掻き回し探る手に、こつりと硬い物の感触が伝わり、それが当たった辺りを感覚のみで手探りする。
(在った! 掴んだ!)
ガイアは視界に映らない空間内に在る物を壊さぬ様に掴んだ。
「オガゲガガガッ!! アガガ、アグガガガガガッ!!」
そんな時、擬態宝箱は騒ぎ出し、動かない身体をガタガタと揺らし暴れようとする。しかし、重い鉄の塊による拘束の所為で殆ど動けずである。
「お、掴んだみたいね。ああやって中身の物を取り出そうとすると暴れ出すのよ。勝手に収集品を取るなーってね」
そう。ベレトリクスの説明の通り、擬態宝箱は中に溜め込んだ物を取られるのを極端に嫌がり、中の物を掴まれるとそれに反応し暴れ出すのだ。
だがそれは対策され、擬態宝箱に抗う術は無かった。
(よっしゃーっ!! 取ったどーっ!!)
時間は30秒も掛からず、ガイアは擬態宝箱の口の中から何かしらの魔道具を取り出した。
「全部取れたかしら? 見せて頂戴」
ベレトリクスに言われガイアは握り手を開き、手中に収まった物を見せる。
ガイアの掌には指輪、腕輪、首飾り、そして鍵らしき物が其々1つずつ在った。
指輪は黄金色の輪に黄緑色透明の宝石が嵌め込まれ、それを中心に歪な笑みをする悪魔が囲い、怪しく光る宝石を抱え込む様な造形を象られている。
腕輪は漆黒色で怒れる牛の顔の浮揚彫が形作られ、角は金色、瞳には真っ赤に輝く宝石が嵌め込まれている。
首飾りは黄金色の金属と、人を魅了させる艶やかな煌めきを放っている桃色透明の宝石が嵌め込まれていた。
そして最後の物だが、形状は鍵らしいが鍵穴に入れる先の部分は幾つもの出っ張りが上下左右と実に奇妙な形をしていた。
「あら、これって…」
ベレトリクスは最初に目に付いた指輪を手に取り、それを眼識する。
「やっぱり、呪いの魔道具ね」
(うぇっ?! カースドアイテムって、それ呪われてるの!?)
取り出した魔道具の内1つが、呪詛系の魔道具だった事にガイアはギョッとする。
「環の金属素材は神秘の銅ね。宝石の方は………お、珍しい! 橄欖石だわ。透明度の有る黄緑色の良い輝きねぇ。それにしても…随分と強力な魔力が宿ってるわねぇ。効力も鑑定魔法しないと解らないわね、これ」
「どれ、儂が鑑定してみよう」
そう申し出たエルガルムに、ベレトリクスは指輪を手渡した。
エルガルムは特殊技能〈鑑定の魔眼〉を行使し、指輪に宿る効力を解明する。
「……これはとんでもない代物の様じゃ、ベレトリクスよ」
指輪に宿る効力を知ったエルガルムは驚きの色を浮かべる。
「名称は危うき強欲の指輪。装着者にとって都合の良い大きな利益を齎し、欲する物を引き寄せる魔法の指輪じゃ」
(うっそぉ!!? 何その人生インチキし放題な効果!! 無茶苦茶でしょそれぇ!!)
それは簡単に言ってしまえば、物もお金も欲しいと思えばそれが勝手に自分の所に流れて来るという、物欲に関する都合に良い因果を引き寄せるとんでもない魔道具である。
そんな効力にガイアは仰天する。
「けどそれは呪いの魔道具なんですよね…。不利益な効力はどんなものですか?」
ダムクは少し不穏な顔をしながらエルガルムに訊いた。
そう。その指輪は呪われている代物。幾ら好きなだけ物欲を満たしてくれる異常な効力だけなど、都合が余りにも良過ぎる。強力な分だけ、それ相応の危険性を装着者に伴わせる。呪いの魔道具の類はそういう物である。
「欠点は犯罪や不正、他者を貶め利益を独占するといった悪徳行為をした装着者の人生を堕落させ、不幸を齎す効力が有る。それが発動したら最後、死ぬまで永遠と不幸に見舞われ続ける」
(うわぁ……。永遠に不幸って、流石は呪いの魔道具なだけあるなぁ……)
その欠点効力の内容に、ガイアは恐ろしさを抱いた。
「なるほど、その指輪は多くの強欲な者達の魂から作られた物か」
魂の性質がこれ程迄に効力と形へと具現化するのかを、ヴォルベスは納得させられるのだった。
「利点がデカいが、危険性は比べ物にならねぇ程にデカい…。とんでもねぇ曰く付き物だ」
ダムクも同様に納得し、永遠の不幸を齎す危険性に恐ろしさを感じる。
「でも良いわね、これ。呪いの指輪の中でかなりの希少物だわ。呪いの効力込みで値を付けたら白金貨450枚辺りかしらね」
「はっ、白金貨450枚…?!」
それを聴いた堅実の踏破の一同は、眼球が飛び出す程に驚愕した。
「そ、それって、王家や大貴族、大商会しか出せない大金ではないですか!?」
シャラナもそれには驚愕する。
「あら、それでも安い方よ。呪いが有るとはいえ、この指輪の力を使えば白金貨450枚なんて直ぐに取り戻せるだろうし、それ以上に莫大な金銭が舞い込んで来るんだから安い買い物よ。ま、上手く使えばの話だけど」
「そうじゃな、どの様な力も使い方次第で良くも悪くも成る。そしてそれは己にも、他者にも影響を与える。じゃがこれは心移ろう人の身に余る代物じゃ。付けた者の人生に作用し決定付けられてしまう因果束縛の呪物が故、身に付けぬ方が良い」
そんなエルガルムの警告の言葉に全員は何も言わず、それを犯さぬ誓いを胸中に秘めるのだった。
「ではベレトリクスよ、これは御主に厳重保管して貰おうかの」
「勿論。呪いの魔道具とはいえ希少物だし、収集品として厳重保管するわ」
ベレトリクスはエルガルムから指輪を受け取り、〈収納空間〉へと仕舞い込んだ。
「そんじゃ、残り3つも鑑定してちょ」
ベレトリクスにそう頼まれたエルガルムは、視線をガイアの掌に在る3つの魔道具に向け、〈鑑定の魔眼〉を行使しそれ等が有する効力を解明する。
「装備者が発する怒号を猛獣の如き強力な咆哮へと強化する事が出来る怒号の腕輪。人に限らず魔物や魔獣を魅了し、装備者の忠実な僕とし使役させる魔性の首飾り。おぉ、この首飾りは相当強力な故に悪用厳禁な代物じゃな。これも厳重保管じゃな」
「あら、それはヤバいわねぇ。じゃっ、それも頂戴」
エルガルムはその首飾りを悪用されぬよう、ベレトリクスに厳重保管を任せ渡す。
「あ、この宝石! 淡紅蒼玉じゃない! また希少物だわぁ」
そして受け取ったベレトリクスは首飾りに嵌め込まれた希少な宝石に嬉々の色を浮かべる。
「そして怪盗の万能鍵、これは実に凄い。通常の物理的な錠から魔法による錠まで対応し、容易に解錠出来る魔法の鍵じゃ。これは当たりの逸品じゃぞ」
それを聴いた全員は「おお…!」と感嘆の声を上げる。
「そりゃとんでもねぇ魔道具だな。錠前破りの得意な盗賊職の価値が危ぶまれちまうぞ、こりゃあ」
ダムクの言葉に対し、ミュフィは無言で2度頷く。
「しかし、それも悪用されると非常に厄介な代物でもあるな。その鍵1つであらゆる錠前を外せるが故、不法侵入が容易と為り、窃盗や強盗行為が手軽に出来てしてしまう。それは下手に公開して良い物ではないだろうな」
ヴォルベスはその鍵の存在と効力の情報を安易に言ってしまうのは危ないという事を口にする。
「御主の言う通りじゃ。じゃがこれは、無限に使用する事は出来ぬ物じゃ」
「それって回数制限が有る使い捨ての魔道具なんですか?」
そこにシャラナが質問を口にした。
「そうじゃ、どんな錠前でも解錠出来る強力な効力であるが故にの。そしてこれの使用可能回数は7回まで、7回使用すればこの鍵は完全消滅する。これを使用するか如何かは、慎重に考えなければならんな」
「じゃっ、それもあたしが厳重保管して上げる」
ベレトリクスは手を伸ばし「それも頂戴」とエルガルムに催促する。
「いや、これは儂が預かろう」
しかしエルガルムは手に持つ鍵を自分の〈収納空間〉へポイっと仕舞い込み、ベレトリクスは僅かばかり残念そうな顔をする。
「さて、後は此奴を始末して魔石を回収するとしようかの」
エルガルムの言葉に全員の視線は、擬態宝箱へと向けられる。
「じゃあ俺が遣りますので、離れていて下さい」
そこにダムクが名乗り出る。そして引き抜いた背の大剣を両手で握り締め、大上段の構えを取る。
擬態宝箱は鉄の塊でガチガチに固められている為、通常の打撃や斬撃などの物理攻撃は通らない。たとえ鉄を砕く純粋な膂力で攻撃したとしても、鉄は砕けても擬態宝箱に損傷を与えられない。
一撃だ。
それも鉄塊ごと、擬態宝箱を葬る強烈な一撃を叩き込む必要がある。
そしてそれはダムクにとって可能な事であり、容易い事である。
武技による鋭い斬撃を繰り出せば、牛酪を切るが如く鉄塊を両断する事が可能だ。
ダムクは腹と腕に力を入れ、更に気の力を大剣に纏わせより鋭利に研ぎ澄ませる。
全力は出さないが、鋼鉄を斬り裂く程度の力の武技を発動させると同時に大剣を振り下ろそうと――――。
そんな時、擬態宝箱に近付いた神獣が視界に映り、大剣を振り下ろす直前にピタッと制止したダムクは困惑めいた色を浮かべた。
「え、ちょっ、神獣様?」
ダムクに限らず、その場に居る誰もが同様に困惑気味の色を浮かべる。
「ガイア? 其処に居ると邪魔に為っちゃうから。ちょっとガイア?」
シャラナは声を掛け、擬態宝箱から離そうと引っ張るが、全く動こうとしないガイアに困惑する。
(…………此奴倒しちゃうの、なんか勿体無いなぁ……)
そんな彼等を他所にガイアは、眼前の擬態宝箱について思考していた。
(擬態宝箱の魔道具作り出す性質って、かなーり有用性が有るよね? ダンジョンなら素材にしても困らない魔物が沢山居るし、倫理的にも………大丈夫だよね? 皮を剥いだり解体したりして武具とかの材料にしてるんだし。うん、問題無い筈。何たって此処は魔物に殺される危険が伴う場所なんだから)
頭の中で自問自答をし、ある答えに辿り着く。
(うん、連れてこう!)
そう決めたガイアは擬態宝箱の背後へと回り、両手で挟む様にがっちりと掴み、魔法を発動させた。
(〈鉄鎖の束縛〉!)
ガイアは擬態宝箱を包み拘束する鉄の塊に干渉し、鎖へと形成したそれを擬態宝箱に巻き縛り付けた。
「ンギグ、ングギギギィ…!」
今度は口を閉じられ開く事が出来なく為った擬態宝箱は、「外せ!」と言わんばかりにガタガタと四角い身体を暴れ揺らす。
「何でわざわざ鎖で拘束し直したんだろぉ?」
ガイアの謎行動に、ミリスティは疑問を口にする。
(後は逃げられない様にっと)
ガイアは魔法で新たな鎖を背に宿る鉄鉱石の塊から作り出し、それを背に宿る樹木の幹に巻き付ける。そして擬態宝箱をひょいと持ち上げ、自分の背中に乗せ、樹木に巻き付けた鎖と擬態宝箱に巻き付けた鎖を鎖鉤で連結させた。
(最後に擬態宝箱の鎖に細工して終了)
そして擬態宝箱を何時でも一時的に解放出来る様、巻き付けた一部分の鎖を鎖鉤に形成し直した。
(良ぉし! 出来た!)
ガイアは作業を終え、満足そうな顔を浮かべた。
その場に居る全員は、そんなガイアの有様に呆気に取られる。
擬態宝箱を背に乗せるその姿は、珍妙としか言いようがなかった。
「ンギ? ンギギ??」
擬態宝箱も状況が解らずといった様子で困惑していた。
「ガイア……? もしかしてそれ、連れてくの…?」
シャラナはまさかと思い、ガイアに問い掛ける。
(勿論っ!!)
それに対し、ガイアは親指を力強く立て肯定の意を強く示した。それも瞳を純粋に輝かせて。
そんなガイアの突飛な考えに、誰も意を唱えず唖然としてしまうのだった。
「ンンンンンンンンー」(と、いう訳で、暫く宜しくねー)
「ンギ!? ングギギギ! ンギギィ…!」
擬態宝箱はガイアの都合で強引に連れ回される事を理解し、「ふざけんな!」と言わんばかりに背中の上で再びガタガタと暴れ出す。
当然、逃げ出す事は出来ないが。
「……冒険者稼業を遣って来た人生で、あんな珍妙なモン見たの初めてだな」
ダムクの言葉に、他の仲間3人は何とも言えない表情で同意の色を浮かべる。
「ガイアと居ると、他にも面白そうな事が色々起こりそうね」
「そうじゃの。舞い込んで来たこの幸運も、きっとガイアの御蔭やもしれんな」
ベレトリクスとエルガルムは、そんな可笑しな有様のガイアを見て笑うのだった。
そんなこんなで、希少な魔道具の入手と、擬態宝箱を新たに仲間として加わえ――――無理矢理に連行だが――――彼等一行はダンジョン内を進み出し、小鬼の巣の探索を再開した。




